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聞き違い
資産家のN氏は不眠に悩まされていた。毎晩、真夜中に目が覚めるのだ。
心当たりはあった。いつも見る夢だ。その中でN氏は、鳥になって空を飛んでいる。眼下に広がる街を眺めながら、しばらく心地よい気持ちで飛行を続けるのだが、突然、遥か上空から「降ろしてやる」という、誰のものとも分からないしゃがれた声が響き、N氏は墜落してしまう……。そして夢から覚めるのだ。
ある時、知人からこんな話を聞いた。眠っている人間に声をかけると、その内容が夢に現れることがある、と。N氏は、自分を妬む何者かが枕元で、「降ろしてやる。降ろしてやる……」と囁く不気味な様子を想像した。寝不足もあり、N氏が疑心暗鬼に陥るまで、さほど時を要しなかった。
N氏は寝室にレコーダーを仕掛けることにした。これで、自らを苦しめる者の正体が判明するというわけだ。
果たして、その晩も真夜中に飛び起きたN氏が、すぐにレコーダーを再生して聞いたのは――とても正気とは思えない、「殺してやる!」という、他ならぬN氏自身の絶叫であった。