1-4 散∽策
あれから二時間ほど経っただろうか。
聴衆室から解放されたタツキは、衣服店へヴィエラに連れていかれ、服を買ってもらった。一応、制服のポケットには財布が入っていたので、自腹で購入しようと思ったが、日本の高価は使うことができなかった。
その後、酒場で軽く食事をし、小さな宿屋で部屋を借り、明日の準備をしとけだのなんだの言われて、部屋に押し込められた。
そんなタツキは、今まさにヴィエラから借りた鈍い色をした銅貨を一枚眺めながら、つまらなそうな顔を浮かべていた。
「なんで俺、こんなところにいるんだろ……」
数時間前まで、普通に学校で授業を受けていたはずなのに、今はこうして小さな宿屋で目的もなく当然のように天井を眺めている。
そんな形容しがたい状況にタツキは、困惑していた。
いや、おかしいだろ。
普通、人間は死んだらそこまでだ。なのになんだこれは、異世界転生って……。
まるで、
「ラノベ主人公じゃねーか」
自嘲気味に笑いながら、身を起こす。
「外、出てみようかな……」
今度は天井ではなく、小さな窓から見える夜空を眺めて呟いた。
◆
「おー、旨そうな肉だな」
タツキは、露天から流れる匂いに誘われて、目の前でワイルドに焼かれている肉を見つめながら呟いた。
「なんだい、買ってくかい?」
屈強な店主が、トングを握りながらニッと笑って言った。
「じゃあ、もらおうかな」
「へいまいどー、じゃあ銅貨二枚だな」
そう言われ、タツキはヴィエラから渡されたポーチの中から二枚の銅貨を拾い上げ、店主の掌の上に並べる。
すると、店主は渡された銅貨を白い箱形の機械の中にいれた。
「なぁ、その白い箱みたいのなんだ?」
すると、店主は拍子抜けしたような顔を一瞬浮かべた。
「なに言ってんだい、どうみたって精算機だろうが」
店主がそういうと、機械の上についたディスプレイに片仮名で、銅貨二枚と表示された。
「あぁ……精算機か……いや待て」
納得しかかったタツキは、右手で額を押さえながら難しい顔をした。
もしやと思い、制服のポケットから移し変えたスマホを取り出して、店主に見せる。
「なぁ、おっさんこれがなんだか分かるか?」
すると、店主は今度は少しバカにされたような気になり、少々声を荒らげた。
「おい、にぃちゃん。田舎だからってバカにしてんのか?どうみたってスマホだろうが」
「いや、すまない。そういう意味じゃなかったんだ悪い……」
「ったく……ほれ熱いから気を付けろよ」
そう言い、店主は購入した肉刺しを渡してきた。
タツキは軽く挨拶をし、再び歩き始める。
が、納得がいかない様子で頭を痒く。
「いや、やっぱおかしいだろ……なんで普通にスマホが分かるんだ?」
タツキが納得いかないのも当然だった。
最近多い、異世界転生モノの異世界において、スマートフォンをいう物は、存在しないか、主人公のみに与えられたスペシャルアイテムというのがベタだ。
いや、もし仮にここが近代都市だとしよう。そうなれば、スマートフォンが存在していても違和感はないだろう。いやむしろ、もっとハイテクな通信機器がほしいくらいだ。
だが、ここはそうじゃない。
勝手な考察だが、見る限り時代背景は中世。ツルギのような腰に剣を刺した国家騎士がいて、ヴァレアの言っていたように皇帝陛下が、存在している。
タツキの知っている範囲で、腰に剣を刺している奴らが普通に携帯を使っている光景なんて、神聖ブリタニア帝国ぐらいでしか、見たこともない。
「この世界のこともっと知る必要がありそうだな……」
そんな風にぼやきながら、購入した肉刺しにかぶりついた。
これから、この世界で一生を向かえるのだ。
自分の置かれている状況を今一度見つめ直さなければならない。
まず明日の予定、ヴィエラは午前5時から王城に出向けと言っていた。
