5、名前は無礼の後で●
「じょ、条件?」
やはりこの王は甘ちゃんなのか条件という言葉に固唾を飲んでいた。年下だから簡単に隷属できるとでも思っていたのだろうか?
「ああ、そうだ。今のお前が出した条約は単純に『俺たちが魔王をたおす』、『お前らは俺たちを戻せるように最低限の努力をする』しか約束されていない。その条約はあまりにも不平等だ。こっちは目に見える労働を行うのに、お前らはあるかも分からん物を探しだすってだけなんだからな。だからこそ、俺たちは最低限の権利を求める」
そう、このまま了承してしまえば、いいように扱われるだけだ。そのため奴等の意見に干渉できるようにならなければならない。
「ふ、ふむ。・・・それではお、お主は一体・・・どのような権利を望む、のじゃ?」
舌が少し回っていないようで、区切り区切りになっているがそこは無視するとしよう。
俺は指を王に向けて三本直立させる。そして希望の権利を口に出す。
「まずは衣食住、これは当然だ。肉体労働か後方支援かどうかは知らんが、どちらにせよ健康を整え、衛星管理をきちんとすることは大切だ。だからこそこれが一つ目になる」
「ふむ、少なからずそれは行うつもりじゃ。出来る限りのことをしようと思うのじゃ」
よし、これで一つ目の権利は許可、と。異世界に強制ループで地獄的な環境で強制労働とかまじでふざけてるから助かったな。
それでは続いて二つ目だな。
「次に各々に給料を分けてくれ。これは俺たちの士気を上げるような意味でも重要だ。あくまでも傭兵的なシステムでお前たちを助ける、というのでどうだ?」
「うむ、異論はないのじゃ。・・・さして、次が最後か?」
「ああ、・・・最後に求める権利は」
いつのまにかこの部屋にいる人間の大多数が俺と王の交渉の行く末を傍観していた。
そんな中、俺は人差し指を突き立て最後の権利を求めた。
「拒否権、だ」
「・・・なに?」
その瞬間、目前の王の雰囲気がいきなり変貌した。能天気な先ほどまでのデブではなく、そこにいたのは歴戦の王者であった。豊かで情けなかった表情も氷のように突き刺すような気迫を纏い、俺へとそれらを向けている。
「お主・・・立場を理解しとるのか?」
恐怖を感じた。
肌が泡立ち、耳が世界から隔離され、目は王の勢いに飲まれる。
冷や汗が頰に流れ、そのあとを追うように感覚が痺れていった。
まさしく、王者の威厳と言える風格であった。
過小評価をしていた、と俺は自身を責め立てた。
しかしそれだけだ。
俺は再び意識を正常に帰し、王を改めて見据えた。
「ああ、・・・そうやすやすと召喚できないような存在だってこととあんたらには評価はされてるっていうのは理解できるけど?」
そう、まず評価がなければ俺たちが空いてしまった戦力の穴埋めになるとも考えないはずであり、貴重でなければ先ほどまでの権利を飲まず逆らえない状況にすれば直ぐに済む話だ。
しかしそうであってもそれを実行しなかったのは出来るだけ俺たちを丁重に扱おうとする心遣いによるもの。今回はそこにつけ込むようだが、仕方がない。
そして一拍、不意に奇怪な声が数秒の沈黙を破った。
「くっくっくっ、・・・そうか、お主面白いのう。よし、それは認めてやろう! ・・・ところで貴様、一体何奴じゃ?」
「異世界人ですが何か?」
「そのような事を聞いとるわけではないのじゃが・・・お主の名を聞いとるのじゃ」
「へ? 名前を聞くなら先にお前が名乗れよ?」
愉快そうに笑い声を上げ、自己紹介を求める王。
それに対して思いっきり無礼で返す勇馬。
この絵面を見れば、否というか今までの工程を見ていても勇馬は余程の命知らずである。
だがさすがは王の度胸というべきなのか、彼の堪忍袋の尾は硬いようで、
「む? 確かにそうじゃな。儂の名はイミス・ヴィル・クロード。『龍王国カルデア』の王じゃ。お主のことはそれなりに気に入った。よってお主には儂の事を『イミス』と呼ぶ権利をくれてやろう。・・・ほれ、自己紹介はしたぞ? 早く名乗るがいい」
「勿論、名乗らせて貰うよ、イミス。・・・ところで周りの奴らが俺を殺しそうな雰囲気なんだが?」
ーーゴゴゴゴゴ・・・
今の状況を効果音で伝えるならばまさしくこんな感じである。勇馬に対して団結した殺気が滝のように降り注いでいる。
原因は恐らく勇馬の不敬が7割、そしてイミスのことを名前で呼んだことによって2割9分9厘、そして残りの一人が先ほど蹴った誰かがシンプルに殺気を出している、といったところであると予想する。
しかしそのようなことをイミスは許容しない。大声量を上げてその部屋に響かせる。
「異論は!!?」
「「「「「ありません!」」」」」
まるでハート○ンが乗り移ったかのように波打つ怒鳴り声。そこに最初の間抜けた印象はない。勇馬は改めて感心した。
「さてと・・・これで文句はないじゃろう? 早く名乗れい!」
イミスが顎に生える髭に触れながら再度名前を求めてきた。
この部屋はもはやその返しの言葉を待ちわびるかのように沈黙を落としていた。
髪がたなびく。それに合わせるようにして勇馬は自身の名前を笑顔とともに名乗りあげる。
「黒輝 勇馬だ。16歳のナイスガイだ。気軽に『ユーマ』って呼んでくれ」
そして一言。
「よろしくな、イミス」
「うむ、よろしく頼むぞ。ユーマ」
そして二人は契りとともにその手を握り合った。