とあるギルド受付スタッフが目撃した冒険者たちの恋愛観と結婚事情の一端~今のやり取りを童貞共に聞かせるんじゃないぞ、泣くぞアイツ等。
本作は話毎に視点が変わります。ご注意ください。
冒険者ギルドは建前上は営利団体です。
「もう駄目だ。わたしが悪いのにジェイムズに八つ当たりしすぎた……あいつ悪くないのに、わたしひどいことをした。三日も薬師ギルドの寮に戻ってこない。部屋に鍵がかかって入れない。嫌われた。乳が小さいから愛想尽かされたんだ」
薄手の革鎧を着用した弓職の少女が隣接する酒場で泣きながら上面発酵麦酒を浴びるように飲んでいても、彼女を諫める職業上の義務は発生しません。むしろ今年は燕麦が豊作気味なので麦酒も随分と値が下がっていますから、彼女は望ましい客であり冒険者の鑑とも言えます。
冒険者の資質に女子力って関与していないんですよねぇ。
ここブリストンで活動する冒険者なら、彼女が女性だけで構成された『月光猟団』の新人斥候職カリスと気付くでしょう。見た目はヒューマンですが僅かに獣人の血が入っているらしく、筋力と五感に優れています。冒険者登録して半年あまりで黄等級に昇進した実力は、間違いなく本物でしょう。
普通、これほど有能な新人やそれを擁する冒険者集団には商家や工房などが後援したり専属契約を結ぶものです。ですが『月光猟団』の構成メンバーは個性的な魅力にあふれた集団ですので、下心満載で近付く方が多く、実力と実績はあるのに未だに拠点を構えられずにおります。
そのためでしょうか、カリスさんはギルドの酒場で自棄酒です。
ジェイムズ君というのはブリストンで活動している新進気鋭の薬師さんで、形ばかりですが冒険者ギルドにも登録されています。二級の免状をお持ちですので、代官様認定の薬師です。ブリストンに限って言えば工房と店舗を構えて営業することが許されるほどの実力者なんですよね。
カリスさんとジェイムズ君。
冒険者ギルドの記録上、二人の関係は「元チームメイト」です。二十四時間くらい仲間でした。ぶっちゃけジェイムズ君以外の男性メンバーに問題があり過ぎました。最近ではすっかり珍しくなりましたが、女性メンバーで性欲処理しようとするクズのような男性冒険者というのがいます。
両者合意でない限り、無理矢理というのは当然ですが犯罪です。
たまに野外でやらかそうとするのもいますが、野犬とか狼とかに尻とか前の部分を咬み千切られてしまうので屋外プレイは余程の達人でもなければ実行不可能です。野盗だって安全な隠れ家に獲物を持ち込みますからね。
なお冒険者の性欲処理は豊穣神殿の神聖娼婦さん達の担当分野になります。一般向けの娼館とかもありますけど今は割愛。町中であっても物陰で強姦を試みようとする不埒者は、不浄の穴を徹底的に洗浄された後に前立腺をこれでもかと攻め立てられ、男性なのにメスの悦びに目覚めさせてしまうという神聖娼婦さん達です。
その神聖娼婦さんからうかがいましたが、カリスさんによるジェイムズ君への求愛行為はギリギリセーフだそうです。執行猶予ですけど。
睡眠薬を盛ってからの逆レイプというのは冒険者ギルド基準では一発アウトなんですけどねー、ブリストンの場合は厳密に適用すると真っ先に偉い人が逮捕されてしまうので、やむを得ない処置だそうです。
神聖娼婦さんは生命の誕生を祝福する豊穣神の神官職だけが就ける一種のエリートさんで、その営みこそが不死者や瘴気の天敵であるとされています。だから貞節とかにうるさい他の宗派の方々も、豊穣神殿と神聖娼婦さん達には表立って文句は言えません。市民的にも神聖娼婦あがりのお嫁さんとか、ものすごく尊敬されています。彼女達は優秀な治療師であり助産婦であり教養人ですから、たとえ独り身でも生涯食いっぱぐれないでしょう。
「あら、ジェイムズ君は薬師ギルド寮を追い出されたわよ? ジェイムズ君から聞いてないのぉ、やっぱりカレシじゃないからあ?」
