26、神懸かり●
盛大に遅くなりました。もうじき一章改稿ラストに差し掛かります!
目の前に広がるのは赤い溝で出来上がっている魔法陣、否、神法陣。
天井を見るとそこには青い空が広がっていた。
ここは最初の異世界の景色、俺たちが召喚された場所だ。相変わらず見渡す辺りひび割れており、廃墟のような雰囲気が充満している。
事実、ここは今や使われていない要塞だ。かつて国同士での血に濡れた戦争の時期に使われた特殊な建築物だと言われている。
ただし今は国と国はそれぞれ同盟、もしくは不可侵条約を結び合っており、その危険性はない。
【聖王】の集会たる『聖王連合』もその平和の象徴たる一つ。あらゆる国から集められた【聖王】、合計十八人による“魔”の殲滅の条約。
これらから今や使われないこの古の城は何が起こるか分からない異世界召喚の舞台にはピッタリだったわけだ。
兵士に連れて来て貰った俺が来たのはただただ黄昏れる為ではない。確かにあっちに残った野郎どもに関しては相当不安だがそこまでは気にしていない。
俺が来た理由は下にある神法陣だ。
神法陣の本をめくり、目の前の模様を凝視する。
「…おかしい」
そう、おかしい。
この神法陣では徹底的に神力を注ぐ力が足りない。いや、この神法陣だとすぐに召喚神法が崩れると言った方がいいだろう。
俺はこの1年間、戦えない分知識を取りこんだ。
その中に神法陣があったのは単純に戻る方法の模索のため。
しかしその作業中に目の前の神法陣に違和感を感じた。
そしてそれは見事に的中した。
この神法陣だけであれば俺たちは召喚できない。それほどにこの陣には欠陥だらけだ。未熟な俺がそう考えてしまうのだ。何年もの時間を費やした王宮の神法士ならば尚更気づかないことはないはずだ。
で、あれば考えられることは…
(外部からの力が働いた?)
この神法陣に力を加え、かつ神法士たちの目を誤魔化した。その犯人がいる可能性がある。
どこにいるかは分からない。だが…
『何を考えている? 汝よ? 許す。好きなように話すがいい』
けたたましい警音。粟立つ肌。止まらない発汗。
俺は護衛の兵士の存在すら忘れ、車椅子から離脱。アイテムボックスから取り出した剣を杖がわりに瓦礫の地面に脚を踏み込んだ。
そこにいたのは…
「ええっとーーーどなたでしたっけ?」
「おおい! 俺のことは覚えとけよぉおおおお!!! 北村だよ!!!」
「ああ、そうだ。改稿前よりも出番が一切なく、緊急で閑話を作ることになった北村くんだ」
「うるせぇえええええ!!!!」
そう、北村だ。ただえさえ前のバージョンでも出番がてんで少なかった北村くんだ。さらに出番が減った北村くんだ。
一応重要なポストのはずの北村くんだ。
「いや、俺は別の男の声が聞こえたんだが…」
「ふん! それはこいつのことだろうが!!」
ズズズッ…
北村の胸が服ごと波打つ。そこから放たれるは漆黒の西洋剣。その柄が姿を現わす。
醜悪で角ばったデザインの武具。ただ深淵がその剣を取り巻いた。煌煌と怪しく光る紅。どこまでも鮮烈でありながら血に濡れたおぞましさを感じる。
重量感のある極太の刀身。まるで猛獣のような気配、威圧をそこから感じる。並大抵の戦士では振り回されることしかできないだろう。
不意に頰に冷えた汗が伝った。
『ほう。北村とは違い王の権威を測れるとは…褒めてくれよう、ユーマ・クロキ』
再度脳裏に直に木霊する濃密で名状しがたい声。
「そりゃあ、どうも。…ところでなんでこんな所に? 特に面白いものなんて無いはずだが?」
『ふむ? 王を愉しませるものならばここにあるぞ?』
適当に言葉を返したが俺の頭は今、逃げることで一杯だ。第一、俺をここまで届けてきた兵士が未だに来ないのが怪しい。きっと殺されたのだろうか。
剣の鞘と片足を用いて少しでも目の前の何かから離れーー『“伏せ”』
(ッッ!!?)