向こうの世界では、一日は24時間であったがこちらの世界では、一日は12時間となっている。つまり、午前10時に向かえばいいわけだ。
そのために、ヴィエラはタツキの体に『時刻把握』という魔術をかけた。内容は、体内時間で正確な時刻を図れる。実際、今意識を集中させることで正確な時刻を図れる。
これで明日の予定はだいたい把握、現在時刻は11時。向こうの世界で言えば、22時である。
これまでに分かっていることは、時代背景はおそらく中世であること、一日は12時間であること、言語は日本語であるが文字は日本語だけでなく、異世界限定の文字が存在していること。
そして、魔術が存在していることである。
ヴィエラによれば、現在一般的に使われている魔術は、新世魔術というもので、自然現象を用いて発動するものではなく、
体内に存在する魔術軸を必要量だけ削り、唱えて発動するのだという。
簡単に言ってしまえば、ゲームのようなものだ。
MPを消費して、レベルに応じた魔術を扱える。という簡単なもの。
ただ、魔術軸の有無は才能や努力次第で、どんなに努力しても魔術軸を有さない者いれば、生まれもった血筋で強力な魔術軸を有する者もいるのだと言う。
魔術以外にも、それを応用して出来た武術というものも存在している。
魔術を扱う際に発生するエネルギーを代償として、使用者に力を与える非科学的現象。
これは魔術軸がない者にも扱うことができるそうだ。
と、タツキが知っている情報はこんなところだ。
どうせなら、政治のことや経済の話もある程度、聞きたかったのだが、逃げるようにして宿屋を出ていってしまった。
「そう言えば、俺にも魔術って使えるのだろうか……」
異世界転生した主人公には、無双能力が与えられるとかいう設定がよくあるものだ。
転生する際に、女神様に出会ったわけでも、モンスターとなって転生したわけでもないが、希望はあるはずだ。
タツキは、バッと右腕を突きだしヴィエラの唱えていた台詞を思い出す。
「えーっと、再起動……」
力強く唱えると、腕を包むようにして臼黒い光が出現した。
「お、おぉ!すげぇ……これいけるんじゃないか……?」
ヴィエラが使った際も同じようにして、薄い光が出現していた。光の色がタツキの場合若干くすんで見えるが、個人差もあるのだろう。
早速、何か魔術を発動しようと思ったが、なにぶん知っている魔術が『時刻把握』のみだ。既にタツキにはその魔術ががかかっているため、発動したところで確かめる方法がない。
「いや、今はやめとくか……」
諦めて、手を引っ込めると同時に光も消滅した。
魔術のことも明日聞くとして、これからなにをしよう。
宿屋に戻って明日に備えて眠るべきだろうが、せっかくの異世界なのだ。なにかしたい。
「過去の異世界転生先輩方は、一体なにをしていただろうか」
そんなことをボヤきながら、タツキは夜空を見上げた。
「異世界の夜空も向こうの世界とそんな変わらないな……」
向こうの世界と比べて、少しだけ蒼白い月の光を浴びながら、タツキは小さく舌打ちをした。
「なにが異世界転生だ、」
その声音には、タツキが抱えていた憎悪が込められていた。
その光を見て、タツキはあることを思い出す。
「そういえば……俺を殺したアイツどうなったんだろう」
遠い昔のような気がするが、数時間前。向こうの世界でタツキを殺したあの男。
今思えば、あの男はこの世界の住人なのかもしれない。
服装は現代的であったが凶器は、ファンタジックな漆黒の剣であった。
意味ありげなことを呟きながら、剣を振っていたが、当然面識はなく、なんの記憶もない。
現実的に考えたら精神異常者だが、異世界転生とかいう事案が発生してしまっている以上、アイツのも何かしら事情はあった可能性もなきにしもあらずだ。
