故郷の村では同年代の少女達が村長の長男の御妾さん目指してパカーン!パコーン!と奔放すぎたのですが、僕は僕で兄弟子のやらかしのせいで人間の女性はちょっと。
本話はジェイムズ視点となっております。
冒険者仲間が発情キノコを食べて暴走した。
ほんの少しだけ獣人の血が流れているらしい。身体のつくりは人間と全く変わらなかったが、それでもキノコの芳香は作用したようだ。
獣人には年に数回だが発情期がある。
発情期以外で性交しても排卵もしなければ射精もしない。強靱な身体と生命力を持つ彼らだから、うっかり発情期に彼らの領域に踏み込むと大変なことになる。
例のキノコは、その発情期を強制的に励起してしまった。
これは獣人社会にとって衝撃的な出来事だったらしく、発情期がかみ合わずに子宝に恵まれなかった獣人夫婦にとっては福音となった一方、斥候職の子のような無自覚獣人の生活サイクルを暴走させる可能性が発覚した。
解毒は簡単だ。
妖精種のゴブリン呪術師が鎧猪の飼育で使用している解毒剤をヒューマン用に調合し直した、安全かつ速攻で作用する鎮静剤を僕は幾つか所有していた。
そして薬師としての職業病というか。
薬効を確かめる機会に遭遇し、実行ないという選択肢は無かった。ただ前提として人種的な差が大きく、そもそも生産職が本職の冒険者相手に体力で勝てるはずがない。身の安全を確保した状態での投薬は不可能であり、薬師としては反省すべき点だった。
かくして斥候職の子は僕の腰の上で正気に返り、僕は馬乗りされたまま枕で何度も叩かれた。短いとか小さいとか早いとか罵倒されたが、彼女が比較対象となるべきものを知らないことを冷静に指摘したところ、更に怒られてしまった。
「当たり前じゃないか、なに馬鹿やってるんだよオマエさんは」
近況報告を師匠に伝えたところ、目深にかぶったフード越しに心底軽蔑しきった視線を返された。
故郷のロイズ村は混じりものの少ない水が湧く土地だ。
領都アレクシスや僕が活動拠点としているブリストンの街は大理石の露天鉱床が近くにあり、井戸水も川の水も非常に硬度が高い。そのまま水を飲むとお腹を下してしまうので、酒精の弱い果実酒や雑穀麦酒を飲料水代わりに消費しているほどだ。
僕はそれほどでもないけれど師匠は酒に滅法弱く、冒険者時代にはソレが原因で手痛い失敗を何度も経験したらしい。それで冒険者を引退して薬師業を営む際、とにかく酒を飲まずに暮らせる場所を探してロイズ村に流れ着いたというのだ。
「師匠が酒で失敗して、弟弟子はキノコで失敗か」
「笑い事じゃないんだよゲイリー」
助手としてロイズ村で修業している兄弟子ゲイリーがくっくと笑い、師匠は呆れたように僕の頭に拳骨を落とす。「あ、こいつ何を間違えたのかを理解してない」という声だ、村での修業中に何度も聞いたので忘れるはずもない。
いや、厳密には今でも僕は半人前で修行中の身。
兄弟子のゲイリーなど元々はブリストンの街で二級薬師として活躍していたのに、師匠の作る回復薬に感激してロイズ村に押し掛けてきたような人だ。
当時三十歳、薬師ギルド理事をやっていた女性錬金術師の執拗な求愛から逃げてきた、なんて噂もあったらしい。十数年経ってもブリストンに足を運ばないのだから、こちらに骨を埋める気なのだろう。
調薬の技術では、僕は兄弟子には遠く及ばない。
師匠に言わせると、兄弟子は薬草の細胞一つ一つを丁寧に潰して薬効成分を効率よく抽出する事ができるらしい。しかも薬研や乳鉢などの初歩的な器具を用いてだ。
これは錬金術師あがりの師匠から見ても変態的な技術精度で、ブリストンの薬師ギルドでも兄弟子は様々な形で名を残していた。事実、僕が放り込まれるまで師匠の弟子入りに成功したのはゲイリーひとりだけなのだから。
調薬に関わらない分野では人格者で、尊敬に値するヒトなのだけど。
