ジジイの名はエルダーフ
「えっと、マスター?今何とおっしゃったのでしょうか?」
部屋に入るなり俺の傍に寄ってきたこの熱血主人公的少年だが、俺の日本語でのツッコミが通じなかったため、聞き返してきた。
もちろん相手の言葉はなぜか俺でも理解できる謎言語だ。ここから先は面倒なので俺も全部謎言語で受け答えする事にする。
「いやその・・・すまんの、心配をかけたようだ。」
とりあえず無難な受け答え。
俺はこの熱血主人公な少年についてまったくさっぱり記憶にないのだが、相手は俺の事を『マスター』と呼んでいる。何がどうなっているのか問いただしたいのはやまやまだったが、ここは相手に合わせて知り合いのフリをするのが上策と判断した。
「とはいえ・・・・マスター?」
あ、ぽろっと口に出してしまった。
いかん、俺の事を何で『マスター』なんて呼ぶのか疑問に思ったのは確かだが、ここで問いただすのは知り合いとして不自然ではなかろうか。
まあ、結果論だが・・・・その心配は杞憂に終わった。
「あっ、申し訳ありません!先日奴隷から解放していただいた以上、もうマスターでは無くなってしまいましたね。・・・・でも俺にとってエルダーフ様はマスターです!」
にこにこと、満面の笑みで力説してくれる熱血主人公少年くん。
・・・・んん?今聞き捨てならない単語が無かったか?あああ激しくツッコミたい!奴隷って何!?エルダーフ様って何!?結局マスターってどういう事!?
よーしよし、順番に、順番に。落ち着け俺、とにかく目の前のこの熱血主人公少年君は俺の事をマスターだかエルダーフ様だか呼んで、しかもすっごく懐いている。
ここで「俺実は寿仙っていう名前なんですけど・・・」とかやっても混乱するしかないし、ヘタに別人認定されたら「貴様っ、マスターをどこにやった!?」とかって豹変するかもしれないし。
のっかろう、熱血主人公少年くんの話に乗っかった上で、話を合わせて情報収集するしかない!
「・・・思えば、お主とも随分長い付き合いじゃったのぉ・・・・」
あえて、昔を懐かしむジジイ風に話を合わせてみる。
「?・・・マスター?・・・私がマスターに買われてから1年しか経ってませんよ!?」
うがっ!失敗した!・・・い、いかんここは・・・・ボケたふりで誤魔化すっ・・・!
「はて、随分昔じゃったと思ったが。・・・・今日は何年何月何日じゃったかいのぉ・・・。」
よーしよし、ついでに、俺が39歳の頃からどれだけ時間が経っているかの確認もできる!ナイスフォローだ俺!
「今は神聖歴356年の7の月ですよ。マスターの100歳の誕生日を迎えたばかりじゃないですか。」
西暦ですらなかったー!!何なのこれ何なのコレ!?てーか俺今100歳なん?
まさかとは思う、おかしいのはこの熱血主人公少年君だけだよね?お願いだからそうだと言ってよマジで。
「何、少ぉし昔の思い出に浸りたくてのぉ・・・お主と出会った頃の事、覚えておるかの?お主とワシとの思い出を、ワシに語ってはくれんかのぉ・・・・」
ちょっと失敗したが、軌道修正だ、とにかく当初の予定通りに、この熱血主人公少年君から情報を聞き出す!まだ君の名前わかんないけどっ!
「ああ・・・。わかりました、マスター。私の拙い話で良ければ喜んで!」
そう言って、熱血主人公少年君は語りだした・・・・・ほっ、ようやく状況がつかめるか・・・・?
この熱血主人公少年君は、両親が多額の借金を抱え込んで奴隷に落ちたとの事。
両親が奴隷落ちした時点で10歳だった少年も、当然のように一緒に奴隷となり、母親、父親の順に売れていって最後に売れ残った少年を去年買い上げたのがエルダーフ様だという事だ。
「その時、マスターのお名前の一部をとってエルディンという名前を授かりました。今はもうマスターの奴隷から解放されましたが、エルディンという名前はずっとそのまま私の名です。」
フムフム、熱血主人公少年君の名前はエルディンというのね。
ハイ、もうこの時点で日本の話じゃあり得ませんね。やっぱこれ異世界?異世界なのかヒャッホイ!
さて問題なのが買った理由。住み込みで力仕事でもさせるつもりなのかしらんとか呑気に構えていた自分が憎い。
「マスターの若返りの秘術の探求のため、若い肉体を参考にしたいと・・・その、定期的に身体の隅々まで調べられました・・・・。あ、いえ、痛くはなかったですし、ちょっと恥ずかしいだけで嫌ではなかったですよ?精液の採取とか、ちょっとゴニョゴニョ(小声)・・・・・」
まさかのベーコンレタス!
エルディン君、頬を染めるんじゃない!主人公顔だけど熱血系でわんぱく系で女装とか似合わないタイプなんだから!まさかやっちゃったのか!エルダーフ様ギルティなのか!?
入れる側だとしても想像したくないが、まさか俺のケツの穴がゆるゆるだったりしないだろうな!?
とかソッチ方面のツッコミはどうでも・・・・良くはないけど、それよりもっと気になる単語が。
「若返りの秘術!?」
そんなもんあるんだったら若返りたいよ。マジで。心底マジで。寝っころがってるだけでつらいもん。
「マスターのライフワークだったじゃないですか、つい先日完成したと・・・・ですから、完成記念に私の奴隷契約を解除し、弟子を完成祝いの宴の買い出しに出したのでは・・・・。そういえば・・・・・いまだにそのお姿、若返りには失敗したのですか・・・・・・?」
若返るどころか、39歳から100歳まで一気に老けたんだよ・・・って、ほんとに一体どうなってんだ・・・・?
