12話
事務所の執務室で心地のよい朝日を眺めながら睡眠前の紅茶を啜る。昨日はちょっと、はしゃぎすぎたせいで危うく憲兵隊に見つかるところであったが《透明化》を使ってなんとか、まくことができた。
今日はこれを飲んだら一日寝てすごそうかと考えていたらアイリーンが乱暴にドアを開けて入ってきた。
「ちょっとアダムス!何だよこれ!!?」
アイリーンが手に掲げているのは新聞だ。
「どうした?好きな舞台役者の不倫騒動でも載ってたか?」
「それの方が百倍マシだよ!見てみろよ!」
机に拡げられた新聞の一面には『倉庫街で大量惨殺事件!闇ギルド同士の抗争か!?』という見出しがでかでかと書かれている。
「なになに、昨夜深夜、数人のバラバラ死体と共に目と舌を引き抜かれて全身の皮が剥がされた死体が発見される。憲兵隊は闇ギルド同士の抗争と判断し、領主の意向もあり厳戒体制で取り締まりを強化する方針である」
なるほどここだと事件にもならないような殺しだがスラム街の一歩外に出ればこうなるわけだ。
「これやったのあんたでしょ、どおりで探しても見つからないと思った」
「おいおい言いがかりは止してくれよ闇ギルドなんて他にもあるだろ」
この街は曲がりなりにも辺境最大の都市だけあって街の大きさに比例して闇ギルドも大小合わせると無数にある。
「あんたが昨日返り血だらけで帰ってきたのを目撃した人がいるんだよ!あたしを誤魔化そうったってそうはいかないからな!」
マジか、気を付けてたのに見られたのか。今度から玄関じゃなくて壁よじ登って窓から出入りしようかな。
アイリーンがキーキー騒いでいると今度はセレストが入ってきた。呼んでもないのに珍しいな、普段は自分のギルドである『巨人の腕』の事務所で仕事をしているというのに。
「おや、お取り込み中だったかな?」
長身でガッシリした体つきをしているがセレストは涼しげな雰囲気のする美人だ、冒険者を束ねる女傑だけあって若いのにやけに落ち着き払っている。情緒不安定なアイリーンとは大違いである。
「いや平気だ。どうしたんだこんな朝早くに?」
「夜の血族臨時会議のお知らせだよ」
そう言ったセレストの目は涼やかな笑みとは裏腹に俺を貫くような眼力を備えていた。やばい、セレストも怒っている。
執務室には定例会議と同じように俺、アイリーン、フランク、ショーンが佇んでいる。
「なぁ、ボス。昨日の夜中によぉ俺んとこに報告があってな、今までの襲撃で盗られたもんがそっくりそのまま、なんなら利子も付いて戻ってきたってんだよ。不思議だよなぁ」
ショーンが俺の方を向いて皮肉げに不思議でしょうがないといった表情を作る。
「私の所の冒険者からなんだが、夜中に馬車三台をロープで鼻唄混じりに引っ張る男を目撃したそうだ」
セレストがそう言って紅茶に口をつける。
「クリーニング屋から返り血が多過ぎて落としきれないとボスのスーツが返却されてきました。タグの日付は昨日のようです」
フランクは相変わらずの無表情だが証拠を持参しているところを見るに俺の味方ではないようだ。
俺は顔をひきつらせながらアイリーンの方を恐る恐る見ると彼女は朗らかな笑顔を浮かべて口を開き、一言告げてきた。
「有罪」
時刻は正午、今日はゆっくり寝てすごそうと思ったのだが隣から来る視線と緊張のせいでやたらとうるさい心音が俺の安眠を妨げている。
臨時会議において、俺の独断行動により憲兵隊の捜査が始まり、その結果取り締まりが強化されたことで違法賭博場や闇市の売り上げも打撃を受けたらしい事を報告された。
そのため俺はしばらく大人しくしているようにと言われてしまった。
実際、今までスラム街では憲兵なんて一人も見かけなかったのに窓の外には二人一組で巡回する姿が見える。
治外法権の無法地帯だったスラムにも憲兵を廻すとはこの街の領主はこの機会に闇ギルドを可能な限り潰そうとでも考えているのだろう。
