23、逃げないし、迷わない●
すみません、色々あって遅くなりました、
戦うと決めたもののやれることなどほぼない。
【魅了】は敵を惹きつけるので逆効果。【天眼】は使い切れない。【念話】、【万能味覚】はこの場では使えるようなスキルではないし、【封印】はザコ中のザコ。
結果的に使えるのは【剣術】、【闘術】、【集中】、あとは使いようによっては【アイテムボックス】ぐらいのみ。
そして【アイテムボックス】に入っているのは変えの数本の剣と食料だけ。使えない物ばかりだ。
あとはアゲハだよりの水の精霊のみ。しかし俺がこの精霊を残すように頼んだのは敵の雷の弱体化を雷を避けさせるために使える回避用にだ。あとは雨による雷の巨大化も雨粒を集めることで防いでいる。
これだけだ。
近接のみしか使えない俺の攻撃は奴には通用しない。遠距離攻撃を扱える精霊もあくまで回避用。
成すすべもない。
『条件を満たしました。称号【逃走者】を獲得しました。』
『条件を満たしました。スキル【逃げ足】、【跳躍】を獲得しました。』
…いや、称号もスキルも新しいの入ったけどどれもこれも逃げ腰だな。
わかってますけども。今の俺ではこいつには敵わないことは。
ーーガァアアアア!!!!
狼が再度駆ける。雷が俺に目掛けて迸る。
「ブル! 頼むぞ!」
『わかったすっ! 行くっすよ!』
雷撃が軌道を変えさせる。もちろん水によって雷の鎧を一部剥ぎ取ったのだ。
だがあくまでそれはただ一部にしか過ぎず、雷撃は脅威を尚も留めている。
それをスレスレで回避する。またもや軽装の鎧が一部、熱で爛れた。
こんな時、【鑑定】を持ってたらいらいろ楽だなー、なんて現実逃避をして見る。しかしそんなことをしている暇はとにかくない。
そもそも弱者が強者に挑むのだ。楽などできるはずなどない。
考えが甘かった。
何も脅威は雷撃だけではない。その愚直なまでの突進力だ。
本来の魔獣ならば楽に紙一重で避けられるそれ。
それを目の前の怪物は持ち前の雷撃で、そして爆発のような推進力が脅威として変貌させる。
ある種、それは一切の思考をも放棄した捨て身の一撃とも呼べるものだ。
そこに回路を見出せる。
アイテムボックスの中にある剣の数々を俺は物色する。どれもが決して一級品とはお世辞にも言えずただただスペアとしての性能。だがその中にも使えるものはあった。
今自身が持つサーベルでは行えない攻撃、それが今見つけた剣では行える。
そんな勇馬の様子すらも無いものとし、また追い討ちをかけんと開かれた狼牙。
これを止められるものなどいるまい。
「ッッッッーー【魅了】!」
異常なまでの衝動がかかるまでは。
敵に出現した一瞬の間。
俺はその間に木の枝を蹴り、幹に着地する。おそらくはスキル【跳躍】のおかげもあり、簡単に登れた。
そして下を一瞥する。そこには予想した通りの光景ーー
ーーガァアアアアアアアアアッッ!!!!!!
狂戦士へと化した狼の姿があった。
スキル【魅了】、あまりもの性欲の衝動はゲームで言うところの“ヘイト”並みの威力を持っていた。
狼は己が抱く肉欲が、元からの闘争心が、元から皆無だった思考が、自身の意思が全て作戦通りの攻撃の手段と知らずに襲いかかってくる。
真っ直ぐに何も自身の勝利を疑わずに。
この突き立てられた両刃剣の矛先にも気が付かずに。
ーーザシュッ!!
「ガァアアアアアアアアア!!!!!」
額を、そして貫通し内臓を続々と引きちぎる剣。
普通ならば通りもしない剣、しかし奴の速さと木の胴にかけた俺の脚の力を総合すれば話は別となる。
そして突きに適する両刃剣、全てはこのために準備をした。
剣越しでも手に伝わる血肉の感触、狼の口から血が湧き出す。
だが敵の武器は何も突進ではない。敵のなによりもの武器は…
ーーバリリリリリリッ!!!
