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俺、死ぬ

 グッっと伸びをする


 体のあちこちがばきばきと鳴り、思わず顔をしかめる


 時計に目をやるともうすぐ日付が変わろうとしていた




 伸びのついでにと体を左右にぐいぐいとひねる


 オフィス内で迷惑になるほどの大きい動作だが全く問題ない


 、自分以外の人間はもうとっくに帰ってしまっている




「はぁ…」


 自然とため息が漏れた




 ここのところ連日深夜までの残業である


 たいして仕事が早い訳でもないが原因は俺のせいではない





「そろそろ経験積んできたしちょっと色々お客さん増やしてみようか、涌井君に私は期待しているんだ」


 こんな言葉を上司から貰い舞い上がっていたのもつかの間、新規担当する顧客のリストをを渡されすぐに気分は萎れた



 上から順に『問題』のあるとされるお客さんばかり


 先輩社員が分担して受け持っていたはずだが何故か自分に全て押しつけられた形だ




 気分はどん底まで落ちたが悟られてはならない


「はい、ありがとうございます!」


 と、表情は笑顔のまま答えたのが2か月前



 その結果が休日返上の睡眠時間平均4時間である


 今年30になる若者の枠を外れかけた自分には結構堪える


「俺ならたいした不満も言わずにやると思ったんだろうなぁ、先輩達、会議でよくキレてたし…」


 誰もいない空間に向かって一人呟く




 どうにも自分は押しが弱いというか自己主張が苦手だ


 昔から、ある程度の努力は惜しまず何でも無難にこなす方ではあったが、いつも誰かに何か押しつけられてばかりだった


 そのおかげで成長できた、と今なら言えるかもしれないが自分としてはたまったものではない


 しかしどうしても断れないのだ


 NOと言えない日本人の典型である




 ふと、大学から2年前くらいまで付き合っていた彼女と別れた時のことを思い出した


「かずくんってさ、優しいけどそれだけなんだよね」


 アホだった彼女のレポートや課題を手伝い、記念日なんかも忘れずこなし散々尽くした相手に向かってそれである


「なんていうかはっきり言ってつまんない」


 去り際のセリフを思い出して吐き気がしてきた


 サークルLINEによるとその彼女は今度『優しいだけじゃない』人と結婚するらしい




 俺は帰宅しようとデスクの周りを整え、PCの電源を落とす


 隣の席にお菓子のごみが放置されていたのでついでにゴミ箱へと捨てておく


 癖で周りの席まで掃除するという行動を取った自分に気づきうんざりした




 俺の人生はこれでよかったんだろうか…?

 そんな思いがよぎった




 充実感はまるでない


 毎日周りの顔色をうかがい馬車馬のように働く日々


 しかもこれがあと30年続くことは確定している


 友人はどこから見つけてきたのか知れんが続々とパートナーを見つけ家庭を築き始めている


 ブラック寄りの企業に入社した俺は休日は出会いどころか出会いの場に行く体力すら残らない




「やめだ!やめだ!」


 頬を軽く叩き気合いを入れ直す


 ネガティブに陥るのはリーマン活動には御法度である


 心が折れたら本当に動けなくなってしまう、歯車にだってメンタル管理は重要なのだ


 そもそも自分が就職活動をしたときは唐突に起こった大不況のせいで採用が随分絞られた年だった


 今こうやってのうのうと正社員をしていることだって幸せなのだ




「世のお父さんたちもやってきたことだしねぇ…」


 自分に言い聞かせるように呟くと、俺はオフィスを出た





 その直後、自分の体調がおかしいことに気付く




 胸が…痛い…





 猛烈に全身から痛みが押し寄せてきた


 すぐに立っていられなくなり、壁にもたれかかる


「なんだ…これ…や…」


 最後まで言葉にできない、意識が朦朧としてきた


 とにかく胸が苦しい、気付いたらガリガリとシャツのボタンが切れるまで胸を掻きまわしていた




 そうだ!スマホで…救急車を…


 そう思いスーツのポケットまさぐろうとするが既に腕に力が入らない


「あぁ…が…」


 最後の力を振り絞り、助けを呼ぼうとするも出るのは蚊の鳴くような声だった


 警備員さんが気付いてくれることを期待したが人影はなし


 肝心なところで運がない




 どんどんと意識が朦朧としていき身体から力が抜けていく




 これが死ぬってことかぁ…

 そんなことを思ったような気もしたがもう何も考えることができない





 そして世界が真っ黒になった













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