運命の人
運命の人、という概念がある。
大抵は、一人につき一人存在していて、その人と出会えるかどうかは運次第。そういう考え方をする。
この広い世界にたった一人である。当然、出会えない可能性があまりにも高い。
ゆえに、運命の人を見つけるそのことよりも、運命の人だと思える相手だったり、運命の人だと思いたい相手だったりで妥協してしまうことの方が多いのだ。
そう思える相手に恵まれること自体が、すでに”運命的”だとも言えるが。
小柄な男がいた。
彼は昔からプライドが高く、それなりに金を持っていることを鼻にかけてもいた。
女癖が悪く、今まで何人という女性と関係を持ってきた彼だが、いい年になった今でも何故か、決まった相手を作ることはしていなかった。
彼は、運命の相手という存在をほとんど諦めていた。
今まで付き合ってきた女性たちにも、それらしいものを感じることはなかったし、言ってしまえばそもそも、彼には本気で人を愛した記憶すらない。
だからこそ男は妥協案として、『自分より好きになれる相手』なら誰でも、と考えを変えて、その相手を探していた。
彼は自分のことが好きだった。何よりも好きだった。
そんな自分自身以上に好きになれる存在があったならば、それがたとえ運命の相手ではなかったとしても、ちゃんと恋ができるだろう、と。
だが、彼の望む存在は、いつまでたっても現れなかった。
彼は、自分自身が思っている以上に、自分のことが好きだったのだ。
どんな美女といる時よりも、自分一人で部屋にいる方が好みだったし、酒を飲むのも一人が落ち着いた。
ハメをはずしたいときは女性の手を借りることもあったが、終わってみるとなんとなく虚しい。
そんなことの繰り返しだった。
どんな人と関わりを持っても、大好きな自分自身と無意識に比較してしまって、失望する。
周囲にくだらない人間ばかりだから、自分は人を好きになれないのではないか、などと考える時もあった。
ただ、彼はずっと幸せだった。
自分のことが世界で一番好きで、そんな相手と一生一緒に居られるのだから、幸せでないわけがなかった。
少しばかり憧れていた『運命の相手』の存在も、年を取るごとに気にならなくなった。
結局男は最期まで、独り身を貫いた。
ただ、死の間際、彼はストンと理解した。
それと同時に、とても満たされた気分になった。
どうして、運命の人が見つからなかったのか。
どうして、どんな他人よりも自分自身を愛していたのか。
————そう、彼の”運命の人”は、彼自身だった。