痺れ
Y氏の右手は、人差し指から小指までを軽く握り、親指を立てた状態で硬直している。脳梗塞の後遺症だという。
右足も動かしづらいようで、歩く際は苦悶の表情を浮かべている。何年も経った今でも爪痕を残す大病から彼が生還できたのは、まさに奇跡だった。
「実はね、不思議なことが起こったんですよ」
最初は、右腕が痺れただけだったという。だらんと垂れ下がり、動かせなくなった。しかしその時ちょうど家で一人で寝転んでいたため、よくある痺れかと思い、気にしなかった。そのまま放っていたら、彼は助からなかっただろう。
「でも。その時、右手が勝手に動いたんですよ」
Y氏は我が目を疑った。痺れた右手が携帯電話を掴み、番号を押し始めた。その際、右手に一切の感覚はない。まるで誰かに操られているかのようだった。
番号はたった3つ。119だった。運ばれた病院先で、彼は一命を取り留めた。
「回復したら、右手はこの通り。僕はね、神様の存在を感じましたよ。ほら、『グッドラック』って言っているみたいじゃないですか」
Y氏は明るい表情で立ち上がると、ゆっくり去って行った。額に汗を浮かべるその姿は、なるほど、信仰に身を捧げる聖職者のようでもあった。
だがその後ろ姿の、痙縮した右手は――だらりと垂れ下がった右手は、「グッドラック」のまま親指が下に向いていたので、「神」と言った彼の言葉は考え直さないといけないかもしれない。