雷撃である。
狼の顎を濡らした血は一瞬で蒸発する。
もちろんそれは…
「ーーっ!!?」
剣を握る手にすらも伝わった。
灼熱が腕を焼く。神経は崩壊し、細胞は一つ残らず破壊される。
脂汗が額に薄っすらと光る。
予想以上に出鱈目な雷撃の威力。
突進の勢いも止まるところを知らない。
突進を止めなければ俺は死ぬ。
その間に自信が焼かれればやはり死ぬ。
とある友人は言った。
好きに生きたらいいよ
「死ねるわけ……ねーだろうがぁああああ!!!!!」
消滅した方腕。
それがだめならばと突き出された脚。
片足で剣の柄を押し、更にもう一方が木の胴を掴んで離さない。
そして蹴り出した脚は柄を狼の喉へより深く、更に深く突き入れる。
柄から、脚に伝わる黄色い火花。またもや俺の脚は焼かれる。
肌が焼け、神経を踊らせ、骨を砕く。
幾多もの生物を葬った魔獣の脅威、それが俺に襲いかかる。この瞬間に殺られなければ俺の勝ち。殺られれば俺の負け。実にシンプルなルールだ。
「ぁあああああああーーー!!!!!」
「ガァアアアアアアアアア!!!!!」
筋肉にすら侵食を始める黄色の花。あっという間に俺は追い詰められる。
だが、この時の俺は何よりも、誰よりも
「ぁぁあぁあああああぁああああ!!!!!!」
「ーーっ!!?」
生を望んだ。故にこの脚に縋る。
脚を更に前へ、前へ、力を込める。
その度に雷撃の激痛は流れ、俺をより死に追い詰める。
恐ろしい。
自身よりも強いものと戦うということは。重々承知だ。
しかし、それでも…
「負けるわけには…行くかぁああああああ!!!!」
その瞬間だった。
『条件を満たしました。スキル【雷耐性Lv.1】を獲得しました。』
その途端、激痛が一気に和らいだ。雷撃の侵食や神経の麻痺すらも。
まさしくナイスタイミングでのスキル獲得…いや、もうちょい早めに欲しかったが…今は言うまい。
痺れていた脚を再度唸らせ、立ち向かう。
皮に血がこびりつき、肉が割かれる。
防具など最早ありはしない。それでも蹴り、蹴り、押し切る!
その剣幕にたじろいだのか空を直進した狼の勢いさえも徐々に和らいだ。
その姿を垣間見た勇馬は逃しはしない。
そして瞬く間にその勢いは相殺される。
やがて勇馬の足元から乾いた響きが上がる。
狼の口の端が歪んだかのように見えた。
だがその前に、刃が狼を貫いた。
そしてその勢いになすすべもなく吹き飛ばされる狼。
1度目の均衡、それが終えた今俺は地面へ重力のままに落下する。もはや使い切れる体力などあったものではない。
そこまでしたというのに確かに咆哮が聞こえる。脅威はまだ生きている。
落雷のようなド派手な轟音もなる。雷撃は今までの中でも最高潮の威力なのだろう。たとえ持ち合わせたスキルでもあくまで抵抗力を増させるのみ。俺では受けきれない。事実、柄を蹴った脚はない。隻腕、隻脚となっている。
もう使う手などない。殺されるしかない。そうーー
ーーズガァアアアアン!!!!
精霊のブルがいなければ。
派手に熱波と肉片、そして水蒸気が周辺を波打った。
その爆風に瀕死の俺は転がる転がる。
そして勢いが止んだ頃にはそこに狼の姿はなかった。クレーターのみが残っていた。
起こしたことは単純、水蒸気爆発だ。
雷撃によって恐ろしく熱気が立ち込めていた狼。
それにここら周辺で集めた大量の水をぶっかけたのだ。
本来ならば避けれただろうが、怒りに、そして少なからず先ほどの鍔迫り合いによる傷が響いたのだと思う。
先ほどまでの張り詰めていた空気ももう無い。
腕も脚も片方のみ。
あまりもの熱気に血や水を奪われ、
麻痺やらヒビが入った骨やらで身体は木偶の坊。
だがそれでも…それでも!
「俺は…勝てたんだなぁ…」
隻腕を掲げ、硬直した肺が緩まり、血塊とともに呼吸を吐いた。
それは重傷の人間がする顔では無かった。
しかしその顔は言うならば、死線をくぐり抜けた英雄が、そんな人間がする顔なのだろう。
神経が悲鳴を上げ、脳はとうに眠っている。まだ意識があるのは何かの間違いに思える。
「…疲れたな、少し寝る…か」
誘われるように俺はあらゆる情報を遮断し、闇の中へと身を投じた。
そして俺は意識をただただ囚われ、二度と逃れられないような深淵へと呑まれて行った。
「勇馬くん!」
温かみがあった。
慈しみがあった。
傷だらけの身体を労うように包み込んだ温もり。閉じた瞼が再び薄っすらと開かれた。
そこに映っていたのは…
「…アゲハ?」
アゲハだった。
「勇馬殿! その傷は!!? この状況はなんですか!!? ーーリリア! 来てくれ! 今すぐ傷を見てくれ!」
更にアルベルトさんが駆け寄り、その後続にリリアさんという人もいた。
勝てた、そして帰れた。
それに心を満たして、アルベルトさんの背にもたれて、俺は再び目を閉じた。
たしかな安らぎを抱きながら、眠った。




