ジジイ、目覚める
・・・・ゴホッ!・・・ゲーーッホゲホゲホッ!
とにかく喉が痛い、身体がだるい。咳が出るのに、咳をする体力すらない。
最初、やべっ、風邪ひいた?くらいに思った。
だが、身体の節々が痛み、呼吸する事すらつらい状況はさすがに未体験だ。
上体を起こすどころか、腕を上げる事すら億劫になるほど。
目を開けても視界がぼやける。近眼ではあったが、いつの間にここまでひどく目が悪くなったっけ?と思い枕元にあるはずの眼鏡を探すも見当たらない。
というか枕が変だ、毛布も変だ、古いっぽいけどゴージャスな感じになってる。
・・・・あれ?俺昨日寝たの、ジジイの部屋だったよな・・・・?
俺が住んでいたのはジジイとババアの家だ。
俺が転がり込んでも俺の専用部屋というものは無く、ジジイがいた頃は和室の居間に安物の布団しいて寝ていた。
ジジイが入院してしばらくしてから、ジジイの部屋にあったベッドを使わせてもらう事にしている。
寝たきり老人が快適に過ごせるよう、身体を起こせるリクライニングベッドを購入し、高級布団を備えてたからな。ジジイが使わない間は俺が無駄なく利用させてもらっている。ばれたら文句と拳骨が飛んでくるが。
あらためて首を傾け、部屋の様子を確認。
視界がぼやけて良く見えないが、少なくともジジイの部屋じゃないのは間違いない。
窓はガラスじゃなくて小さい木の小窓っぽいし、本棚はやたら増えてるし、テレビもパソコンも無いし、なんかわけわからん民芸品みたいなガラクタが陳列されているようだ。
わけがわからないなりにちょっと豪華というかアンティークっぽい高級感はある。
貴族風っていうか英国風っていうか、モダンでゴージャスな内装で統一されてるな。
オカルトちっくな民芸品らしきものがそこかしこに陳列されてるのは見ないことにする。
ベッドの寝心地は・・・・正直良くはない。柔らかい事は柔らかいんだけど、とにかく柔らかいだけだ。
こう、身体が支えも無くすっと沈み込む感じで、こういうベッドは背骨を曲げて痛める原因になるって聞いたことがある。
とにかくわかった事は、ここは誰のかわからない金持ちの部屋で、なぜか俺は猛烈に体調を崩して寝かせてもらっているということ・・・・
・・・・・・何が何だかサッパリわからんわっ!!
まだここがどっかの病室ならわかるよ!ものすごく体調悪いし、葬式の後でぶっ倒れて病院運ばれたとか!
落ち着けー、落ち着け俺。記憶が飛んでるのは間違いない。
ジジイの葬式が終わった後、ジジイの家に帰って眠ったまでは覚えている。
それから後、なんやかんやで体調を崩し、そのせいか記憶が混濁しているという事か。
・・・・うん、それなら説明がつかない事も無いな。なんで病院じゃなくどっかの金持ちの部屋で寝かされてるのかサッパリだけど。
とにかく情報収集だ、ここが誰かの屋敷だというなら、誰かはいるだろう。
ベッドから起きて歩きまわりたいところだが、あいにく上体すら起こせない現状では移動は無理。
人がいるなら人を呼ぼう。わざわざベッドに寝かせているのだ。悪いようにはしないはず。
「あ、あのー、誰か・・・・・ゲフゲフ(小声)」
だめだ、しゃべれるけど大声で叫ぼうとすると喉がすごく痛い。
・・・・うん?しゃべってみてはっきりしたけど口の中に違和感が。
舌を口の中で動かす。
・・・・違和感の正体を突き止める。
・・・・・・いやまさかね、ないないない、そんなはずはない。無いったら無い!
鏡っ、鏡は無いか!!
キョロキョロとあたりを見回す。
枕元にゴージャスな手鏡が転がっているのを発見。
起き上がるのは無理でも、寝返りならなんとか打てる。
ごろりとうつ伏せになり、手を伸ばし、やっとの事で手鏡を掴む。
のぞき込んで見たその顔は、シワクチャで、ボロボロで、今にも死にそうな、見たことも無いジジイの顔だった。
ぽかんと空いた口をみれば、全部ではないが半分くらいの歯が抜け落ちており、さっきの違和感が事実だった事が突きつけられる。
これが、俺の顔・・・・・昨日まで39歳だったろ俺!!
こんなジジイになるほどに記憶を飛ばしたのか!?
いっそ39歳ニートからなんか金持ちっぽい感じになってる事に喜ぶべきか!?
いやいやいや無いって、たとえ億万長者になれたとしても、そのお金を使って豪遊する記憶がまるっと無いとか何も意味ねーよ!?
「ああああ・・・・・・なんで・・・・・なんでなんだよ・・・・・。」
手鏡を掴んだ手はしわくちゃで、骨に皮が張り付いたお化けみたいな手で、ある意味見慣れたジジイの手だ。まさかそれが自分の手になるとは夢にも思わなかった。
いやいずれは誰もがジジイになるのはわかっていたが、まだまだずっと先の話だと考えていた。
鏡で見た感じ、もう寿命がいつ来てもおかしくないだろう。
俺の人生なんぞロクなモノじゃなかったろうけど、毎週に続けてきたアニメやマンガの続きは気になる。
39歳の時点でぷっつり記憶が途絶えてるんだ、その続きが見たくなるのは当然といえよう。
なんか金持ちになってるっぽいし、残りの人生、その続きをひたすら鑑賞して終わらせるのも悪くない。
へたしたら50年以上たってるから、大半の作品は完結してるだろうし。うん、悪くない。
・・・・・あれ?
あらためて部屋の中を見回す。
ゴージャスな内装は良い。俺が金持ちになったら多分そうする。
本棚が多いのは良い。だが、見る限りどの本も分厚い辞書みたいで、漫画らしきものが見当たらない。
オカルトっぽいガラクタが多いのは・・・良くはないが、まあハマるかもしれんという事で。
・・・・やっぱり、どう考えてもテレビとパソコンが無いのはおかしい。
ここが俺の部屋だというのなら、絶対になければならないはずなのだ。
果たしてここは俺の部屋なのかどうなのか?という疑問がわいたところで、それはすぐに解消される。
ドタドタドタ、と足音を立て、部屋に入ってくる人物がいたのだ。
『マスターっ!目を覚まされましたかっ!?』
アンティークな装飾のドアを開け、聞こえてきた挨拶は明らかに日本語ではなかったが、俺はなぜだか言葉の内容が理解できた。
よくある、日本語変換されて・・・というのではなく、俺がいつの間にかその言語を習得していた・・・という感じなのだが・・・・そんな事はどうでもいい。
「なんでっ、お約束のヒロインじゃないんだよっ!!!」
部屋に入ってきたのは、ヒロインならぬザ、少年漫画の主人公を絵に描いた熱くるしい雰囲気の熱血少年だったのだ。
ちなみにのどが痛いのも構わずに叫んだ俺の突っ込みは、日本語だったので目の前の少年には通じなかったようである。