「いいかいジミー。君は罪悪感から逃れるために、好きでもない独身の女の子を自分の部屋に寝泊まりさせたり仕事の援助をしたのかい?」
「むー。あの頃はまだ村長の息子がいたからね、斥候職の子も僕と同じ被害者だと考えたら見捨てることはできなかった」
「そのあたりの説明はきちんとしたのかい?」
「一応しているんだけど、月光猟団の人は『はいはいツンデレ』って反応だった」
兄弟子の質問に記憶を引っ張り出しながら答えたら、二人は揃って疲れ切った表情で作業机に手をついていた。師匠は顔の半分以上をフードで隠している上に体型のはっきりしない長袖の外套姿だけど、肘や膝を引っかけたりせず器用に姿勢を崩している。相変わらず多芸な人だ。
「ジミー、その月光猟団のお嬢さん達ってどういう出自なんだい?」
「詳しくは知らないけど、元々は屋敷女中さんや賢人同盟に在籍していた女学生さんが中心となって結成したそうです。そこに護衛の狩人と女傭兵とか、潔癖性すぎて豊穣神殿を飛び出した女神官とか、アダムス達から逃げてきた斥候職が加わって現在の形に」
月光猟団はそこそこ実績のある冒険者パーティーなので、回復薬だけでなく汎用解毒薬や栄養剤などの取引も多い。
斥候職の子を交えて昼食を共にすることも幾度かあったので世間話程度は経験しているが、その程度の情報は聞き出せていた。
男嫌いという訳ではない筈だ。
アダムス達に対しては「襲ってきたら去勢する」で意見一致していたけど。
「……中途半端に知識はあるけど、実際に男性と積極的に関わるのが怖くて女同士で連んでいたら問題なく冒険者活動できちゃったので現在に至った喪女集団かい」
「師匠それ以上はいけません!」「師匠、世の中には言っちゃいけないことがあるよ!」
うっかり情報を分析してしまった師匠の言葉に、兄弟子と僕は悲鳴を上げた。
駄目だよ師匠。
ブリストンの冒険者、月光猟団に憧れてる人が意外と多いんだから!
見た目清潔だし(元メイドのおかげです)、
あんまり汗くさくないし(元メイドのおかげです)、
食事の作法も綺麗だし(元メイドのおかげです)、
偉い人達への礼儀作法も様になってるし(元メイドのおかげです)。
……
……
元メイドさんが冒険者引退したら月光猟団も瓦解するな、うん。僕は何も気付かなかった。そういや斥候職に薬師ギルド寮の部屋を貸した後は、念入りに換気した記憶がある。
「それで莫迦弟子、あんたキノコ中毒者にどうするつもりなんだい?」
「例の猪発情茸が獣人の発情を励起し排卵を促すのは、ブリストンの騒動で確定したと思う。でも斥候職みたいに基本的な体質がヒューマン寄りの場合は──」
師匠の問いに機械的に答えようとして言葉が詰まる。
そうじゃないんだ。
僕と逆レイプ犯は、どういう関係なのか。どういう関係になりたいのかという質問なんだ。
「万が一、子供ができていたら引き取って育てたいと思います。僕は薬師が本職で、カリスは冒険者ですから」
認知しない子沢山とは違う。
次期村長の妾さんの座を狙って色々頑張っていた故郷の同年代少女達の悲喜劇を散々目の当たりにしているので、同じ過ちは犯したくない。
ヒューマンをはじめとするヒト族の女性冒険者は、ギルドより支給されている経口避妊薬の服用を義務づけられている。これは獣人と違って季節を問わず妊娠出産が可能であることと、体調や体質により月経周期に個人差があることに起因する。ちなみに僕もこの薬を調薬可能だが、この薬に関してはギルドへの納入を義務づけられている。
これは望まない妊娠を回避する目的もあるが、月経を前後して身体精神が不調に陥りやすい女性冒険者の生存性を高めるための対策でもある。特にモンスター種には嗅覚が発達したモノが少なくないため、僅かな血臭でも気取られることがあるのだ。
