24、一時の平和●
勇馬は白いベッドで横たわっていた。
清潔感のある部屋で視線の先には大きな窓。
住宅で反射する日差し、人々の喝采、神法の爆裂音。
それらが目の前の窓からたしかに見えて、聞こえた。
そんな賑わいに勇馬は目を細めた。
ーー戻ってきた。日常に戻ってきた。
その事実に勇馬は頰を緩めた。
だが戻らないこともあった。
腕と脚、片方のみ欠けたそれ。
ほのかという聖女チート、そしてリリアという聖王チートが回復に専念しても直りはしなかったそれ。
原因はわからない。
あの怪物、『バレッド・ウルフ』によるものではないようだ。あの狼はあくまで焦がすだけ。
普通ならばチートたる二人であれば問題にもならないであろうそれ。
しかしそれでも治りはしなかった。
勇馬の一度きりの戦闘へのあまりにも重い、辛い代償。
やっと戦える、守れるとそう思ったばかりだった。自分も前線に立てる、そう信じたばかりだった。そう望んだ。
その意思とは裏腹に自身の腕《戦う術》と脚《勝機》は狩られた。
残された左手の甲で差し込む日光を遮り、勇馬は一人呟く。
「ッッ…かっこ悪りぃ」
勇馬は痛みすら感じ得ない腕と脚に歯を軋ませ、嘆いた。
殺風景な寝室はまるで彼の今の虚無感を具現化したかのようで、より惨めだ。
あいつらと出会う前に戻ったようだ。
一人きりの部屋で黙々と剣を、拳を、筆を動かし続けた過去を瞼の裏に浮かべた。
孤独の重圧。
喚起されたその泡立つ感覚に勇馬は打ち震えた。
何よりもの恐ろしい、おぞましいもの。喉元から空気が搾り出せず、ただ締め付ける。
苦しい。取り残された静けさが。
あいつらのいないこの空間が。
ーーああ、これならもういっそ楽になれば…
普段、感じ得ぬほどの重圧。それにされるがままとなる勇馬。
勇馬は剣をアイテムボックスから取り出し、そのまま首に切っ先を突き立てよう。
それを実行に移そうとしたその時…
扉が強引にこじ開けられる音がした。ついでに見えてはいないが明らかに部屋についてる鍵が潰れた音もした。…直るのだろうか?
少しだけ扉に同情していると「勇馬くーーーん!!!」それに続いて爆砕音が轟いた。
その上で勇馬に畳み掛けられる衝撃。骨やらにヒビが入っているので全身が一気に悲鳴をあげた。
「ッッッ…いっ、痛ぁぁあぁああぁ…」
「え!? 大丈夫!? 勇馬くん!」
「アゲハー!! 突っ込んだらダメだろ!!? テメェ!? 無事か!?」
「勇馬君! とりあえず、医者ぁああああ!!!」
勇馬は全身に駆け巡る激痛に青ざめ、アゲハはそれに被害者のような悲鳴をあげる。園田はそんな彼女を叱りつつ親友の安否を確認、かつ蓮がドクターコールを行った。
とりあえず静けさは無くなったので結果オーライ…か?
勇馬は顎を開け、白目を剥きながら顔をのけぞらせた。
とりあえず悲鳴はさらに拡大した。
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「ーーということですので〜、是非とも安静でお願いしますぅ〜」
「こっちも安静にしたいですけどね?」
白いベッドに横たわりながら、俺はリリアさんの注意に頷いていた。
今まで出てこなかったがリリアさんは金髪ロングのウェーブがかっており、目はスカイブルー。スタイルは抜群、というか男子好きの体系でムチッとした身体つきだ。…あれ? 横からなんだか殺気が?
