1-7 練∽習
「ちゃんちゃかちゃかちゃか……てんてん……」
どこか聞き覚えのあるリズムを口ずさみながら、陽気にキャメロット城の廊下を歩いていると、反対方向からヴィエラが頭の後ろで腕を組んだままのタツキに邪険な顔を向けた。
「アナタ……暇だからって王城に通うんじゃないわよ……」
はぁ、とため息を溢しながら腰に手を当てて言う。
「ちゃんと用事があったんだよ、ほら」
そう言うと、右手にぶら下げていた紙袋をヴィエラの目の前に向ける。それを見たヴィエラは、首を傾げて袋の中を覗いた。
「何よこの箱、なんだか凄く賑やかな絵が書いてあるけど」
目では確認したもののそれが何なのか分からなかったヴィエラは、視線を謎の箱からニマニマと腹の立つ笑みを浮かべるタツキに視線を戻す。
「ふっふっふーこれはな、メイドインユグドラシルの萌アニメの原点! ご購入はおうまですか?の全巻ブルーレイボックスさ!」
クイッとエアメガネを上げるタツキに冷たい視線を向けながら、「そーなのー」と棒読みで反応してあげたヴィエラの最低限の優しさに気がつくこともなくタツキは、やかましく高笑いを響かせる。
「というか、皇帝陛下から分けのわからないアニメのブルーレイを借りるって、どこまで無礼なのよあなたは……」
呆れたように頭を抱えて呟いたヴィエラに対してタツキは真顔で手を横に降ると、
「いや、是非観てほしいってアーサーに呼ばれたから来たんだけど……」
それを聞き呆れが諦めに変わり、もういいわと言わんばかりに再び長いため息をついた。
「てか、ヴィエラもなんか用事?」
「え? あぁ、そうなのよ。 私も皇帝陛下に呼ばれてきたんだけど」
タツキの素早い話題転換に、若干戸惑いながら答える。
すると、タツキが歩いてきた道を辿るような形で、窓枠から漏れる日差しをその金髪でピカピカと輝かせながらアーサーが手を振った。
「あぁ、すまないね。 ヴィエラ君、突然呼び出しちゃって」
アーサーは、一国の王とはとても思えないような白いシャツをだらしなく着こなしながら、手を合わせて申し訳なさそうにヴィエラに笑みを向けた。
それに対して、ヴィエラはその場違いなアーサーの格好に、一瞬釈然としない顔を浮かべた後、
「国家騎士の務めですから」と、平然と言った。
「じゃあついでにタツキ君にも来てもらっていいかな、」
思いもしなかったその発言に、タツキは首を傾げて頭上に?を浮かべた。
「君の能力についての実験の続きだよ、もう少しだけ知りたいことがあってね」
そう言うと、アーサーはヴィエラが腰に刺している剣を指差すと、微かに笑った。
あぁ、剣か。
そういえば、興味はあったものの中々言い出せずにいたままだった。と、思い出す。
「あぁ、もちろん俺はオッケーだぜ、どーせ暇だしな」
そう言って了解の意を示すと、アーサーはコクリと頷いた。
◆
「えーっと、では早速だけど、タツキ君にはヴィエラ君と一対一で模擬戦を行ってもらう」
場所は例の、キャメロット城の中庭。壁を壊してからは、まだ一週間しか立っていないが、片付けはおろか、修理さえ終わってる。
そんな中で、言われるがままタツキは木剣片手に、ヴィエラと対峙する形で立ち尽くしていた。
すると、ようやくヴィエラもその違和感に気がついたようで、アーサーに抗議する。
「陛下? いくらタツキが魔術適正があるからって剣術はど素人ですよ? いくらなんでも私とじゃ無理があるのでは……?」
そんなヴィエラをもろともせず、アーサーは自身の笑顔で言った。
「大丈夫さ、異世界転生主人公は多分負けない」
自信満々な笑顔とは裏腹に、多分という便利な言葉を付属することで、逃げ道を確保しているあたりに不安を覚えるが、確かにアーサーの言いたいことがタツキにも理解はできた。
