83、エルフの戦士
吸い込む空気が息苦しい。
動かす脚が重い。
掲げる腕の照準が合わない。
これが、
これが殺し合い。
ヒスリアはそれを嫌という程実感した。
恐怖という恐怖が自身の中に襲いかかる。
敵は間違いなく、自身に殺意を持っている。持った上で攻撃してきている。
それを短剣を用いて返り討ちにし、遠くから神法を放つ男を精霊神法による不意打ちで倒す。
だがいくら倒してもそこに達成感などなく、むしろ罪悪感ばかりが増す。
エルフは他種族を殺すことを普通はなんとも思わない。現にヒスリアも気絶させるなどの傷つけることならば可能である。
しかし、殺すことに関してはどうしても息苦しさを感じる。
それをしなければ自分が死ぬということは理解している。
いや、それ以前にこの旅に出かける前、ユーマという男に出会う前ならば外道な人間だといくらでも斬り捨てられた。神法で敵を穿いただろう。
あの男に対する最初の感情、・・・女と思っていた頃の時は除外するが・・・、それは気に入らない。それが一番当てはまるだろう。
姫に詰め寄るのが気に入らなければ、恐ろしいくらいの力を持っていたことも、だ。
単純に言えば妬んでいたのだろう。子供のような幼稚な感情だ。
だからこそ殺す気で奴のご飯に毒を大量投入したり、奴の足に骨折するぐらいの威力を込めた蹴りを入れたり、ダイナミックな錐揉みエルボーをかましたり・・・色々やった。
だがそれらの攻撃を本人はそれこそ蚊が周りで飛んでいる、それぐらいの疎ましさしか感じていなかったようで放たれるストレートもきちんと威力の加減がされていた。
・・・もっとも、何時間か気絶こそしたが。
そして旅をしてしばらくするとユーマも自分を恋の敵だと認めてきた。おそらくかの日の話し合いの影響だろう。
その日以降、ユーマと自分は周りを巻き込みながらの大喧嘩を起こすことが多発した。
お互いが嫌味を吐き、お互いが喧嘩をふっかけて買う。
そのような毎日を過ごすと、思えた。
この人間は我々と同じなのではないだろうか。と。
だからこそ崇拝するメラタリアにも反論した。
助け合える世の中を望むようになったのだ。
だが、どうやらそれは一部の者だけだったようだ。
あのヒキガエルもファットと言う男も帝国の人間達も自身のことしか考えていない。
だが、それでも望んでしまうのだ。それ故に自分は今苦しんでいる。
「・・・“砂煙の弾幕”!!」
神法を唱える。
手加減は出来はしない。それほどに相手は強い。
微弱に舞う砂が弾丸へとなり、兵士達に襲いかかる。
普段こそ勇馬にコテンパンにやられているものの実際にはそれなりの実力は持っている。
だが、つい奥側を見ると蒼と緋が互いにを喰らうように暴れまわっていた。
言わずもがな、ユーマとゼストと呼ばれる男である。
ヒスリアはそれを見て、自身の実力の無さを悔やんだ。
これはあくまでエルフ族の問題である。通常、人間であるユーマが手助けする問題ではない。
だが頼るしかなかった。赤を纏う男はそれほどに・・・エルフ全員でかかったとしても負けるほどの相手なのだから。
その事実もまた彼の心に負担をかける。
どんどんと自身の心臓を鎖がしばりあげる。
その瞬間、彼に黒鉄の塊が頭上から降りかかる。
慌てて避けたもののその威力は恐ろしく、地面がその一撃により陥没していた。
それを引き起こした相手は何と言っても巌のような男であった。
身長は3メートルほど、幅も1.5メートルほどとなっている。もちろん全てが筋肉であろう。
人間にしては異常な体格、恐らくは巨人族。
巨人族はこの時代にしては珍しい体術主義の種族である。そのため他の種族に対して戦闘能力は劣っているとされている。
だが、それも間合いを詰められなければの話。最初から間合いが詰められているとすればその一撃の重さは反則級だ。
「ガハハハハ!!!其方、エルフじゃな!!!儂と一戦、交えようぞ!!」
愉快そうに笑っているものの、すでに彼のハンマーは第二射を発現させていた。
ズガァン!!!
