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べたべた

 

 主婦のTさんはある晩、洗濯機を動かそうとした時、まだお風呂に誰か入っているのに気付いた。一人息子のケンくんだろう。


 すると、半透明のドアに手形が現れた。Tさんは、微笑ましい悪戯だと思った。しかし、長風呂はよくない。


「はやく上がりなさい――」


 そう言って、微かな違和感に気付いた。手形ははっきり浮き出ているが、腕や、身体の影は映っていない。近くにいれば見えるはずなのに。


「ケン?」


 呼びかけると、それに答えるかのように、同じ白い手が次々とドアに押し当てられていった。


 べたべたべた。


 恐怖よりも、息子の身を案じる気持ちが先立った。Tさんは瞬時にドアを開けたが、中には誰もいなかった。


「どうしたの、お母さん」


 脱衣所の入り口からこちらを覗き込む息子と目が合った。彼はもうとっくにお風呂を出ていたのだ。


 再びすりガラスに目をやると、手を押し当てた跡がうっすらと残っていたが、やがてそれらも消えてしまった。






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