そして斥候職は外見はヒューマンなので、ギルドで避妊薬を服用している筈だ。あとは避妊薬の効果と発情キノコの薬効、どちらが強いかという話である。
「冒険者の本質は漂泊です。人を定めず、土地を定めず。旅に生きて旅に死す。いつか旅を終える時も来るでしょうけど、その時に僕の傍らを選ぶかどうかなんて誰にも分かりませんよ」
自分の中の感情に折り合いをつけつつ答えをひねり出して、僕はカリスという女の子に少しだけ惹かれていたんだと気付いた。
逆レイプされて全部台無しにされたけど。
「冒険者の一般論としては及第点だねえ」
嘆息しながら僕の回答を採点した師匠、この人も酒絡みで似たような失敗をしてそうだ。
だから僕は訊ねてみることにした。
「師匠の時は、どうだったの?」
「無責任な話だけど、待っててほしかったよ。錬金術師なんてのはイカサマ師と大差ないって偏見が強く残っていた頃だったからねえ。
冒険者として世間様に認められたら、大手を振って嫁入りできると信じていた。相手の都合とか考えもせずにね」
それで二つ星の冒険者まで上り詰め、三つ星まであと僅かってえ隣の国まで遠征して頑張ってたら、そいつは流行感冒でアッサリと命を落とした。
別に将来の約束なんてしていなかったけど、そいつは最期まで独身だったと聞かされたらしい。
「当時は国境線の遺跡に不死王と亡者の軍団が現れたばかりで、不衛生な街には悪い病気が蔓延しやすかったんだ。戻ってきたら、骨が灰になるまで焼き清められて、小さな骨壷だけあいつの店に残っていたよ」
バカだよねえ、心底バカだ。
師匠は深く深く息を吐く。
「流行感冒は恐ろしい病だが、錬金術の知識と技術を駆使すれば治療は容易だった。街の衛生環境を整えて疫病を防ぐ事だってできた。二つ星の冒険者でも、それが許される程度の信用は勝ち得ていたんだよ」
冒険者ってのは欲が深いから、いつだって引き際を見誤るんだよ。
師匠は笑う。かつて不世出の錬金術師と呼ばれ、霊薬の調薬に最も近付いたと言われた凄腕の薬師は、ワシみたいになるんじゃないぞと僕の頭に再び拳骨を落とした。弱々しく、でも優しい一撃だった。
「鈍感愚鈍、こいつは後を追うことすら出来なかった老婆の言葉だがね」
「師匠?」
「向こう側にその気がないのなら、綺麗さっぱり縁を切ってやるのも情けの内だよ」
押し倒して、腰を振って、それなのに睦言葉の一つも投げかけない。
ただ肉欲を満たすだけのクズ野郎みたいな女であれば、あんたが気にかける必要なんてない。遠からず自滅するだろう──師匠の中でもあの野郎の評価はかなり低いようだ。
「師匠、もし逆レイプ犯が弟弟子に対して本気で好意を寄せていた場合はどうします?」
「莫迦弟子を置いて勝手に死んじまったら困るからね、ちょいと気合い入れて鍛えてやろうかねえ」
あーこれは半殺し確定ですねえと兄弟子は暢気に笑いながら僕の肩を叩き、師匠は工房の奥から物騒な道具を引っ張り出し始めてしまった。
【登場人物紹介】
ジェイムズ……主人公。二級薬師。本人の資質はともかく縁には恵まれていると思っている。
カリス……名前だけ登場。今回は授からなかったようです。
月光猟団……箱入りお嬢様とメイドと女子校上がりの魔法使いに傭兵が集まって、世間の荒波に揉まれる前に実績と名声を得てしまった。最近オークさんを見る目が怪しい。
ゲイリー……主人公の兄弟子。二級薬師の免状持ち。ブリストンでは(良くも悪くも)有名だった。
師匠……おばば。フードを目深にかぶってて年齢不詳だが声は若い。元は凄腕の錬金術師で多芸多才。
アダムス……元村長の長男。現在は窃盗と傷害の罪で魔宮攻略の労役中。村にいた頃、冒険者になりたい欲求を誤魔化すために若さを炸裂させすぎた。廃嫡となった現在、故郷の村では後継者問題に頭を抱える家が沢山ある。