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弐:ひとりコント的なソレ?!…駒井はどう思った?

 屋上での不意に起こった奇妙な重い空気に耐えられないと思っていたのに、俺は自分からはその腕を振り払うことが出来なくて、結局は駒井がばつが悪そうに笑って戻っていくまでおとなしく抱きしめられていた。


 あれから二日――…俺はその間一言も駒井と言葉を交わすことはなかった。


 同じクラスだから顔を合わさないことはまずになかったのだが、俺と駒井の間に何故か変な空気が流れだして挨拶をすることすらなかった。


 目が合ってもすぐに逸らされるし、それが気に食わなくて俺が意地になって話しかけようとしても、駒井が拒絶の意を見せるものだからまともに顔すら見れずじまいだ。


 決して友達が居ないわけではないけれど、特にすることもなく俺がぼんやりと教室の廊下側の一番前の席で伏せっていれば、なんとここ二日間…目さえまともに合わせてくれなかった駒井のほうから声をかけてきた。


 俺はそのことに少しばかりの驚きを見せ、だが次の瞬間には内心でここ二日間の駒井の俺を不愉快にさせるような態度に悪態をついていた。


 だらーんと、腕は相変わらず前に伸ばしたまま、俺は顔だけを上げて目と鼻の先にある駒井の地味にさわやかな美形顔を見た。


 ちなみに言えば、俺もどうやらその部類に入るらしいが、俺にはとても自分が美形の部類に入れるような顔だちだとは思えない。


 だが、それを他人に言えば、一部の者には『自慢か?』と妬みの目で見られるし、また一部の者には『無自覚美形かぁ』とからかわれる始末だった。


 「………おい、少し時間あるか?あるなら屋上に来て欲しいんだけど」


 少し気まずそうな風情で駒井は用件を二言だけ言った。


 ほんの少し思案の時間を必要としたが、俺は特にすることもなく正直今の時間を持て余すくらいならと、いっそ駒井で暇を潰したほうが得策だと結論出せば、


 「それなら時間はいくらでもあるし、もちろんいいよ」


 と、二言めには快く了承していた。












 


 ひゅうひゅうと、春の風がなびく屋上で俺は駒井同様にフェンスにもたれかかって、青空を見上げた。


 吸い込まれそうな青空が俺の上に広がっている。


 手を伸ばしたら、つかめないだろうかと、有り得ないことまで考えてしまうほどに綺麗で雲ひとつない空だった。


 屋上にやってきてからゆうに五分は経つだろうに、俺を呼び出した駒井は相変わらず気まずそうな感じで一向に喋りだそうとする気配が窺えなかった。


 ――俺は、思う。


 駒井って、こんなうじうじした奴だったか、と。


 人気ひとけのない所までわざわざ人を呼び出したのだから、用件があるなら先程と同じように場慣らしの世間話もなしにささっと言ってしまえばいい。


 そう思うのに、俺も口を開こうとはせずに、駒井から沈黙を破るのを待っていた。


 「……………あのさ、この前オレ…渋谷に変なこと言ったじゃん?そのことなんだけどさ…――」


 十分経った頃、ようやく駒井が長ーぃ沈黙を歯切れ悪く破ってくれた。


 沈黙を破ってくれたのはいいが…だが、オレはその内容に軽く眉を顰めた。


 …何だよ。俺呼び出したのって、俺に話があるってそのことかよ。


 内心とても不愉快だが、俺はすぐに眉間の皺を消してなんでもなかった風に取り繕った。


 「そのことがどうかしたか、駒井?…お前らしくもない。変な前置きはおいといて、さっさと用件を言え」


 同じクラスになってまだ三日程しか経ってないが、駒井蓮壱というを人となりを知るには十分だった。


 性格は気さくで誰とでもすぐ友達になれるような奴で、外見は美形…俗に言う地味な爽やか好青年。


 運動も得意みたいで(一年のとき、スポーツテストでやってたのを見た)、女子からもまぁまぁ人気がある。


 だからといってモテない男から僻みを受けることもなく、むしろ男から見てもつい憧れてしまいそうな要素を持ち合わせているいわゆる誰からも好かれる人物だった。


 くぅ〜!


 …羨ましい限りだぜ。


 各言う俺は女子からは恋愛対象外で見られるような男にしては小柄な体と、時にはもてはやされ、時には女に疎まれる小顔を持ち合わせており、運動も得意だがどちらかといえば勉強のほうが出来る。


 交友関係は狭く深いといったところで、正直言って少し駒井とは対照的だった。


 そんな駒井が始業式翌日に俺に投げかけてきた話題が、『お前、矢上先輩と出来てたろ?』というものだった。


 ――おいおい…。


 まだ同じクラスになって日も浅いというのに、まだ春だというのに(春は関係ないか…)、その話はなかろうて…と思わないでもなかったのだが。


 矢上とはついこの間までは三年だった先輩で今はもう卒業したが、人当たりもよく、何より表面上優しいと先生にも生徒にも評判だった…因みに一応いっておくが先輩は男だ。


 俺も優しくされたうちのひとりで、もちろん、矢上先輩は皆平等に優しく接していたけれど、俺はそれが表面上なモノだとふとしたきっかけで知ってしまった。


 それで、俺は先輩の優しさに騙されずに済んだのだが、他の…俺のようなもの以外は皆先輩の猫かぶりにまんまと騙されていた。


 「渋谷がそう言うならはっきりと言うけれど、矢上先輩とどういう関係だった?」


 駒井が俺から逸らしていた視線を俺に定めて、真っ直ぐに見つめてきた。


 ――そうだ!