またおっとりとした顔立ちだが、油断してはならない。
なんといってもこの世に名を連ねる『聖王』の一人であり、同時にあらゆる神法を身につけた天才だそうだからだ。
ただ今までの描写から分かるように俺はいままでほとんど彼女と対面していない。故に今まで描写がなかった。…いえ、別に忘れたわけではない。……ですよ。
「良かったよー、勇馬くん生きてたよー!」
「アゲハ、悪いがお前のせいだぞ? 明らかにお前のせいだぞ?」
「だねぇ」
「だなぁ」
「え? え?」
「「「ギルティ!!」」」
「…ごめんなさい」
だがたしかに死ぬかと思ったな。…うん、二度目の死線がまさか親友の衝突によるものとは思いもしなかったな。
それでも生きることができました! 生還しました! やったね! でも次、死にかけたら戻れない気がする!
そうやって能天気に割と身近だった死でハイテンションになっていたら、横からいくつもの視線を感じた。
「…何だ、お前ら?」
そこには三者三様に、しかし同様に睨みつける友人達が。責めるようなジト目に俺は何となくいたたまれない感覚に陥った。
「そろそろ言わせてもらうが…テメェ、自分をもっと大事にしろ」
「その通りだとも。今回こそ良かったものの、戦った魔獣は確かCランクなのだよ? どれほどの無理をしたか分かるのかい?」
「あー、それについては…すまん」
俺が頭を掻きながらアッハッハと笑う。
その次の瞬間に訪れる衝撃。
寝間着の襟を掴まれ、俺は空中でフラフラと揺れる。
「…いい加減にしてよ…」
「……アゲハ?」
アゲハの眼に映る感情は怒り…とは一概には言えなかった。
屈辱、悲哀、安堵、感謝、嫉妬、羞恥、そしてなによりも…自責だった。
唇を紅く濡らし、頰に透明の筋を入れた。
顔も俯いており、額を俺の胸に押し付けた。
襟を突き上げる拳は震えていた。
周りに光る点はアゲハを励まそうと周辺を回り続ける。
その時、俺はやっと気がついた。
アゲハ達が何を最も責めていたのかを。
「自身をだったのか…」
きっとこいつらは俺が傷ついたのが自分のせい、とずっと責め続けていたのだろう。
現に園田は肩をヒクヒクと動かして泣き、蓮もいつものように平然を装うこともしない。
その場に居合わせていたアゲハなど以ての外だった。
今も罪悪感に、自責の念に押しつぶされようとしていた。
それを汲み取れず、知らずに俺は能天気に笑っていたのか。
俺はアゲハの頭に手のひらを重ね、そして揉みくちゃにする。
手を離すとそこにはポカンと意識を放棄した三人が立っていた。何やってんの?と言いたげだ。
それでは答えてやろう。
「これでチャラだ」
「「「…は?」」」
見事に三人の言葉がシンクロした。それどころかアゲハの周りに漂う五華の光も一瞬消滅、肩に乗っているグリちゃんも首を傾げた、ような動きをした。
「だーかーらー、そんなもんで俺がずっとずっとお前らと居づらくなってみろ。…それこそ俺が嫌だ。断る! だから今、自分達を許せ! 以上!」
我ながら見事な暴論だ。
でもあいつらと罪悪感ごときのせいで一緒に居られなくなるなど…そんなもの糞食らえだ。
そんな真意を受け取ったのか三人とも、納得こそはしていないものの「仕方ないなー」とか「いや、こっちこそスマン」とか言ってくる。いや、順応早いなぁ。
そして当のアゲハはというと。
「…ごめん勇馬くん。私、そこまで割り切れない」
「何も今すぐとは言わねーよ?」
「うん、そうだね。勇馬くんは優しいしね。ありがと。…でも…」
と、アゲハは踵を返し、潰れたドアを踏み台にして部屋の外に足を踏み込んだ。
そして一言、
「次こそは絶対に守るから」
と、先ほどまでの感情の迷いを感じさせない強い一言の後、この部屋の視界の外へと消えた。
だが…なんだろう? 今の一言、立場が逆な気がしてならないし、何よりも狂気的な何かも感じた。
次会うときはまともに話せるだろうか?
俺は気が気でなかった。
アゲハちゃんは勇馬が大好きなのです。