太古より異世界転生者は、最強か最弱の二択である。そして、タツキはこの次世界でも、かなりの才能を見出されるほどの魔術を扱えた。
となれば、タツキは最強の方なのだろう。たしかに女神の加護を受けた記憶も、転生早々最強の魔物をワンパンしたりはしていないが、それはこの世界が少し異例だからだ。否、そう信じたい。
「いいぜ、ものは試しだ。 自分でもどこまでできるか興味はあるしな」
それらを考慮した上での、あくまで挑戦的な意欲からくる返答を送る。
「はぁ、分かったわ。 それでも私は、騎士。 誇りにかけて、手加減はしないから」
やれやれと腰に手を当てながら言う。
「じゃあルールだけど、先に首に剣を触れさせた方の勝ち……それと両者とも攻撃型魔術は禁止で、」
アーサーが最低限のルールを伝えると、一瞬で空気を張り詰めて、先程までとは打って変わった様子で剣を構える。
それに同調するように、型などというものに関して無知なタツキは、アニメで見たことのあるような構えを披露したものの、体制的にそれはどう考えても瞬時に戦闘に移行する形としては、ふさわしくないと感じ、自分が最も楽な姿勢で構える。
「では、」とアーサーが、咳払いをした後、5からカウントが始まる。
すぅっと息を吸い、深く深呼吸。
大丈夫だ、俺なら行ける……。
3……2……1……。
0。
カウントがゼロに達した瞬間、ヴィエラは切っ先をこちらに向けたまま、突進。あまりに突拍子もない攻撃に、わずかにタツキが怯む。
が、タツキもそこまでビビりじゃない。素早く木剣を目の前で、構えると間一髪のところで、ヴィエラの剣を防ぐ。木剣同士がギリギリと音を軋ませながら、ぶつかり合う。
「──あら、さすがにこの程度の攻撃なら防げたかしら」
依然として余裕そうに笑いながら、タツキを嘲るヴィエラに対して、タツキもなんとか微苦笑を浮かべて、
「舐めてもらっちゃ困るぜ……まだまだここからだッ!」
ガッと勢いよくヴィエラの剣を押すと、それに流されるがままヴィエラも後方へ飛び、タツキから距離を取る。
わずかに額に汗を浮かばせながら、タツキはヴィエラの剣技が本物であることをその一撃で確信していた。この世界には、魔術の他に武術というものが存在する。それは、タツキが以前アーサーから説明を受けたものなのだが、武術を使えば剣技というものは大きく向上する。
だが、先程のヴィエラの一撃。あれは武術なんてものは一切混じっていない純粋なただの突進。それが故、タツキにも防ぐことができたのは事実、いや、だからこそ理解できるのだ。
ヴィエラは、自分の強さに確信を持っている。だからこそ、初手は純粋に突進を選んだのだと。
タツキにとってはただの実験だ。だがしかし、ヴィエラにとっては、国家騎士としてのプライドをかけた戦いだ。
負けたくない、負けるわけにはいかない。
気がつけば、タツキの心はこの気持ちで満たされていた。沸々と燃えたぎる闘志が、静かに瞳に映る。
それに気がついたヴィエラも、わずかに拳に力を込める。
次の攻撃、そこでヴィエラは本気を出してくるはずだ。この時間は警告。
戦闘に関して未経験であるタツキが、名の知れた国家騎士と一対一で、それも剣での戦いなんて不利に決まっている。タツキの最大の力でもある攻撃型魔術も禁止されてしまっている。だが、裏を返せば、攻撃型魔術でなければ、使用は許可されている。
となれば、
「じゃあ、行くわよ」
そう言って、ヴィエラは両手に握った木剣を、天に掲げ切っ先を太陽に重ねた。
あまりにも無防備な体制である。しかし、不思議なことにどこが死角なのか判断がつかない。それは、タツキが素人である以上に、ヴィエラ自身の力量を表している。
