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22、最初にして最後●

「囮をするからだけど?」


 俺は言った。


「な、なんで?」


 アゲハは尋ねてきた。


「そりゃあ、俺が囮に向いてるからに決まってんだろ。FPはダントツで高いからな。それに対してお前はもう傷負ってんだから早くグリちゃんで逃げろ。・・・あと服は着ておけよ」


 そう言って俺ははある方向、アゲハとはちょうど真反対の方向を睨む。そしてその方向には奴がいる。アゲハをここまで傷つけた原因が。


 俺はアイテムボックスから剣を取り出した。【剣闘士】としてだろうか? この装備は何となく手に馴染む。


 俺は進む。


「勇馬くん! 私、まだ納得してないよ! 行こうとしないで!!」


 制止の声も聞かずに俺は前へ前へ進む。


「グリちゃんとやら! …アゲハを頼んだ!」

「え!? グリちゃん! 止まって! お願いだから…止まっーーーー」


 空に消えていく大きな鳥の影。そうなるのに数秒もかからなかった。グリちゃんとやらは優秀だったと考えられる。


「…さて、行くか」


 俺は視線を元に直して、殺意の弾丸に目を向ける。


 肉迫する黄色の火花、俺はそれを紙一重で躱す。そう確かに避けた。しかし


 着ていた薄布の一部は黒い灰となって消える。それと同時に俺の肌に確かな熱量が加えられた。


 ーー雷!!?


 そして物事をゆっくりと見ることができる権能スキル、【集中】は看破した。その雷撃の正体を。


「…狼?」


 そこにいるのは何の変哲も無い黒色の狼。ただし変哲も無いのは雷をまとっていなければ、の話だが。


 さらに言えばその身体にはくっきりと浮かぶ薄黒い血管が張り巡っていた。


 そしてその血管が波打つ。


 ーーやばい!!


 それを確かに感じ取った俺はその場から逃げ去る。


 そして破砕音と蒸発音は一瞬の間のみ重なった。


 次に俺が見たのはつい先ほどまで俺がいた場に凶悪な敵がいたことだ。その肌からは持っている熱によって蒸発した雨が噴き出ている。


 俺は駆け出した。


 逃げればいい。逃げ切れば、撒けば俺の勝ちなのだから。惨めでも弱くても、それが俺にできることなのだから。


 視界に狼を確かに捉えて、俺は逃走劇を開始した。


 ...........................................................................

 〜アゲハ〜


「戻って!! グリちゃん! 戻って!!」


 薄暗い空を飛ぶ私とグリちゃん。むしろ空に逃げ出した、と言った方がいいのかな。


 私は勇馬くんの元に戻りたい、早く、早く帰りたい。


 ブルは自らの意思であの場に残った。だから勇馬くんの位置はなんとなくだけど分かる。


 だけど今は精霊を通しての攻撃ができない。勇馬くんが仮の主になっているからだ。


「…勇馬くんの元に、早く戻って!! グリちゃん!!」


 目から涙が溢れ出す。私は喉が荒れるのも忘れてただただ咆哮する。勇馬くんを助けたい、戻りたい。その一心で私は叫ぶ。


 だけどグリちゃんは戻ろうとしない。今までにないことだった。いつも私の言葉は聞いてくれたのにこんな時に聞いてくれない。


「ーーっ!! 早くして!!」


 私は叫ぶ、激昂する。止まらない。燃えるような胸の痛みと締め付けられるような喉、それらを全てグリちゃんにぶつける。


 衝動に任せて私の心は黒く塗りつぶされーー


『アゲハ! それ以上はダメだよ!』


 脳に響く清らかな音。それはいつものような間抜けな声ではなかった。真剣な声で止める精霊だった。


 黒いインクの侵食も弱まった。


『それ以上言ったら、アゲハさんの心が壊れます』


 黒いインクの侵食が止まった。


『…駄目、拒否』


 だんだんとインクが浄化されて行く。


 レイドは続けて言う。


『勇馬って言う人が心配なのもわかる。だけれど私達が、そしてあの人が一番大切なのはアゲハ、貴女。それだけは譲れない。グリちゃんもだから貴女を逃がそうとしてる』

「でも…勇馬くんじゃ死んじゃうから…行かせて」

『…駄目、俺、認めない』

「…でも! 嫌だ! 私にとっては…勇馬くんがいなくなる方が…嫌だ!!」


 耐えきれない。きっと。考えるだけでも。勇馬くんがいない世界だなんて、私は…絶対に認めない。


『でも…『勇馬くんって人、何か作戦があるみたいっす』とブルから情報が来てるです』

「…え?」


 勇馬くんに…作戦? もしかしてそのためにブルを…?


『アゲハちゃん、信じてみない?』


 レイドは赤い光を放って、私に問いかける。


勇馬(弱者)くんの可能性ってやつに』


 そう、勇馬くんは少なからずこの世界では、戦闘では弱者に過ぎない。それ以上と以下もないんだ。


 でも…


「そうだね。信じてみるよ」


 頷く。勝手気ままに戻ってくることを信じる。


 すると


「グリちゃん様!!?」


 と下から声が。


 その声の主とはもちろん


「アルベルトさん!!?」


 私達の頼りになる騎士様、アルベルトさんその人だった。


 ...........................................................................


「っーー!!」


 俺は飛ぶ、駆ける、転ぶ、隠れ、逃げて、走って、曲がって、ひたすらに逃げる。


 その度に雷撃は障害物をなぎ倒していく。


 俺のSPはグングンと減少している。このままではSP切れで倒される運命しか見えない。さらに言えばその前に雷撃に倒されるようにしか思えない。


 黒い魔獣はなかなか倒せないことに苛立ちを隠せていない。


 ーー来る!!


 血管が脈打ち、うんざりするほどに見た発光。そして突撃。


 これだけの攻撃だが実に脅威で攻撃のたびに俺の身体の一部が焦げ付いていく。


 右足小指、左肩、左の腹、服ほぼ全て、右頬、髪の毛、全て奪われるのも時間の問題でしかない。


 命の危機、それを目の前に俺の脚が硬直する。圧倒的な脅威というものを今更ながらに知る。


 散々雨に濡れた肌は冷え切っており、焦げた傷口に染み込んでいく。


 一方で早退する狼には一切の傷はなく、雨も蒸発させ常に湯気が上がる。絶命的な俺とは真逆で余裕な状態だ。


 持久戦は俄然不利、真正面からの戦闘も絶対に負ける。


 こんな状況だというのに俺は…俺は夢を見る。


 それはあまりにもありきたりで、愚かで、子供のような思考。いつもならば直ぐ様に捨てるであろう思考。


 だが俺は、黒輝 勇馬という男は…この時だけはその夢を現実にしようとした。


「ーー戦ってやる」


 荒い息とともに犬歯を剥き出しにし、俺は剣を構えた。


 この胸にある燃えるような想いは…願望だ。闘争欲、それに過ぎない。前の世界でも力を求め続けた俺のただの願望に過ぎないのだ。


 わかっている。愚かなのも、現実になどできないことも。


 だが、それでも俺は夢を見続ける。


 それが黒輝 勇馬としての俺の最後の足掻き。できることなのだから。


 それが…勇馬の最初にして最後の戦いだとは知らずに。

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