夜鳥
夜鳥がひと啼き、暗闇を震わせたという。「クエー」という、喉を雑巾絞りにしたようなその声を聞いた時、思わずSさんは口元を綻ばせた。
「そうこなくっちゃ」
Sさんは夜道を走っていた。先には森があり、行き止まりになっている。帰りには来た道をまた通ることになる。
た、た、た、た……。
オカルトめいた噂を確かめるために、物好きなSさんは走っていた。「未来の自分と会える」という話だった。つまり森へ向かう道の途中で、Uターンしてきた数分後の自分とすれ違うのだという。
果たして、前方から足音が響いてきた。たたっ、た、た、たっ。それは紛れもなく自分の姿だった。未来のSさんは脇目も振らず、すれ違い、走り去っていった。
豪胆なSさんは、この期に及んでもほくそ笑んでいた。この出来事をどう友人に話してやろう。想像を膨らませるSさんは、しかし、すぐにおかしなことに気付いた。
すれ違った自分は、妙に慌てていなかったか。やけに歩調が乱れていた。暗くて顔はよく見えなかったが、怯えていたようにも思える。
数分の間に、何が起こったのか。あの森で、何を見たのか……。
「クエー」
Sさんが森に入った時、夜鳥の如き啼き声をあげる女が、すぐ目の前に迫っていた。