あ、馬鹿。
放置しておけば小銭をもう少し搾り取れるのに、受付嬢のヴィヴィアン(二十二歳独身)がカリスちゃんに喧嘩を売りに行きました。奇襲もせず主面から堂々と挑むあたり、流石のストロングスタイルです。
ヴィヴィはオッパイがぱいぱいしいと評判で泣き黒子がチャームポイントですが、唾を付けていた若手有望株を野良猫に奪われたと最近お冠でしたからね。
生産技能職って、冒険者を引退しても引く手数多です。
しかも薬師です。十七歳で二級薬師の資格を許された生産職です。
年齢が若すぎるということで見送られてますけど、薬師ギルドは将来の幹部候補生と見ています。冒険者ギルドにもそれとなく牽制してるくらいですからね。
ヴィヴィにとっては、絶対に逃したくない相手でしょう。
ジェイムズ君がやや童顔気味でヴィヴィより背が低いのが、更に高ポイントだそうです。毎晩のように愚痴られてるので情報はばっちりです。
一度うっかりジェイムズ君がヴィヴィを「おねえちゃん」と呼んでしまったことがありますが、その日はもう彼女は仕事になりませんでした。ええ、副ギルド長も顔負けのエロスが降臨しましたよ。
「出たな猥褻事故物件おっぱい」
「誰が淫乱地縛霊よ、誰が!」
噴きました。
カリスさん、ヴィヴィに正面からそう言ってのけたのは貴女が最初です。周りの受付嬢とか、上から降りてきた副ギルド長が笑いをこらえるのに必死じゃないですか。
私は爆笑しましたけどね。
だって、ヴィヴィ目当ての下心満載な冒険者っていつも受付で長時間粘ろうとしますから。職員と冒険者の自由恋愛は禁止されていませんが、関係ない無駄話に貴重なスタッフと時間を浪費するわけには行きません。
今度からそういう冒険者には塩をぶっかけてやりましょうか。
「年増の分際でジェイムズに色目を遣う。卑怯なおっぱい。あんたに懸想する男は冒険者にも市民にも大勢いる。この欲張りさん」
そう言って珍妙な格闘技っぽい構えを見せるカリスさん。
思わず周囲の受付嬢から同意の声があがっています。布問屋の若旦那さんとか、歌劇場のオーナーさんとか、衛兵隊の副隊長とか、いわゆる市民権を持っている独身男性の中にもヴィヴィに好意を寄せている人は少なくないです。
おっぱいか。
おっぱいがええのんか。
ギルド受付嬢の飲み会は、大抵がおっぱいへの愚痴です。冒険者の皆さん特に男性陣は、分かりやすいくらいおっぱいに並びます。
等級の高い冒険者になると特定の受付嬢を専属でつける代わりに出来高契約──なんて制度もありますけど、残念ながらブリストン支部は需要と供給が釣り合っていないため専属契約を結ぶ冒険者はいません。ブリストンに根を張って活動することになりますしね、専属制度は実質上大都市圏の冒険者ギルドのための仕組みです。
そんな中でヴィヴィへの専属の話は結構あります。
現在も熱心にアプローチをかけているのは、一つ星に王手をかけている金級の法術師リカルドさんでしょうか。褐色の肌にドレッドヘアという南方系らしい出で立ちですが、実力は確かです。
実力は確かですけど、おっぱいには勝てなかったようです。
そんなにおっぱいがええのんか。
大事なことなので何度でも言いましょう。
ですから当ギルドの受付嬢達のストレスは、主にヴィヴィのおっぱいに向けられてます。特注ブラジャー手当がギルドからヴィヴィに支給されていることも、彼女達の怒りを増幅させます。
怒りのあまり勤務中にヴィヴィのおっぱいが受付嬢によって揉まれる事案もたびたび発生しますが、それによってギルド内が静かになるのですからヴィヴィに特別手当を支払っても価値はあるのでしょう。
そんなヴィヴィが、冒険者としての資質は決して高くはない薬師に執着を見せる。他の冒険者から見れば違和感もあるでしょうし、歯痒くもあるのでしょう。もっとも一部の凄腕さん達は納得しているようですが。
