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川遊び

「え~、ここから飛び込むの」


私は岩の上から下に見える水面を覗き込んで言った。


「そうだよ。大丈夫だよ。下は3メートルの深さがあるから飛び込んで体をぶつけることはないからね」


隣で親戚(・・)陽人(はると)が笑いながら言った。


「でも~」

「陽人、菜乃花(なのか)のことなんか放っておけよ。俺は先に行くぞ」


ためらっている私をしり目に、義兄の郁斗(いくと)が岩から水の中へと身を躍らせた。


ばしゃーん


一度水の中に体が沈んだがすぐに浮かび上がってきて、岩の上から覗き込んでいる私達に声を掛けた。


「ほら~、早く来いよ。気持ちいいぞ~」


陽人が私のことを見つめて言った。


「行こうよ、菜乃花ちゃん。大丈夫、僕もそばに居るからさ」

「う、うん」


まだ怖かったけど、気持ちよさそうに水の中にいる義兄に、私も飛びこむことを決めた。


「じゃあ、先に僕が行くから、水面に顔をだしたら菜乃花ちゃんも飛び込んでおいでね」


陽人はそう言うと、一度ぎゅっと私の手を握ってから、水の中へと飛び込んでいった。私はそれを呆けて見送った。


手…手を握られた…。


意識したら顔に熱が集まってくるのがわかった。


「菜乃花ちゃん、おいでよ。気持ちいいよう」


下から陽人の声が聞こえてきた。陽人が待っているから飛び込まなきゃ。でも、今飛んだら赤い顔を見られちゃうかな。


「おい、菜乃花。早くしろよ。いつまでもそこにいると熱中症になるぞ」


義兄の声に、熱中症なら赤い顔をしていてもおかしくないかと思って、私は意を決すると岩の縁までいって、飛びだしたのだった。



「菜乃花、泳ぎに行こうぜ」

「嫌よ。行きたかったら、陽人が一人で行ってくればいいじゃない」


約一年ぶりにあったのに、変わらない陽人の言葉。屈託のない笑顔で言われて、人の気も知らないでと、憎らしくなる。


毎年夏だけ会う陽人。義兄の従弟の陽人。私と同い年の陽人。

出会った時は私よりも背が低かった陽人。今は私より頭半分は高いだろう。


母が義父と再婚して初めての夏に会って一緒に遊んだ。ずっと海の近くに住んでいたから、泳いだ後はベタベタするものだと思っていた。それが川の水は泳いだ後もさらりとしていて、気持ちがいいことが分かった。


それから毎年夏になるとこの別荘に来て遊んでいた。


「一人でなんて面白くないだろ。郁斗兄さんもいないのにさ」


そう。今年は義兄がいない。義兄は今年から大学に入り、日程がかみ合わないとかで、明日遅れて合流することになっている。だから、泳ぎに行くのは陽人と二人だけになる。


それが私は気恥ずかしくて、怖いのだ。


「菜乃花、川で泳ぐのを楽しみにしていたでしょう。行ってきなさい」


母まで陽人に味方する。私は顔をしかめて母のことを睨んだ。でも睨み返されて私はため息を吐いた。


「行ってくる」



いつもの場所に着いて、軽くストレッチをして体をほぐす。そして少し泳いでからいつものように岩の上に行った。


いつもなら義兄が飛び込んで、次が陽人、最後に私が飛び込んでいる。今日は義兄がいないから、陽人が先に飛び込むだろうと思ったから、岩の上から淵を覗き込んだ後に陽人のほうを振り向いた。


そうしたら真剣な眼差しの陽人がそこにいた。


「菜乃花」


私の名前を呼んで黙ってしまった陽人。でも視線は逸らさずに私を見つめたまま。その眼差しに心臓が早鐘を打ったようにドキドキと音をたてだした。


「菜乃花は……好きな奴っているのか」

「い、るよ」


変なところで区切ってしまったけど、何とか答える。これって、期待をしてもいいのかな。

なのに、何故か陽人は辛そうに顔をしかめてしまった。


「やめとけよ、そんな奴を思うのは」

「…はっ?」


今、何を言われたの。遠回しに思われるだけでも迷惑だと、伝えてきたの。


「望みの無い相手を思うなんてやめろよ」


もう一度言われて、わかってしまった。親や義兄からそれとなく陽人に、彼女はいないと情報を得ていたけど、それは間違いだったみたい。陽人には好きな人が、ううん、彼女がいるんだ。


