旅立ち
「……オン、シオン!大丈夫!?」
声に目を覚ますとライラとノイマ様が私を覗き込んでいた。
「……大丈夫。私気を失ってた?」
「一瞬でしたが。本来ならこういったことは無いのですよ?本当に問題はありませんか?」
ノイマ様がうろたえている。少し悪いことしちゃったかな。
「はい、大丈夫です。私のセンスは『俊足』らしいですよ。」
「それはまたシオンらしいセンスね。でもここじゃ使いにくいセンスってのが頂けないわね」
「まぁ海樹の上じゃそもそもスピード出しにくいしね」
海樹の上は道が出来ているとはいえ起伏が激しいし、そんなに広い道でもないからセンスを使って人にぶつかったら大変だ。
「ライラの『空間遊泳』みたいに誰でも使いやすいセンスを持つ訳じゃないのですよ」
「私の『空間遊泳』は水場じゃなくて空でも泳ごうと思えば泳げるって優れものよ!」
そう言いながらライラはドヤ顔だ。いや、スゴいけど。
「今度見せてね。」
「もちろん!」
その後はノイマ様に礼を言って少しお茶休憩した後、港に帰って来た。服を着て家に戻るとお兄ちゃんが用意してくれていた朝食が少し冷めていた。
「あちゃ、少し遠出し過ぎたね。いただきます」
冷めていてもお兄ちゃんの朝食は美味しかった。
そして月日は経ち。
私のお兄ちゃんが11歳の誕生日となった。
「本当に行くのか?魔術学院って言ってもここからかなりの距離あるぞ」
「うん。色々見て回りたいし、魔術も習いたいしね。入学は少なくとも1年後にはするつもり。大体お兄ちゃんもこれから行くんでしょ?学院」
「まぁ確かにシオンよりは先に入学するけれど、何も入学まで年先があるからって歩いてってのは無謀だと思うぞ。疲れたら馬車とか使えよ?」
「分かってるよお兄ちゃん。心配性だなぁ。ほら、船が来たよ」
港には外の大陸に渡る数少ない船が客を乗せていた。
「それじゃ、お父さんによろしくね!」
「会えたらな!まったくどこに居るんだか……」
そう言いながらお兄ちゃんは船に乗り込んでいった。私も10歳の誕生日が来たらお兄ちゃんみたいに大陸に出て異世界を見て回るのだ!
時が経つのは早い。
今日は私の10歳の誕生日。誕生日には村の多くの人が私の誕生日を祝う宴をしてくれた。しかし私は宴を早々に抜けると旅支度を始めた。この日の為に色々準備はしてきた。
そして翌日。見送りには沢山の人が来てくれたけど、最後はライラと二人きりにさせてもらった。
「本当にシオンも行っちゃうのね」
「なに?寂しい?」
「親友だからね。寂しく無いと言ったら嘘でしょ」
「落ち着いたら手紙も出すし、たまには帰ってくるよ」
「約束よ?」
荷物を詰めたバッグを背負うと私は船に乗った。どうやら私が最後の客だったらしく、船が動き始める。私はライラが見えなくなるまで手を降り続けた。
「さて、ついに旅が始まったなぁ」
手を上に伸びをしながら海の向こうを見る。
「一先ず寝よう。陸地についてからが旅の始まりだよね」
陸地までかなり距離がある。私は船の上で少し仮眠をとることにした。
「シオンちゃんおひさ〜」
「なんだか随分フレンドリーな感じになりましたね。メルリさん」
気がついたらまたあの真っ白な空間に居た。
「これからずっとサポートしていくのに堅苦しいままなのもどうかと思うじゃない?シオンちゃんも私のことは呼び捨てでいいのよ?」
「いえ、さん付けのほうがしっくりくるので……」
「あらそぉ?んじゃ、とりあえずシオンちゃんにいくつかアドバイス。まだ本格的にセンスの使用はしてないみたいだけど、加減して使わないと恐らくとんでもないスピード出るから気をつけなさい」
「そんなに速さがあるんですか?」
「これも人によりけりなんだけれど、シオンちゃんは間違いなく速いと思うわ。私が保証する」
そんなに言うならこの1年間俊足のセンスを使わなくて良かったと私は思った。海樹傷つけちゃうかもだし。
「後は……ギルドに登録しなさい。受付が沢山あると思うけれど、いかにもギャルっぽい人を選びなさい。私からは以上ね」
「ギャル?いや、ギルドには言われなくても登録する気でいたけれど」
「あんまり言うとマズいから内緒ね。その子は私が生きていたときの知り合いなの。私が絡んでることとか絶対に言っちゃ駄目よ。死後の世界は知られると管理が難しくなるから」
「知り合い……分かった」
とりあえず納得しておこう。ギャルに納得した訳じゃないけれど。
「きっとシオンちゃんに良くしてくれるはずよ。それじゃ、外は危険も多いけれど頑張ってね!」
という声と共にまた意識が遠のく。いつもこの空間ではゆっくり出来ない。長時間居られない理由とかあるのかな?
「お嬢さん着きましたよ」
船のお爺さんに起こされて私が目を開けると大陸の港がすぐそこにあった。
「よっと」
船から降りて足を地に下ろすと、広い大地に足が震えた。10年とはいえ、島に住んでいたからかな?ようやく異世界という実感が出始めたのかもしれなかった。
「ここから始めようってね。まずはギルドに行かないと」
少し浮かれながら私は港町の中に歩き出した。
ようやくプロローグ的なものが終わりまして、これからシオンの旅が始まります。期待に胸を高鳴らせつつ、次回はシオンのお兄ちゃんのお話予定。