「そうね。たとえば布問屋の若旦那さんとか、私と噂になった方はいらっしゃるわね。それなのに私がジェイムズ君を意識しているのが不可解なのかしらぁ?」
「不可解と言うよりも、不愉快」
「そう」
カリスさんに断言されたヴィヴィは静かにファイティングポーズを構えます。
元冒険者で、都市での活動を得意としていたため素手格闘に才能を開花させた希有な人物です。冒険者仲間が寿引退したためギルド嬢に転職しましたが、その気があれば護衛任務などで現役復帰も可能でしょう。
「シンプルな理由よ。あの人たちと、彼の違いなんて」
「?」
「ジェイムズ君はね──長男じゃないの」
重い。
重すぎる理由です。
いや長男が悪いって訳じゃないんですけど、ミス淫乱とかワンダリング猥褻物とかギルド内外で言われまくってるヴィヴィに世間の奥様方の視線は冷たいです。おっぱい大きいですし、そのくせ腰は小さいですし。
「生活力あって、長男じゃなくて、背が私より低くて童顔で、油断してると私を『おねえちゃん』って言いそうになって、夏場で胸の谷間が蒸れて汗疹になりそうな私に天花粉をそっと差し入れしてくれる年下の男の子!」
「違う。ジェイムズは川魚の塩辛で笹茶を飲むし、暇になると近くの森で山芋を掘り出して炭火でこんがり焼いて食べるのが好きだし、燕麦に蒸留酒漬け込んだのをばらまいて酔い潰れた野鳥を一網打尽にして串焼きにするようなオッサン趣味なの!」
ヴィヴィの気迫に負けぬよう独特の構えを見せたカリスさんが叫びます。
なるほど、趣味が渋いというか。
彼、本当に十七歳ですか?
ああ。今の話をみんながメモしてます。ヴィヴィが受付嬢の一人にメモの転売交渉してますね。ヴィヴィ程でもありませんけど、他の受付嬢も密かに狙ってますからねえ。姑がいないって重要ですから。
「ここにいましたかギルド長」
周りの冒険者と受付嬢が賭け金を集め始めた頃、副ギルド長のチャールズが私の隣に座りました。今日は内勤職員のお子さんが熱を出したため、私は朝から受付嬢の制服で書類仕事を手伝っていました。
もちろんギルド長にしか決裁できない書類もありますので、受付業務に余裕が生じるタイミングで執務室に戻らないといけませんが。
「わかったわチャールズ、上に行きましょう」
「……よろしいので?」
冒険者の誰かが備え付けのゴングを鳴らし、ヴィヴィとカリスさんが殴り合いを始めました。野蛮な乱闘なら止めますが、ボクシングは紳士のスポーツです。淑女? 聞き慣れない言葉ですねえ。
「オードリー、試合は三ラウンドまで。決着つかない場合は判定で、器物の破損と怪我の回復はギルドの負担。カリスさんにはギルドの格技訓練依頼、ヴィヴィは臨時教官という扱いで経費を」
私の言葉に、近くで胴元をやっていたギルド受付嬢が帝国軍仕込みの綺麗な作法で敬礼します。
国境線を巡り隣国と百年続いた紛争が終結したことから、規模の縮小を強いられた帝国軍は人材を冒険者ギルドに派遣するようになりました。
使える者は元軍人でも活躍できるのが冒険者ギルドの良いところです。有能さでは副ギルド長も負けていません。受付で三ラウンドなら、ギルド長の執務室では四ラウンドくらいイけるでしょう。
「ギルド長、モノには限度があるのですよ?」
「大丈夫、ヤればデキる」
それは違う意味でしょう、と突っ込みを入れそうになった副ギルド長を二階へと連れて行き、思う存分突っ込まれることにしました。
【登場人物紹介】
ジェイムズ……前作の主人公。薬師の少年。
カリス……前作の登場人物。斥候職の少女。前作でジェイムズに睡眠薬盛って押し倒した。
ヴィヴィ……ギルド受付嬢。金髪で巨乳でややタレ目で泣き黒子のおねいさん。
リカルド……名前だけ登場。金等級の法術師、実力的にはブリストンでもトップ級。南米系イケメン。
チャールズ……副ギルド長。十連速射の伝説を持つタフガイ。
モリガーン……ギルド長。ハーフエルフ。本話の語り部。