タツキも、一歩後退し魔力を貯め始める。
「〈伍連斬撃〉」
「なッ……」
ヴィエラがそう呟いた瞬間、背筋が凍るような悪寒とともに目の前の光景に思わず絶句。
先程まで、天に掲げられていた木剣は、一本また一本と増えていき、ヴィエラを隠すようにして計五本の剣が出現した。剣は、陽光をギラリと反射させ、タツキを睨んでいる。
呼吸を整えようと、息を吐きだした刹那──、五本の剣は青白い斬撃に変わり、一斉にタツキを切り刻むべく発射された。
「再起動、〈箱型防御〉ッ!」
咄嗟にそう叫ぶと、黒い箱型の壁が瞬時にタツキの全身を覆う。
しかし、五つの斬撃は止まることを知らず、壁ごと切り刻みながら濃い砂埃を上げた。
ゆらゆらと風に仰られる砂埃を、片目で凝視していると、徐々に薄れていく砂埃の中から人影が見えてくる。その人影は、身体を低く構え、全身に力を込めているようにも思えた。
不思議に思って眺めていると、その身体から流れる激しい魔力に防御体制を整えようとする。
だが、
「もう遅いぜ……ヴィエラ!」
〈俊足〉を使い、凄まじいスピードで、ヴィエラの目の前まで移動したタツキは、ニヤリと笑い剣を構える。
しかし、一瞬瞳に驚きを映したヴィエラも今となっては、すっかり余裕の表情に変わっている。
何を笑っている……?
そこまで来て、ようやく気がついた。
先程の攻撃、タツキが防いだ攻撃は四つ、だがヴィエラが放った攻撃は、五つ。
見逃していた。
最後の一撃を。
いや、まだだ……。まだ、間に合う。
再び魔力を貯め、詠唱。
「再起動、〈箱型防御〉ッッ!!」
再び、先程と同じ上位防御型魔術を詠唱。だが、しかしいつまでも壁が現れることはなく、ヴィエラが残していた最後の一撃が、タツキの肋骨を抉る。
「ぐッ……!」
大きく後方へ跳ね飛ばされたタツキは、骨が軋むような嫌な音を立てながら、地面にぺしゃりと羽虫のように儚く堕ちる。
なぜだ、なぜ魔術が発動しなかった……?
タツキは蹲りながら、頭を働かせようとする。しかし、それを阻止するようにして、ヴィエラがタツキに声をかける。
「さっきの一撃、中々良かったわ。 でも、どうしちゃったの? 突然、魔力をプツンと切って」
魔力を切った?俺が?
純粋な疑問が脳裏に焼きつく。だが、今はそれを考えている暇はない。なんせ、タツキはまだ負けてはいない。
強力な一撃をヴィエラにぶつけることが出来れば……。
歯を軋ませながら、ゆっくりと立ち上がる。が、身体中に電撃のような痛みが走り、思わず声を上げる。
「はぁはぁ……こんな時の回復魔術だろうが……」
〈回復〉
回復魔術を唱えるが、一向に身体の痛みは収まることを知らず、ギリギリと神経を蝕んでいく。
おかしい。やはり、魔術が発動できていない……。
はぁはぁと息遣いを荒くして、木剣にもたれ掛かったまま、激痛に悶えているタツキを見て、異変を察知したヴィエラが歩み寄る。
「どうしたの……? 大丈夫?」
「……力が……ない……」
力なく嘆くタツキの声を聞き取れなかったヴィエラが聞き返す。
「魔力がない……さっきので切れたみたいだ……」
それを聞き、ヴィエラは思わずぽかんと口を開けたまま立ち尽くしてしまう。
「魔力がないって……魔術なんて一つ使っただけじゃないの……そんなわけ無いでしょ?」
苦笑いを浮かべながら、タツキを疑うが、首を横に振って必死に否定している。
「とりあえず、回復を頼む……立ち上がれないので……」
俯きながら必死に呟くタツキに頼まれ、「え、えぇ」と、咄嗟に〈回復〉をかける。すると、みるみるうちに痛みは、引いていき「ふぅ」と一呼吸おいて、その場に寝転がった。