81、なんということでしょう
その日の夜はなんとも静かで、刺すような冷たい風がシワだらけの肌をなでる。
かつて自身がいた戦場のような血煙が舞う生暖かいあの感覚は何処へやら。
老いぼれた身体の感覚を一つ一つ確認しながら彼は自身にとっての生き場所を求めていた。
ファット男爵の第一護衛、ゼストは元々は帝国の騎士であった。【聖王】の直轄の部隊にいた確かな実力者である。
最強の【聖王】に見初められスラムにいた自身の手を取ってくれたあの感覚がまだ忘れられていない。
あの時は自身の一番の思い出であり、かけがえのない宝である。いくつもの死線を思い出し、彼はシワだらけの顔に確かな笑みを浮かべる。
ではなぜ、今彼がこんなところで傭兵などしているのか・・・それは身体がついてこなくなってしまったためだ。
【聖王】のかの男はまだ前線へと赴き戦いを欲している。それなのに自身はその後ろにいない。なんとも悔しきことか。
それでも一生を戦いに捧げたこの男は仕方がなく雇われの傭兵としての第2の人生に身を投げた。
帝国の兵として生き抜かなかったのは、周りが自身を新人の指南係として使おうとしたから。あの方とともに戦い抜けない帝国などどうでもよかったから。
そうして荒事が多いファット家へと身を乗り出して向かったのだが、結果は虚しく彼が来ただけでファット家に刃向かう者がいなくなったのだ。
彼は今乾いている。
渇きがある。
またあの時の熱を欲する。
この渇きを潤すあの平等な死の戦いを彼は切望する。
最近で言えば、・・・昼間に見たあのエルフ。あと巷で噂の【剣姫】と呼ばれる男。・・・なぜ姫と呼ばれるのかはなぜなのだろうか。
この2名は、いやこの人物はそれなりの実力者に入るだろう。
ゼストは直感で理解している。【剣姫】としての勇馬と変装した勇馬が同一人物であると。帝国の【聖王】の直轄部隊の実力は伊達ではない。
そして、近々かの人物と自身が敵対することも察知している。
久々に本気を出せると良い。彼はニヤリとシワだらけのえくぼを作り出した。
すると・・・
「おお、ゼストよ!今日は珍しい客が来ておるのだ!!」
パタパタと足音を下品に立てる彼の主人、ファットが現れた。今日はだいぶご機嫌な様子だ。
「ほう、それはそれ・・・」
後ろを振り向きながら老紳士らしい安心感がある笑顔を浮かべ、やがて硬直した。
なぜならばそこにいたのは、
「こんばんわ、ゼスト様」
黒色の単調なドレスを身に纏う男、・・・なぜか似合っている男、【剣姫】が右手に本を挟みながら立っていたからだ。
そして左手が口元に添えられ、柔らかな微笑みを浮かべた。
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「それでファット様、いい加減【剣姫】を連れてきた理由をおっしゃってください」
「待て、ゼスト!!なぜ威圧的に余に問いかけてくるのだ!!?」
「いきなり宴会の用意をする立場にもなってください!!」
勇馬は小太り男といかにも老紳士という男の小声でのもめあいを横目で見ていた。
勇馬が普段なら嫌がるような服装をしている理由は、リシャーナの指示によるものだった。・・・屈辱的です。
ちなみにメイク、着付けの担当は共にリシャーナ。
メイク勇馬の肌色に合わせた淡い桃色のチークのみ。それだけなのだが、勇馬は完全にいつもの100割増しで女性らしくなっている。
また、ドレスの方は黒の単調なもので勇馬は「布を巻きつければ完成なんじゃね?」となんとも失礼な感想を吐いていた。
それはともかく、胸の辺りに咲く黒色の薔薇はドレスの美しさと勇馬の凛々しさをより際立たせていた。・・・本人は断固否定するだろうが。
そして、極め付けは勇馬に対するリシャーナの礼儀指導。これによって、多少のぎこちなさこそあれど失礼はなくなっている。
まさしく匠の技が光ります。
そんなわけでここで「ふざけんなぁあああああ!!!」と言って暴れることをしようものならば、作戦やリシャーナの苦労は水の泡である。背に腹は変えられない。そう変えられないのだ。
たとえこの小太り男がいちいち俺の腕にいやらしい感じで触れてこようとも、俺の髪を不自然に手に絡めてくるのも仕方がないのだ!!!
俺は我慢するのです!!