逃げようとした俺の全身。俺が下したその命令を上書きするように身体は沈み込んだ。
脚は石像のように重く、腕は関節が凝固したように不動を貫く。
指や瞼は楽に動かせる。だが地面に伏せたこの状態だけは解けない。
「ヒッヒッヒッ…なぁ、ユーマぁ? お前今、どんな気分だぁ? 見下してた人間に頭下げてどんな気分d…」
だが、水平方向ならば身体は動かせる。片手を軸に身体を回転させ、北村の脚に俺の脚を絡める。
てっきり俺が完全に動けないと思っていたらしい北村は間抜けにも「ギャピッ!!?」と間抜けな悲鳴を上げ、後頭部から倒れた。
再び回復する俺の動き。改めて剣を地面に突き立て、立ち上がる。
地面を片脚で蹴り、飛び上がる。目指すのは古びた扉、出口だ。
後ろからの北村の酷い悲鳴を無視しながら、俺は蹴って、押して逃げ出す。最悪人目があればそこから情報も出せる。
あと一歩、そんな所で予想しなかったことが起きる。
ーーガチャリ
開く古びた門。隙間からそよ風が吹き、光が漏れる。
そしてそこにいたのは俺と一緒に来ていた騎士、アクルト・ヤーク。汚れ一つない姿で俺の前に現れた。
その瞬間、俺は安堵を感じた。だがそれに応じ、何かへの疑問も伴った。
なぜ北村は怪しい行動を見た兵士を殺さなかったのか。ーー目の前の兵士には一切の傷がないのか。
それは次の時点で悟ることができた。
喉を穿つ衝撃。地面に杖のようにして打ち付けた剣は支えが無くなり、傾き、いずれ落ちた。
気道を締め付けられ、息することすらまともに働かない。行き場がなくなった血が溜まり、内出血を起こしていく。
「な、んで…あんた、、まで?」
当然、俺を押し倒し、喉を締め付けているのはアクルトさん。顔からは感情が抜け落ち、人形のように成り果てていた。
だが彼は口を開いた。至極当然のように。その言葉を吐いた。
「それが王の命令ですから」
一瞬、イミスのことかと考えた。それならばこの神法陣の秘密も奴が干渉したこととなる。計画の首謀者ならばあり得なくもないだろう。
しかし、
「ヒッヒッヒッ…ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハーーー!!!!!!!」
しかしその前に響く嘲笑。歯車が狂った時計のように響き続ける。
「ざまぁねぇなぁ? ゆーまくん? どうだっった? 希望が見えたと思ったら、俺の部下でしたぁー! って展開? 驚いた?」
『汝よ。誤魔化してはならん。王の力を一時くれてやっているだけであろう? あとあまり使ってはならん。まだ完全に癒着しておらんのだ。注意しろ』
「あー、はいはい。感謝してますよ」
『それと…“動くな”』
「ッッ!!?」
先程とは違い今度は全身の神経がくまなく凍りつく。先程の反省もあるのだろう。
「よぉうし! やっぱ凄いんだなぁ、王様さんよぉ? これならアゲハも…だな!」
『よくわからんがおそらくはこの汝よりはこと単純に済むであろうな。汝が特殊なのだ。喜ぶが良い』
「…ア、アゲハも…だと!!?」
『この汝の願望だ。協力体制を築いているのだ。それぐらいのことはせねばならぬ』
ふざけるな!
衝動と同時に駆け抜けたその言葉。
しかし次の言葉にどちらもがかき消された。
『“隷属開始”』
胸に突き刺された剣尖。瞬間、そこから広がる痺れるような痛覚。
ただの痛みで支配され、脳が狂う。いや、狂わされ始めている。
『この技は魂あるもの全てに干渉する。草木も土塊も大海も…そして人でさえも王の支配下に置いてやる。もっとも汝は中々抵抗するようだがな。いつまで持つかな?』
「がっ! がぁあああああぁあああぁあああああああああぁああぁぁああ!!!!!!」
激痛、悲痛、哀痛、筋痛、苦痛、惨痛、絶痛
ありとあらゆる痛みが押し寄せ、肌が切れ血飛沫を上げる。
視界が光と闇で交差し、歪な音が自身の中から連鎖する。
喉から塊が噴き出る。舌に絡まり、臭い鉄の匂いが暴れまわる。
壊され、変質し、新しくなる。
自身ではなくなる。
確信できる。
俺は足掻く。舌を噛み、皮に爪を突き立て、叫ぶ。
だがなお増す支配の奔流。荒れ狂う心身は共に疲れ果てていく。
消耗していく。自身の気力がどんどんと削られていく。
(…あれ? なんのために俺は…足掻いてる?)
身体を弄ぶ激痛に、薄れさせる騒音に。飲み込まれ、自身の意思すらも見失う。
暗転する世界
その中で少年が最後に見たものは……
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「ヒッヒッヒッ…これでいいのか? 王様ぁ?」
『うむ、最早抵抗も寸分も無い。完全に奴隷化できたようだ。汝も分かるであろう?」
「あぁ、なんとなくだがなぁ! …さてと、どうやってこいつで遊ぼうかなぁ」
『別に良いが…殺すなよ?』
「あぁ、勿論だ!」
と、北村はうつ伏せで倒れる勇馬の元に駆け寄り、最初の命令を下す。
だがその行為の前に黒剣は気がついた。
『待て! それは!!?』
「あぁん? 失敗したってか? どれど…は?」
黒剣の制止の声も聞かずに北村は勇馬の髪の毛を引っ張り上げ、その顔を覗いた。
そしてその姿に北村は固まった。
なぜならばその顔は、無表情でも、笑顔でも、嘲笑でも、悲哀でも、恋慕でもなく。
血が滴っていたからだ。
その顔は醜く歪んでおり、言うならば苦悶の表情。だがそれ以上に鼻から、口から血が垂れており、目など真紅に充血していた。
『っっーー!! …やってくれおったな。慢心しておったとはいえ…一杯食らわされたぞ、ユーマ・クロキ』
「ま、まてよ!! こりゃあどう言うことなんだよ!!?」
『単純だ、自殺だ』
そう、勇馬は自身でなくなる前に彼の権能、【天眼】と【集中】を同時使用したのだ。
結果、一瞬の合間に流れ来る情報の渦に脳が堪え切れず機能を停止した。
時間にして僅か十数秒、その間に勇馬は死に至った。
『王の権能はあくまでも魂あるものに限る。この世界の殆どのものには魂が宿っている。しかし例外が一つ…』
苦虫を噛みしめるような苦渋の声、北村もまたその声に顔を盛大にしかめた。
『死者のみは、な。そこはネクロマンサーの領域だ。王の役目では無い。だが、まぁ…厄介なことになったな』
僅か17、この世界においては一年。
たったそれだけのちっぽけな合間の人生。
黒輝 勇馬の世界は幕を下ろしたのだった。




