海底にある森
泳ぐのには大分慣れたものの、今でも私はライラの金髪のポニーを後ろから追いかけている。こればかりは経験の差があるし、迷子になるかもしれないから仕方が無いが、いつか並んで泳げるようになりたい。
「あ、見えてきたよ!北端の見張りの人!」
「早く届けて海底の森に行こう!」
そんな会話をしている私は結構ギリギリでライラに付いて行っている。ライラは村でも運動神経が良く、陸を走らせてもそこそこ速い。私と幼馴染みというのも理由のひとつだと思うけど、マーフォーク側の村長さんの娘だから習い事の一環だったって聞いてる。
「見張りさん!お届けものでーす!」
「あぁ村長さんところの!ありがとうございます!あとシオンちゃん速いなぁ!もういっそのことマーフォーク名乗らない?」
「名乗りません!そこまでヒューマン捨ててません!」
「あぁそうかい。ところで、お二人さんはこれからどちらへ?遠いなら一服入れますかい?飲み物ぐらいなら用意出来ますが。」
「ありがとう。気持ちだけ頂くわ。私これからシオンを海底の方に案内するの」
「もうシオンちゃんは自力で海底まで行けるんですかい!?こりゃあいよいよマーフォークだと言われても疑う奴が居ないくらいになりましたね」
「まだ試してないんだからあまり緊張させないでよ」
「まぁ見た感じ大丈夫なんじゃないですかね?ライラさんもそう思っていますよ」
そう言っていた見張りの人に別れを告げてかれこれ30分。どこまで沈んで行ったのか分からなかったが普通は暗くなる一方だというのに海底は明るい。光る苔を明かりに使っているらしいのだが、そんなものは些細なことに思えるくらい海底には神秘的な光景が広がっている。
「魔法の気圧調整なんかはちゃんと働いてる?……って、聴こえてる?」
「スゴいねライラ。海底に森と家がある。海底だという所を除いたら上の景色とあまり変わらないね。何より海底にこんなに大きな空気の塊があるなんて」
「海樹様々だよね。海底の空気溜まりの循環もやってくれているからさ」
「本当にスゴい……」
「ほら、さっさと行くわよ。見張りが誘導してくれてるじゃない。今日は巫女様に会わせる気でいるんだから」
「そうなの!?うん、行こう」
誘導されるままに空気の塊へ横から体を入れていく。するとすんなり脚が海底に付いた。相変わらず海樹の仕組みは分からない。でも誘導されないまま上から入ってたら結構な高さから落ちてたと今更ながらに感じた。
「海底の森へようこそ、シオン。どう?ヒューマンとして初めて自力でここへ来る気分は?」
「普通なら海樹の階段を下りてじゃないとヒューマンは無理なんて言われてたし、なんか皆こっち見てるしで恥ずかしいです」
「皆シオンが海の脚で来たからびっくりしてるのよ。なかなかここら辺海流が速くなってるからマーフォークでも泳ぎが得意な人じゃないと自力は厳しいんだから」
「そうなの?海流とか正直気にしてる余裕無かった」
「それだけ言えれば文句無しの合格ね。来て、巫女様の住む家はこっち」
海底の森は森というには道が整備されていて歩きやすかった。もちろん海樹を使った造りで尚更景色は海の上と変わらなかった。海底をまるで海など無かったかのように人の脚で歩いていることに奇妙な感覚を覚えていると、他の建物よりも少しだけ大きな建物が見えてきた。造りからして神殿だろう。
「あそこに巫女様が?」
「そうよ。海樹の巫女ノイマ様。1年前に代替わりしたばっかりの新しい巫女様なの。歳は22だったかな?」
「若いんだね」
「先代がもうお歳でね?今は隠居しているって聞いたわ」
そんな話をしていると、神殿から出てくる女性が見えた。あれがノイマ様だろう。銀髪の美しい長髪とグラマラスな長身の体が巫女という言葉に神秘的な雰囲気を持たせていた。
「ノイマさまー!シオンを連れてきましたー!」
「あら?本当にここまで?初めましてシオンさん。私は海樹の巫女と呼ばれていますノイマと申します。宜しくお願いしますね」
「初めましてノイマ様。シオンです。今日は急に来てしまって申し訳ありません。」
「急って訳でもないのよ?ライラはシオンと泳ぎ始めてから顔を合わせる度に上達したらここに連れてくるって言ってたから。私も忙しい日はそこまである方ではないから大丈夫よ。いつでもいらっしゃい」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「そ・ん・な・こ・と・よ・り!シオンのセンスを見てあげてくれませんか?ノイマ様。ここに無事に来れたことの記念に」
「そうね。そんなことだろうと思って準備はしてあるわ。付いてきてくれる?」
ノイマ様についていくと神殿の中へ通される。着いた先には手のひらくらいの大きさがある水晶があった。
「じゃあシオンさん、そこにある水晶に手をかざして。そう。目を閉じて。頭の中を空っぽにしてください」
言われた通りにしていると急に私の意識は遠のいて行った。
「ここは……」
辺り一面真っ白だった。とんでもないデジャヴを感じざるを得ない。
「お久しぶり、シオンちゃん」
「お久しぶりです、メルリさん」
やはりここは前に来た死後の世界とかいう場所らしい。どうしてここに居るのか検討がつかないけれど。
「ざっと説明するとあの水晶は私達と簡易的に交信をするものなんだけれど、あなたは私が死後をサポートするって言ったじゃない?だからアフターサービス的なものでここに呼んで色々教えてあげようかなって」
なるほど。どうやら死んだ訳じゃなさそうだ。
「とりあえず、あなたに与えたセンスなんだけれど。ふたつあってね?普通はひとつなんだけれど、基本的に一方はどう頑張っても誰にもバレないから心配しなくていいわ」
「そうですか。それで?どんなセンスなんですか?」
「まずは表向きのあなたのセンス『俊足』なんだけれど、文字通り早く走れるセンスね。異世界を踏破するなら速いに越したことはないと思って。シークレットは『健康体』。簡単に言うと病気にならないし怪我の治りも速いわ」
「去年お腹壊したけれど?」
「半日かからずに復活出来るレベルで済んでただけマシなのよ。あれは食べ過ぎ」
結構嬉しいセンスを貰った気がする。健康体は正直実感無いけれど。
「センスってものは私達から力を分けて貰っているものなの。加護って言い換えてもいいんだけど、センスって言われるのは走るのが嫌いな人間に俊足が備わったりすることが無いからなのよ」
「健康体には自信が無いんだけど?前世的に」
「ま、何にでも例外はあるものよ。それは前世の保険分だと思っておいて」
お父さん、ありがとう!まだ実感無いけど!
「とりあえず、『健康体』は常時発動してるから。俊足は後で使ってみれば良いわ。あと私に用があれば夢にでも現れるわ。それじゃ、頑張ってね」
そう言われながら私の意識はまた遠のいていった。