ヒスリアはギリギリのところで避ける。
この避け方はユーマの動きを見ていて理解したもの。まだ拙さはあるもののその動きを再現していた。
「まだじゃあ!!!」
ブォン!!ブゥァン!!!ファンッ!!
ハンマーの風切り音がヒスリアの姿勢を崩す。
その度に追撃する黒の重圧。
あまりの風圧にそこら中の砂煙が舞う。
いつもならばその砂煙を武器としたヒスリア。しかし、
「!!?」
今回はそれが仇となった。
彼の目に砂が入る。
一瞬の硬直。
だが、それを見逃す敵ではない。
「もらったぁあああ!!!」
バキィバキバキ!!!!
咄嗟に盾にした腕の骨が悲鳴を上げた。
地面と凄まじい速度で衝突した。
肺の空気が一気に吐き出される。
身体はもう麻痺したように動かない。
「なるほどのぅ。後ろに逃げて威力を逃しおったか」
獰猛な笑みを晒し、近づいてくるジャイアント。
神法を使おうとするも、あまりの激痛に神力の制御が効かない。
そして、振り落とされようとするその一撃。
その前に銀の光がジャイアントに襲いかかった。
「がぁあ!?」
巨人の男の肌から色素がなくなり、しおれていく。
やがて立つ力さえもなくなり崩れ落ちた。
そして何度か痙攣を起こした後、魔石を残して灰へとなった。
「やあ、無事かい?」
「姫!!?」
気楽そうに、しかし肩を息で揺らしながら姫は手を上げて問いかけてくる。
おそらく何度も呪いを行使したのだろう。顔が青くなっている。
呪いは姫の強力無比な切り札である。
触れただけで人々を殺し、本気で使えば触れずともそこらに屍が広がる。
だがそんな力に代償がないわけもあらず、何度も行使し続ければしばらくの間、衰弱する。
最も酷かったのが前王などを殺された時。100人近い人々を殺した姫はあの後、一週間ほど高熱を出して寝込んでいた。起きてからも幾度なく顔を青くしていた。
今回も前回ほどではないだろうが、それでもこれ以上使えばまずい。
そこらには自分たちに気づいた兵士達が刻一刻と近づいている。
姫はまたもや銀色の光を纏い始めた。
「姫!!?」
耐えきれない。
想う人が目の前で、自分のせいで死ぬなど・・・。
「いいんだ。私はエルフのために・・・生きているんだから」
誇らしそうな顔をこちらに向けてから、姫は敵へと目を向ける。
自分は耐えきれず神法の行使を行おうとする。
だが、間に合わない。自分の今の集中力では。
もうすぐ姫が呪いを解放しようとする。
その時であった。
『血の臭いがするー!!』
戦場には不似合いな呑気で元気な声が頭に響いたのは。
「「「「「「・・・は?」」」」」」
まさか・・・と思い、振り返る。この時だけは身体の痛みなど二の次だった。
そこにいたのは血だらけの小動物。見たところ子熊である。ただし二足歩行。
うん。間違いなく、ランさんですね。
さっきまで酔って死んでたランさんですね。
そして、次の瞬間、
『“らんしゃー”!!!』
赤、青、緑、黄、茶、様々な色の光が後光のようにランさんの背後から差し込んだ。
そしてそれらは凶悪非道な武器へとなり敵軍へと降り注いだ。
燃えて、窒息して、吹き飛ばされて、焦げて、磨り潰される。・・・なにこの地獄。
この時だけは彼らは同情した。嗚呼、人類乙、と。
ユーマの方も恐ろしいが・・・なんでこんな化け物にあいつ勝てんの?
10秒後、そこはエルフ以外の者はいない更地へと成り果てた。
とりあえず、全員がランさんに土下座したことは間違いない。
まさしくラン様無双!!




