鯉のぼり
Hさんは近所を散歩中、少し気の早い鯉のぼりが立っているのを見つけた。田園風景の中、ぽつんとそびえている。
細いポールに、父、母、子の鯉がはためいていた。風の強い日で、Hさんの目には鯉達が元気よく泳いでいるように見えたという。
だが、ポールがぎしぎしと軋んでいるのが気になった。まわりに建物などはないが、人がいたら危ない――。
すると、本当にすぐ横に子供がしゃがんでいるではないか。青い服の子供だ。俯いていたため顔は見えない。ポールは不穏な音を立てている。
「おーい」
危ないよ。Hさんがそう続けようとした時、ついにポールが断末魔の叫びを上げた。お辞儀をするように折れる。重力加速度を付けて倒れる。風圧で、3匹の鯉が子供に襲いかかるように見えたという。
間に合わない。Hさんは思わず目をつぶった。だが、地面に倒れた様子はない。ゆっくり目を開けると、そこにはさっきまでと変わらない風景があった。ポールはちゃんと立っているし、鯉の家族は風の中を気持ちよさげに泳いでいる。
気のせいか。疲れていたのかな。Hさんはそう思って安心した。いや、安心したかった。
だからHさんは、振り向きざま視界に入った鯉の兄弟も、見間違いだったと思うようにしているという。