いつからか私の気持ちに気がついていて、でも自分に思う人がいないからそのままでいさせてくれたんだ。でも、自分に好きな人が出来て、私に思われるだけでも迷惑なんだ。


私は一度ぎゅっと口を噤んだ後、陽人を睨みつけるように見つめた。


「そんなこと、陽人に言われたくない!」

「叶わない相手を思うなんて不毛だろ!」


私が叫ぶように言ったら、陽人も同じように声を荒らげてきた。なんでここまで言われなきゃならないの。気持ちなんてそう簡単に切り替えられるわけないじゃない。


「陽人にだけは言われたくない! 私は…きゃあ~」


岩の端に寄り過ぎていた私は、陽人に言い返すことに集中していて、そんなことは忘れていた。重心を端側の右足にかけたところでバランスを崩し、淵に向かって体が傾いていく。


「菜乃花!」


陽人の手が私のほうに伸びてきたけど、支えることはできずに、陽人も私と共に落ちていった。


ばっしゃ~ん


ザボザボという音が耳に聞こえている。水面に顔を出さないと、と思ったら強い力で体を抱かれた。


プハッ


と、水面に顔を出して息を吐き出した。


「大丈夫か、菜乃花」


目の前には陽人の顔。陽人と向かい合うように水面に顔を出している。というか、陽人の腕は私の腰にまわっている。助けてくれたにしても、近すぎる。


「う、うん。だいじょう」


ぶ、という前に唇を塞がれた。何が起こったのか、理解できなかった。陽人の唇が離れて、陽人の言葉が耳に聞こえてきた。


「好きだよ、菜乃花。郁斗兄さんのことはあきらめて俺とつき合って」


されたことに茫然としていた私は、陽人に告げられた言葉の意味をすぐには理解できなかった。そんな私の様子に陽人は少し気まずそうにしてから「あがろう」と言って、岸に誘導していった。


置いておいたタオルを渡されて私は顔を覆った。


「その、ごめん。あまりに菜乃花が可愛くて、我慢できなかった」


私はタオルから顔を離すと、陽人のことを見つめた。


「す、好きって」

「菜乃花のことが好きなんだ。初めて会った時から」


陽人の視線に甘いものが加わったような気がする。まるで愛しいものを見つめるような…。


「うそ」

「嘘じゃないよ。本当に菜乃花のことが好きなんだ。菜乃花が他の人を好きなのはわかっていたけど、それでもあきらめられなかったんだ」


陽人の言葉に一部首を捻りながらも、私はうれしくなって気持ちのままに言葉にした。


「私も、私も陽人が好き。初めて会った時から」


思いを伝えることが恥ずかしくて、頬に熱が集まってきたけど、私は陽人の顔を見つめたまま言った。陽人は目を大きく開いてから、満面の笑みを浮かべた。


「本当なの、菜乃花」


頷いた私は陽人にぎゅっと抱きしめられて、もう一度キスをされたのだった。



陽人が誤解していた義兄への思い……これは、義兄及び両家の親の策略でした。どう見ても両片思いなのはバレバレでじれったくなった親たちが、義兄を使って陽人の嫉妬心を煽ったそうなの。


川から帰った私達を出迎えた、義兄のニヤニヤ笑いが憎たらしかったわ。(義兄は私達が出かけている間に来たそうなの)

でも、ぎゅっと握った手をずっと離さない陽人に、最後には呆れた視線を向けてきたけどね。


だから、義兄に言ったのよ。


「うらやましかったら、彼女を作れば」


とね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おお、爽やかなお話ですね。 じれったい二人にヤキモキする周り。ニヤニヤ笑いが見えるよう。 こっちもニヤニヤしました。
[良い点] 短編でここまで書けるとは・・・。 さすが恋愛の女王だねぇ。 爽やかで良かったです。
[良い点] 夏の間に育まれる恋っていいですよね。 想いが有るのに言えない感じないじれったさが何とも言えない。 [一言] 短い間にも多くの感情が読み取れる作品になってますね。 兄も知っていてとる行動と…
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