2話
「きゃぁぁぁぁぁっっ!!!」
周りは悲鳴と泣き声と怒号で満ち、森の自然に溢れる音は一つも聞こえない。
俺はただいま村を蹂躙中です。衛兵の顔面を抉って殺したあと剣を奪って隣の衛兵に斬りかかったところ驚くほどよく斬れた。剣なんて握ったこともないのに何故か振り方、力の入れ方、刃の立て方などいろいろなことを自然に行うことができた。
吸血鬼の肉体同様にアダムスの身に付けていた技能も使えるようになっていると考えたほうがいいだろう。
衛兵を始末したあとに残ったのは戦うことの出来ない村人ばかり、そこでそいつらを使って実験をすることにした。
「ひぃぃぃぃぃ!!」
今にも泣き出しそうな、いや泣きながら悲鳴を挙げているのは若い女だ。俺はその女の首筋に顔を埋めていた。別におかしなことをしているわけじゃない。いやある意味おかしなことか。
女は必死に身を捩って抵抗するがいくら暴れようと俺が女の肩をがっしりと掴んでいるため逃げることは出来ない。しかも暴れたことで首の噛み傷が拡がって余計に出血しただけだ。
今はこの女を使って吸血鬼の技能の一つである吸血を試しているところだ。吸血鬼は血を吸うことによって体の欠損ですら回復するほどの不死性を得る。
現に体の疲れがどんどんと、とれていっている感覚がする。どうやら吸血鬼としての能力にも問題はないようだ。
「はひぃぃ……」
女の力が弱々しくなっていき最後は意識がなくなってしまった。首の噛み傷も酷いし放っておけば勝手にくたばるだろう。
それよりも最後の実験だ。いろいろなことを試したがこれはまだ試していない、上級吸血鬼の変身能力。変身といってもどこぞやのヒーローのようになるわけでも優雅に霧に姿を変える訳でもない。
この人間に擬態した姿から本来の化け物の姿に戻るだけだ。この姿を一度でもみたなら吸血鬼と友好関係を結べるなどといった馬鹿な考えは一生でてくることはないほどのおぞましい姿である。
「さてさて、獲物も多少は残っているようだし、一丁やりますかね」
数件先の家から人の臭いと心音が聞こえる。まだ実験台が残っていた。
「うっっ!うぅぅぅおぉぉぉぅぅぉぉ!!!!」
体の奥底が軋むような音を発てて肉体がどんどん変化していく。白かった肌は死人のような土気色になり骨格が成長し体が数倍の大きさになる。爪も鉤爪のように伸び、口がばっかりと裂け鮫のような牙がびっしりと口内を覆う。そして、背中には羽毛に包まれた鳥類の羽ではなくコウモリを彷彿とさせる膜がはった翼が生えた。正に怪物、夜の住人に相応しい容貌だ。
変身が終わると同時に笑いが押さえられず大声をあげる。どうやら気分が高揚しているようだ。笑い声といってもこの見た目だ。村人たちのなかには失禁してしまったものもいるようだ。
さてさて、どの家からお邪魔させてもらおうか。
耳を澄ませると辺りから心音が聴こえてくる。どの音も極限の緊張の中で心臓が破裂するのではないかと思うような激しい音をたてている。
その中でも一際小さい心音を捕らえた。そのすぐ近くには大きな心音。あぁ、子供とそれを抱き締めている親だろう。子供の前で親を生きたまま食べてやったらどんな顔をするだろうか?
きっと楽しいに違いない。楽しいぞ、きっときっと楽しいぞ。
俺はその家の扉を握り潰すようにしてあける。人外の膂力を前にしては金属製の鍵も木製の扉も意味をなさない。ビスケットを握るように簡単にこじ開けられた。
「見ぃつけぇたぁぁぁぁ」
思った通りなかには七歳くらいの少女と母親らしき女性がいた。女は少女を守ろうとしているのか必死に抱き締めている。その光景が余計に俺の嗜虐心を刺激する。
「ほらほら、いつまでも子離れできない親はだめたぞぉぉ」
女を掴み上げ少女から引き離すと喚きながら暴れ、逃げ出そうとする。
女を両手で握りほんの少し力をいれると、手の中で何かが折れるような感覚と爪が肉にめり込む感覚がする。
「痛い痛い痛い痛い!!!!!」
女の挙げる悲鳴が響く。少女は母親の悲惨な光景に怯え、声を出すことも出来ず震えている。
俺はわざとゆっくりと恐怖心を煽るように口を大きく開き女の頭へと近づける。
さてさて、人間の踊り食いだ。この体になってから残虐な行為にたいして嫌悪感を感じなくなっている気がする。現に人間を頭から丸囓りしているが、感じていることが時折ビクンッて動いてエビみたいだなーだ。明らかに倫理観が欠如している。精神は肉体に影響を受けるというが、そういうことなんだろう。
俺は肉も血も骨も全て噛み砕いて飲み込むと少女の母親だった残骸を捨て、メインディッシュの少女に手を伸ばす。
「怖がらなくて大丈夫だよぉ、お嬢ちゃんはママと違ってかわいいあんよから食べてあげるからねぇ」
少女の顔が更に恐怖で歪む。
少しして少女の喉が張り裂けんばかりの叫び声が村に響き渡った。




