つうと言えばかあ
「なあ」
「何よ、今羽生君のフリー中だから話しかけないで」
「はい」
「終わったわよ。何?」
「いや、俺たちも結婚して5年じゃん」
「早いものね」
「同棲含めたら六年間一緒に住んでる訳じゃん」
「6年もあなたと一緒にいるの?私」
「そこ疑問に思うな、奥さんよ。そんなことよりも、そろそろ俺たちもさ」
「何?子供?子作りなら…」
「違う違う!まあ、それもあるけど」
「じゃあ何なのよ。気持ち悪いから早く言いなさいよ」
「いやさ、そろそろ俺たちもこなれた夫婦感というか、つうと言えばかあ、みたいな関係にならないもんかな」
「突然何を言い出すの、旦那よ」
「さっきサザエさん見たじゃん」
「そうね、毎週の楽しみだわ。あのサイコパス家族を眺めるのは」
「国民的家族をサイコパス扱いするなよ」
「何でも弟のせいにする主人公、義理の父のいいなりの旦那、走るときに変な音のする息子、パンツ丸見えの妹…」
「いやもういい。そこじゃないんだ。俺がいいたいのは」
「つうと言えばかあ?」
「そう、それ。フネさんが波平が何かいう前にお茶を出したり、サザエさんが自然な動作で上着を外したりとか。あれ憧れるんだよね」
「不思議な性癖を持っているのね」
「性癖じゃねえよ。ああいう、心が通じ合ってる関係に憧れるの!」
「通じ合ってる、ねえ」
「何だよ」
「いや、あれって日本の美学みたいに言われてるけど、結局男尊女卑の名残じゃないの?」
「え?」
「いや、あなたが憧れる関係って、つまりは妻が旦那の要望を察知して、事前に動いてるってだけでしょ?」
「ああ、まあ確かに」
「つまりあなたが望むことは、私は常にあなたを観察して、あなたのお望み通りに、あなたのお口が開く前に動けってことじゃないの?」
「いや、そんなことは」
「そんなことよ。ペッパー君と同じじゃないの」
「ペッパー君はそこまで優秀じゃない」
「じゃあ未来型ペッパー君ね。私にそんな存在になれと?ちなみに私は容赦無くターミネーターするわよ?人類滅ぼすわよ?」
「君は本当にしてしまいそうだから困る。俺は別に君にだけ動けって言ってるんじゃないんだ。もちろん、俺だって君の望みを察知して動くさ」
「へえ、それじゃあ私が起きたら朝食を作るの面倒くさいことを察知して朝食を作り、化粧が面倒臭いことを察知して私に化粧を施して、会社に行くのが面倒臭いことを察知して会社に送り届けてくれるの?」
「いやそれ夫婦と違う。奴隷。それくらい自分でやれよ」
「私が言いたいのは正にそれ。自分でやればいいじゃない。私たちは共働きで家事も分担してる。自分でできないことはないはずよ」
「それはそうなんだけどさ、なんかいいじゃん。わかり合ってる感じというか」
「別にお茶を出したからって分かり合えてるとは思えないけど。ただ相手がお茶を欲しがるタイミングを学び、その通りに動いてるだけじゃない。ペッパー君でもできるわ」
「ペッパー君好きだね」
「この前、家電良品店で遊んできたの。ペッパー君のプログラムを開いて、起動した瞬間に立ち去ってやったわ。悲しそうに私を眺めていたっけ」
「お前はいたいけな機械になんてことをするんだ!」
「機械だもの。それより、夫婦間で完全に理解し合うなんてことは無理よ」
「寂しいことを言わないでよ」
「寂しいとかじゃなくて、実際無理よ。性別も育ちかたも違う別の人間なんだから。あなたの大好きなフネさんも裏では波平の最後の一本を毟り取ろうと画策しているはずよ」
「フネさんに謝れ!」
「だいたい、完全に理解した人間と一緒にいたいとは思わないわ。あなたはまだまだ謎ばかりだけど、だから面白いから一緒にいてあげてるんじゃない」
「それはどーも」
「さあ、そんなこと言ってないで皿洗って。皿洗いはあなたの担当でしょ?」
「はいはい」
「つうと言えばかあなんて、語源もよくわからないようなことはどうでもいいけど」
「どうでもいいは言い過ぎでは」
「そんなことよりも、もう一つの願いなら叶うわよ」
「もう一つ?」
「子供」
「!?」
「今日産婦人科行ってきた。陽性」
「!?」
「おめでとう。あなた念願の波平になれるわよ」