賢者の書を開いている理由は奴隷の位置の確認とともに敵の戦力の確認、さらには罠や所有されている神具のチェックなどを行うためだ。この相棒はやはり頼り甲斐がある。
『光栄です』
ちなみにこの浮かぶ文字は俺が許可した者にしか見えない。なのでファット男爵やゼストとやらには賢者の書が神具であることなど分かりはしない。
ああ、あとランはまだ復活していない。・・・もう、丸一日休むんじゃね?
「それでこの者を連れてきた理由は!!?」
「う、うむ。実はのぉ。エルフの奴らが余に襲いかかってきてなぁ。その時にたまたますれ違ったこの男が追い払ってくれたのじゃ。それに恩義を感じた余はここで宴会を開かことにした訳じゃ。本当に感謝するぞ。ユーマどの」
「それほどのことはしておりません。むしろ一冒険者である私ごときにこのような場を設けて頂き、誠に感謝致します。」
「ほほほ、よいのじゃぞ」
そう、この男爵はそのように思い込んでいる。
実際にはエルフ達にこの男爵を襲わせ、そこに俺が合流、そのまま俺が追い払う、真似をしただけ。
本当にそれほどのことはしていない。
本気でこの男、ファットは利用しやすい。なんなら正当法でエルフを取り返せるかもしれない。
・・・この護衛さえいなければの話だが。
この護衛、どっかで見かけたと思ったらあの裏路地にいた男だったんだよ。まじでびっくりした。
だって、Lv.89だぞ!!?
元帝国騎士、しかも【聖人】!!
その上、低レベルであれこそ【読心】まで持っている。このレベル程度なら相手が嘘をついてるか本当のことを言ってるかぐらいのことしかわからんが、それでもハイスペックおじさん。
パネェ。
ともかく、この爺さんはエルフ達に合わせてはいけない。絶対にあいつらじゃ負けるから。
この爺さんをどうするかで今回の作戦はどうなるか決まる。
「ところでファット様、私少し奴隷の方に興味があるのですが・・・ファット様は奴隷の取引はされていらっしゃるのでしょうか?」
「おお!しておりますぞ!!人間から天翼人まで揃えております!!・・・ちなみに最近にはエルフの奴隷まで入りましてなぁ!!」
お、自分からエルフの奴隷について言ってくれた。ラッキー。
「エルフの奴隷? 珍しいですわね? 本当なのでしょうか?」
「ええ! なんならお譲り致しましょうか?」
「あら、よろしいのですか?」
「そうですなぁ、1人金貨5枚でどうでしょう!」
ふむ、お買い得ですな。
「何人、持っていらっしゃいますか?」
「合計20人ですな。どれほどの人数を買われます?」
金貨100枚か・・・思っていたよりも安いな。買えないこともないのだが・・・。
「正直、最近運良く龍を倒して半分までは買えるのですが・・・どうせなら全員を買いたいのですよね」
「流石にこれ以上は助けていただいたとはいえ、負けませんぞ!!」
「そうですわねぇ・・・あっ!そうですわ!!」
頰に左手を添え、考える仕草をする。もちろん、手には賢者の書を持ったまま。
そして、名案を思いついたように勇馬は目を見開き、ファット男爵の耳元で呟く。
「実は耳寄りの情報がございまして・・・クスルフ山脈の道中にアンダマイトの鉱山がございましたのよ」
「な!!?」
アンダマイトの鉱山、これは滅多に発見されない。見つければ一攫千金の夢を掴むことさえ可能である。
その情報を明け渡す。普通の神経ではありえない行動にファット男爵は従者であり【読心】を持つ、ゼストに確認させた。
その結果、白。つまり本当である。
「この情報と引き換えにエルフを、というのはどうでしょう?」
「・・・いいのですか?そんな情報を、鉱山の権利を譲渡するなど」
驚愕によって未だに硬直するファット男爵の代わりにゼストが勇馬に確認を行う。
「ええ、どうせ私は冒険者。そんなものを手に入れたところで意味などございませんから」
「・・・」
これもまた白。そしてゼストは最後の質問を行う。
「最後に聞きます。貴方はエルフと関係を持っていますか?」
「・・・持っていませんが?」
ここに来てやっとの黒。ゼストはそれを感じ取った。
「そうですか・・・それでは後日商談へと参りましょう」
「ええ、そうしましょう。 お互いのために」
ゼストは内心。笑った。
久しぶりの猛者に合間見えたこと。
そして、その者との死闘がじきに迫っていることに。