「ラノベだったらタツキの過去ストーリーに繋がる伏線……とかありそうだな……」
冗談めかしているが、確かにアイツの雰囲気は異質なものだった。殺人犯とは違う顔があるような気がした。
こういうのは、なんというのか深く考えてもいいことはない感じだな、うん。
強引に話を結論づけると、右手に持ったまま冷め始めてしまっていた肉刺しを頬張った。
◇
王城に戻ってきたヴィエラは、金縁が煌びやかに輝く静かな廊下で向こうから歩いてくるツルギに手を振り、近づいていった
「──あの、タツキとかいうの皇帝陛下の言っていた日本人の特徴と一致してるわ、日本人と見て間違いなさそうよ」
長い廊下を横に並んで、声をかけるとツルギは、「そう」とだけ答える。それを見たヴィエラは、不服そうに頬を膨らましながら会話を続ける。
「なに、随分興味なさそうじゃない、皇帝陛下が探していた人材なのよ?もっと反応を示してもいいじゃないの」
「だからこそだよ、彼からはなにか妙なものを感じなかったかい?」
いまいち、ぱっとしない様子でヴィエラは、首を傾げる。
「まぁ、確かにちょっと無知だなぁとは思ったわね」
「それもあるんだけどね、彼からは少し異質な魔術概念を感じた」
そういうと、ヴィエラは軽く笑って言い返す。
「いや、彼からは魔力の流れを一切感じなかったわ。あれは、当然魔術は使えないわよ」
「そう、彼からは魔力流れを感じなかった。不思議なぐらいにね」
神妙そうな顔をして言うと、それに気迫されたヴィエラも笑み消す。
「どういうこと?」
「魔術軸が存在しないか人間でも、ある程度魔力っていうのは纏っているものなんだよ。生命を維持していくにも、多少の魔力が必要なんだ、だが彼からはそれさえも感じられなかった」
そう言うのに続けて、ツルギはこれまでにないような神妙そうな顔を浮かべて、
「あれは、死人と同じだよ……」
「でも、彼生きていたじゃない」
「多分、魔力を封じ込められている……もしくは自ら隠しているんだと思う。それは意図的なものかもしれないし、無意識のうちの呪いの一種なのかもしれないけどね」
ヴィエラの知っている魔術の中に、生命力も含めた存在ごと消すことのできる『潜伏』というものがあるが、魔力だけを常時消していられる魔術はなかったはずだ。
ツルギ自身も、そんな魔術は知らないためそれがなんなのかは定かではない。
「だから、僕には妙だったという言葉でしか言い表せないのだけれどね」
すると、ヴィエラはなにかを思い出したように手を叩く。
「じゃあ、血まみれだったのはなんだったのかしら?」
「それも、変なんだよ。あれは多分、人間の血液じゃない」
「え?」
ヴィエラは驚いた様子にも、目もくれずツルギは会話を続けた。
「あくまで、香りだけなんだけどね……血液にもなにも混じっていない異質な感じがした」
「なにも混じっていないって細胞とかそういうレベルで?」
「そうだね、本当に単なる液体だった。あれが生物の中から出てきたものとは考えにくいと思うよ」
ヴィエラも顎に手を当てて、考えてみるがなにもわからなかった。すると、ツルギは足を止めて、ようやくヴィエラの顔を見た。
「もしかすると、それが日本人というものなのかもしれない。とにかく明日の皇帝陛下との面会も厳重注意で、彼の様子を伺おう」
ツルギがそう言うと、ヴィエラはコクりと頷く。
「じゃあ、僕はここで」
「あ、うん……おやすみなさい」
ヴィエラが挨拶すると、ツルギも「うん」とだけ返す。
暗い廊下を歩いていくツルギの背中を見送りながら、小さく呟く。
「レイジョウタツキ……なんだか彼を思い出すのよね……」
ヴィエラは、幼き日の記憶から一人の少年を思い浮かべた。
笑顔を絶やさなかった一人の少年を……。