実際に今まではスラムの外でギルド同士の抗争などは一度も起こらなかったらしい、俺が起こすまではな。
確かに幹部達に黙って出掛けて憲兵やら領主やらが出てくる事態になったことは多少反省しているが、結果的に連中に奪われた損失も取り返せたのだし、この扱いは酷いと思う。
「ボス?何一人でブツブツ言ってるんですか、不気味ですよ?」
隣から中性的な声が聞こえてきた。俺の寝室のソファに座って小説を読んでいるのはセレストの所の冒険者だ。
数日前に俺が事務所に帰ってきたときにセレストとフランクが広間で争っていると報告してきた青年である。あの時は気にしていなかったがこうしてよくよく見ると美青年である。意外と中性的な顔つきで一見すると女性に間違えられてもおかしく無いだろう。
そんな見た目麗しい彼が何故俺の寝室に居るかというと、別にベッドの中でのお相手に呼んだわけではない。そもそも俺としては早く部屋から出ていってほしいのだが。
「そーかー、不気味かー、なら悲鳴をあげて部屋から出ていったらどうだ?」
「ダメですよ監視をサボったらセレストの姉御に殺されちゃいます」
そう、彼は監視役だ。うちの幹部共は余程俺が信用できないらしい、手が空いていた冒険者を監視カメラ代わりにするとは。
「セレストは美人だけど怒ると怖いもんな、けど大丈夫だ。薙刀でバッサリヤられる時は俺も一緒だからな」
「怖いこと言わないで下さいよ!それにボスは斬られたぐらいじゃ死なないじゃないですか!」
確かに俺を殺したいのなら首を切り落として心臓を抉り出して死体を灰にするくらいはしないといけない、それくらい上級の吸血鬼はしぶとい。
セレストやショーンなどの幹部陣はもちろん俺が吸血鬼だということを知っている。そして彼等の直属の部下達も。
「何だ、だったら不死身になってみるか?ダリア君だっけ、お前童貞みたいだし条件は満たしてるぞ」
吸血鬼になる条件の一つに童貞・処女でなければいけないというのがある、非童貞・非処女が吸血鬼になろうとすると知性も何もない吸血鬼のなりそこないになってしまう。
俺は中性的な監視役ことダリア君に提案してみる。
そうするとダリア君は顔を赤くして小説を床に落とした。
「ど、童貞じゃないですよ!!」
ダリア君はそう言いながら手をバタバタを忙しく動かしている。必死に否定している様子を見れば十人中十人が童貞だと判断するであろう程、分かりやすい反応をしてくれる。
「そ、それに僕は冒険者です。吸血鬼にはなりません!」
冗談で提案したのだが永遠の若さと不死身の肉体に悩みもしないとは。
「まぁ、それがいいぞ」
そういうと彼はキョトンとした不思議そうな表情をした。
「なりたての吸血鬼は日光に当たると死ぬし、銀で刺されると死ぬし、聖水を浴びると死ぬし、心臓に杭とか打たれたらもちろん死ぬ。物語の吸血鬼のような特殊な能力は使えないし、力も人間よりちょっと強いくらいだしな」
俺の説明を聞いてダリア君は「うわぁ…」と言いながら顔をしかめる。
吸血鬼というのは無敵の怪物のように思われがちだがそんなのは一握りの上級吸血鬼だけだ、殆どの吸血鬼は陽の光に怯えて生きている。ゲーム時代に登場した下級吸血鬼はしぶといだけの雑魚だったしな。
「それよりもそろそろ散歩にでも行くか」
「えっ!?ダメですよ部屋にいないと!」
「別に殺しあいやカチコミに行くわけじゃない。うちが経営してる賭博場や娼館を見るだけだよ」
「ですけど…」
「監視なら部屋の中じゃなくてもついてくれば良いはなしだろ?」
ダリア君は頭を抱えて唸っている。しくじったら怖いセレストさんにバッサリやられる訳だし悩むのも当然か。
「はぁ、俺はもう行くからな」
俺がそう言って深紅のコートを羽織るとダリア君も慌てて上着をソファの背もたれから取る。
「待ってくださいボス!僕もついていきますよ!」




