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40、旅立ちとはいつも締まらないものだ

 嫌な感じがした。


 まるで全身の毛が粟立つかのような感覚におちいった。


 広がった毛穴から冷や汗が大量に吹き出す。


 慌てて背後に振り向く。


 そこにいたのは今までの魔獣のような生物ではなかった。


 それらとは明らかに格が違った。


 それを一言で表すなら“龍”という言葉になるだろう。


 一つ一つが煌びやかな宝石のように輝くエメラルドグリーンの鱗。


 堂々と我が道を行くかのごとく軋む地面を踏みしめる四肢。


 背部には白鳥のような真っ白の翼が2対生える。


 尻尾は見ただけでもわかる、圧倒的な質量を持っていた。


 そして頭部には巨大な一本の角が姿を現わす。


 そんな姿をした緑龍が俺の前に姿を見せた。


 一目見るだけでわかる。この龍には勝てないことを。


 以前見た竜の一種である海蛇とは明らかな上位互換。


 圧倒的な実力の差、それを一瞬で理解させられた。


 恐らくだがイソギンチャクの時よりも状況は絶望的、それほどに目の前の存在は強い。


 戦う、なんていう無謀な挑戦はしない。今までの挑戦とは違う。


 これまでの闘いは勝つか負けるかどちらかわからないという戦いになるとなんとなくわかっていた。だからあのイソギンチャクにすらも挑んだのだ。


 でも今回は違う。


 目の前の緑龍には天地がひっくり返っても勝つことなどできない。それほどの実力差を思い知らされる。


 その時俺は異変に気がついた。


 目の前の緑龍に、ではない。


 ランにだ。


 ランが緑龍に向かって神法を放とうとしていたのだ。


 俺は慌ててランを抑える。


『なんで神法を放とうとしてる!ラン!』


 俺は緑龍に刺激を与えないように【念話】でランに疑問を放つ。


『え!あっ!・・・ごめんなさい、シショー!』


 こんな行動に走った理由は後で問い詰めることにしよう。


 今はそれよりも目の前の緑龍からどうやって逃げるかが重要だ。


 なぜかはわからないが【ダンジョン転移】は使えない。あのスキルはダンジョンの中を転移、ダンジョンから外に転移だけでなく、外からダンジョンへと転移することも可能だ。


 それなのに使えない。


 意味がわからなかった。


 緑龍が原因なのか・・・。


 ついに今まで俺たちを見つめていただけだった緑龍が行動を見せた。


 口を上に向けていた。


 緑龍の口内に風が荒れ狂う。


 悪い予感がした。


 俺はランを脇に抱え、横へと逃げる。


 緑龍を中心として回り込むように。


 刹那


 嵐が森を吹き飛ばした。


 言うなればそれは災害。


 木を砕き、地を抉り、嵐の中に紅い華が数え切れないほどに咲く。


 背中に衝撃が走る。


 イソギンチャクの白濁液がおもちゃに思えるような衝撃と痛みが背中を暴れ回る。


 意識を手放さないという決意が簡単に崩れる。


 俺たちの意識はそこで切れてしまった。


......................................................................


 起きた時、そこは真っ暗だった。


 触覚は・・・ある。


 どうやらここは死後の世界ではないらしい。


 体の上に何かが乗っているような感触がある。


 それを俺は全力で押す。もっとも体勢が寝そべっている感じなのであまり力は出ないが。


 案外あっさり上の物を退けることができた。


 上に乗っていたのはどうやらさっきの緑龍によって吹き飛ばされた木の残骸のようだ。


 周りを見る。


「・・・化け物め」


 勇馬は悪態をついた。そうすることしかできなかった。


 ここは恐ろしいくらいに広い森が広がっていたはずなのだ。その森が今はない。


 きっとずっと歩いていけばあるのかもしれない。でもここらじゅう一面は木がなぎ倒されてばかりだった。


 そういえば、ランと賢者の書はどこに行ったのだろうか。


 念話で周りに集合をかける。


 結果


 モンスターが凄く集まった。


 とりあえず剣技で全員倒す。


 ・・・やっぱ俺強いのかな?


 あの緑龍が異常なだけだよね。・・・そう信じたい。


 まさか今勇者パーティー、全員あの緑龍くらいなら倒せるぜー、みたいな感じじゃないよね。


『ごめんなさい、シショー。少し迷っちゃった』


 俺の背後にいたのはランとランの両手に挟まれた賢者の書だった。


「いや、お前らが無事でよかったよ。怪我はないか?」

『ないよー』

『私は本なので怪我も何もありませんよ』


 ・・・ランも賢者の書も少しは傷ついてるじゃねーか。


 今回の敗北はとても悔しかった。


 この森で強くなったはずだった。その自信をいとも簡単に潰された。


 逃げることしかできなかった。


 仲間を傷つけられてなお、あいつには恐怖しか湧かない。


 そんな惨めな自分がとても嫌になった。


 劣等感、罪悪感、自信喪失、そんな感情が頭の中でぐるぐる回る。


 そんな時、足に温もりを感じた。


『大丈夫だよ、シショー』


 ランだった。


 ランが俺の足に抱きついていた。


『シショーは強いからまたリベンジしようよ』


 ・・・ごめんな。負けちまって。お前の師匠なのに。


『ボクもシショーのこと助けられなくてごめんなさい。それにボクが神法放とうとしちゃったから・・・』


 そういえばそうだった。ランは緑龍に神法を使おうとしてたんだったな。


「確かにそれに関してはお前が悪い」


 それはランのミスだ。それなりの罰を受けて貰おう。


「だから、後でモフモフの刑だ」

『・・・え?それだけでいいの?』


 それだけとは?凄く恐ろしい勢いでモフるんだけど?後悔しても知らんよ?


『いえ、それを取ってもランのしたことはなかなか許されることではないのですが・・・まあいいでしょう』


 ああ、そういえばいたんだね賢者の書。


『・・・失礼ですね』


 さーせん。


『とはいえ緑龍は今遠くにいます。ですから森を出るなら今がチャンスです』


 おう、りょーかい。ナイスだ。賢者の書。


『それほどでも』


 俺は少し考えてから、ランたちに話をする。


「・・・お前ら、ここからはもしかしたら緑龍以上の強敵に出会うかもしれない。危険な旅になるかもしれない。それでも・・・俺について来てくれるか?」


 これは俺がランたちを連れて行くにあたって重要になってくることだ。


 もしここでNOといえば俺とはおさらばになる。でも少なからずあまり危険ではないと思う。緑龍にさえ出会わなければ。


 その質問にランと賢者の書は


『モチロン!行くよシショー!』

『マスターの行くところであればどこへでも』


 と即答。


 改めて俺はこいつらと出会えて良かったと思う。


「ありがとよ」


 俺の口から出たありふれた言葉。


 それでもランたちは嬉しそうに頷いてくれた。(賢者の書は知らないが)


 空を見るとそこには今まで木の幹によって妨げられていた夜明けの光が差していた。まるで俺たちの道を照らすかのように。


 こうして俺たちの1人と1匹と1冊の冒険が始まる。

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