「むぅ・・・・そこは触れんでくれ・・・・・。」
しかし、弟子・・・・若返りの秘術・・・奴隷・・・これは、やっぱあるのか?アレがあるのか?
「奴隷契約の解除って、具体的に何をやるんじゃったかのぉ・・・・」
いきなりアレがあるかと聞くより、話の流れをキープしてみたり。
「えっと、奴隷を管理しているのは国なので、国のナントカという機関・・・すみません、どういった場所かは自分にはわからないのですが・・・・ともかくその場所で犯罪奴隷かどうかの調査、奴隷を解放する理由、奴隷に至る経緯や金銭的な問題が無いかの調査などを一通り終えて、書類が受理されてから、管理官の手によって契約魔術の解除が行われた、そうです。その後で隷属の首輪が外されました。」
「おお、そうじゃったそうじゃった、年を取ると忘れっぽくていかんのぉ。」
おおっ、でた!魔術の単語!そして隷属の首輪とか契約魔術とかっ!
やっぱ異世界なのか、魔法あり異世界ファンタジーなのかヒャッホイ!
「しかし契約魔術に奴隷契約かー、これは是非とも魔法でムフフな奴隷をゲットせねば・・・・」
あ、いかん、ついポロっと口に出た。
「いっ、いけません!いかに賢者エルダーフ様といえど、奴隷は法律によって国に管理されるものです!契約魔術そのものは使えるのでしょうが、違法奴隷が発覚すれば罪に問われますよ?」
おっと、可能っぽいけど法律違反なのか。
しかし賢者か、賢者来ましたー。なんかチートっぽい力とか持ってるんじゃね?若返りとか難しそうだけど完成させたって話だし、これは俺も挑戦すれば残り僅かの余命もなんとかなるんじゃね?とか楽観的に考えてみる。そんな簡単な話じゃないだろうが、余命数年の余生をヨボヨボジジイで過ごすとかよりはまだ希望があった方がいいしね!
「フォフォフォ、冗談じゃよ冗談・・・・ゲホッ、ゲホッ。ちと身体がつらくなってきたワイ。少し休むからぬるま湯でも持ってきてくれるかの?」
「ぬるま湯・・・・?冷たい水でも熱いお茶でも無く・・・ですか?」
いつもはどっちかをリクエストしてるのね。贅沢な。
「体温に近いぬるま湯が一番身体にやさしいんじゃよ・・・お茶も、適当に覚ましたものを入れてもらえると助かるのぉ。」
「なんと!?さすがはマスター!今後はそのように致します。メイドの方々にもそうお伝えしますか?」
「頼むぞい、ついでにぬるま湯はやっぱりお主ではなくメイドに持ってきてくれるようお願いするぞい。」
一通り語ってもらったエルディン君にはここでいったん退場してもらう。
まだまだ聞きたい事あるけどね。それよりなにより優先する事があるからね。
もうほんと、メイドキターーー!!ドジッ子でもツンデレでもどんとこい!あれだね、家が金持ちっぽいから期待しちゃうね!賢者エルダーフ様だしね!巨乳か?貧乳か?貧乳メイドはロリなら許すぞ!?メガネっ娘メイドも捨てがたい、賢者エルダーフ様が眼鏡かけてない時点でこの世界に眼鏡は無いか?くうーーー、これは眼鏡を普及せねばっ!
とか妄想を走らせつつ、俺はワクテカしながらメイドの登場を待ちわびていた。
だってベッドで寝てるしかできないんだもん、妄想くらいしかする事ないやん。
かくして待つことしばし、ドアを開けて出てきた美少女は、しかし俺の期待を裏切ってメイドではなかった。だが俺の期待は裏切らなかった。
「お師匠様っ、私が出かけている間にお倒れになったって本当ですかっ!」
金髪!美少女!トンガリ耳!見るからにエルフ!そしてエルフなのに巨乳ですと!?
しかもお師匠様って呼ぶって事はこの娘さんがエルダーフ様の愛弟子って事!?
名前がわからんこの娘、部屋に入るなりベッドで寝ている俺の頭を抱きかかえる。
「まったく・・・私がいない間にご無理をなさるからですよ?お願いですからお体を大事にしてください。」
ふぉぉぉぉっ!胸がっ、顔が巨乳に包まれるっ!巨乳は正義!巨乳グッジョブ!!
このジジイの身体で残り僅かな余生を過ごす事になっても、それもいいかも・・・。俺は本気でそう思った。
そして心の底から絶望する。・・・・まさに妄想で夢見たシチュエーションだというのに、夢見たたわわな果実が今目の前に押し付けられているというのに!・・・しなびたエルダーフ様のシメジはピクリとも反応しやがらないのだ!
くぅおおおおおっ!!若返ってやる!!エルダーフ様とやらの研究を引き継いで!若返りの秘術とやらを完成させてやるっ!魔法とかどうやって使ったらいいのかさっぱりだけどっ!!
とにかく俺は、余命数年であろう寿命を延ばすためにも、目の前の桃源郷をしっかりと堪能するためにも、若返りの秘術とやらを俺の手で完成させる事を誓うのであった。