 それでこそ、駒井だろ…と、ちょっとばかり見当違いなことを思いながらも、俺も駒井を見つめ返してその質問に答えた。


 三年くらい前の俺だったなら、男と見つめあうだなんて気持ち悪いと思っていたが、それが案外気持ち悪いものではなかったのだと、高校に入ってから気がついた。


 「別に…普通の先輩と後輩だったよ。それにまぁ、男同士でどういう関係だったかって、訊かれてもなぁ…。答えようによってはお前には関係ないだろと、俺に言われなかっただけでもまだマシだと思え」


 これなら引いてくれるかと、少し期待を含ませて答えたが、その答えではどうやら駒井は納得してくれなさそうで、まだ俺と先輩との仲を疑っているようだ。


 何も別に、俺は嘘は言ってない。


 第一に律儀に駒井の無粋な質問に付き合ってやっているだけでも有難いと思って欲しい。


 こんな質問、普通だったら本当に『お前には関係ない』と言ってもなんら問題ないのだ。


 だって、もし仮に俺と先輩の間で何があったとしても、当事者に当たるのは俺と先輩であって、駒井は部外者だ。


 そう考えれば、何の関係もないただの一部外者にいちいち色恋紛いのことを言う義務などないだろう。


 …いや、別に今の俺としては駒井になら言ってもいいかなぁ〜トカ、なんか以前の俺なら有り得ないことを考えていたりするんだけれどな――。


 どうしてだろう。


 一年の時は別々のクラスだったということもあって駒井とまるで口を利くことなんてなくて、でも、それで同じクラスになった途端、こんなことを訊かれているっていうのに…どうして駒井を嫌に思わないんだろう。


 むしろその反対で、駒井にならいっそ、俺言うところのただの先輩と後輩の関係を言ってしまってもいいとか考えているなんて。


 …いや、でも…いくら駒井が俺にそういうことを訊いてきていても、俺と先輩とのことを全て話してしまったら、きっと引かれてしまうだろう。


 しつこいからいっそ話して解放されたいのだが、全てを知ってしまえば後にぎこちなさが残りそうだ。


 …それは――それだけは嫌、だな。


 俺は駒井に軽蔑されたくない。


 しつこくて鬱陶しくて、嫌なことを訊かれて正直うんざりもいいところなのは本当だが、それを話してもう用は済んだからと、この人懐っこい爽やかな笑顔の持ち主であるこいつが離れていくのは嫌だな。


 ――…ぇ、あ…おいっ!


 おい、おい、おいおいィィいぃィ…っ!!


 …え、俺さっきまでの駒井じゃん?!


 きもっ!!


 …いや、さっきまでの駒井が気持ち悪いんじゃなくて。


 今のちょっと乙女っぽいうじうじっとした俺が、超キモイよっ!


 ほら、こうしてさっきまで『駒井になら、いいかも…』とか考えているあたりとか特にっ!


 …………いやぁぁああぁぁっっ(さっきまですっごい考えめぐらせていた自分を思い出して、鳥肌が立った)!!


 ちょっと、これシリアス系な会話になるんだと思ったんだけど、確かに…少し匂ってきてたけど、今俺の思考回路が会話が進むにつれてシリアスからかけ離れてきてて、ひとりコント的なソレに染まりつつあるよっ!?


 何ソレ、何それっ!!?


 ちょっと俺だけ…?


 なんで俺だけ、パニくってんの?


 てゆーか、俺が一人脳内コントやってるのって、なんかひどくねぇ?


 何、駒井より俺がこんなになってんの?


 ずるいよ、駒井ィィぃ…!


 ――急に黙りこくった俺が駒井にどう映ってるのか、俺…渋谷君尋は知らなかった。


 俺は意識していなかったけれど、俺の表情は先程までの妙に強張った顔から、ずいぶん柔らかいものへと変わっていて、駒井からすれば俺は急に百面相をしだしたように思われていた(まぁ、そう思われても仕方がない。自分以外の奴が俺の思考回路を読んでいたなら怖いもんな。駒井はそういう修行とか…もちろん、受けてないよな?)。


 言葉を交わすよりお互い心の中で悶々と考えることに時間をかけたので、気づけば時間は刻々と過ぎていて、結局核心には特に触れないで昼休みは終わりを告げてしまった。


 とりあえず暇は潰せたが、無駄な時間を駒井と過ごした気がしないでもない…――。

 

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