表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

前向き少女の日常

作者: 北見深

☆シロ☆


 彼女には親がなかった。


 彼女には家もなかった。


だがしかし、彼女は自分の事を幸運に恵まれた自由人だと思っていた。

誰からも愛されるべくして愛される愛の放浪者とも思っていた。



彼女の名はシロ。

物心ついてから名前で呼ばれた記憶が無いので自分でつけた。

(センス良い自分。)

お気に入りのワンピースはシロ。


既に灰色がかって、シミもあり、ワンピースの下にズボンなんか履いていて、(寒さ防止)更にみすぼらしい。とは自分では全く思っていない。

(この前川で洗ったしね。)

じゃぼんと頭まで浸かって、目測を誤って流されかけたけど。

今、生きてる。強運。さすが。


シロの要るドーブル領は城下から馬車で半月ほどの街で、地を治める領主が有能な為、商業がやたらと発達した商人街。

シロは食うには困らない。


彼女曰く、いつも取り巻きが色々と食べ物を持ってきてくれるし、身の回りの事は下僕がやってくれる。


実の所。

商業が発達し潤沢な資金が行き来するドープルでは、働く場所が沢山あり領地は潤って人が多く行き来し、活気があった。

だから、シロの様な孤児の世話をする余裕が領内にあっただけなのだ。

シロの場合。身寄りのない未成年だからして、勿論孤児院へ真っ先に運ばれたのだが、この少女。

如何せん何ともしがたい性格をしていて、先住の子供らと気が合う訳もなく、ある日。ふいとまた路上に

舞い戻った。

仕方がないので、商店主らが飯を贖い身なりなどを時々整えてやる。が、しかし、商店主らからも少女の評判は最悪であった。

「偉そう。」「何様?」「可愛げがない。」「マジかわいくねぇ。」「とにかく可愛くない!」


シロの容姿は十人並みである。


(またか。)

シロはそう思って、目の前に現れた青年ににんまり笑ってやる。

青年は困ったように薄く微笑んで「シロ。」と呼んた。


時々現れるシロの取り巻きの一人。アルトである。

アルトは色白で不健康そうな顔色と切れ長のブルーグレーの目と、結べないぐらいさらさらの黒髪を背の中ほどまで伸ばしている二十五・六の青年だ。


シロはてくてくアルトの前まで行ってやる。腕を組んでアルトを見上げる。

シロはアルトの前に立つと彼の胸の辺りにやっと頭があるぐらいのチビだ。ずっと栄養不足だったからかも知れない。

シロはたぶん十五歳ぐらいだ・・・うん。たぶん。

気付いたらこのサイズだったので年齢は定かではない。だがしかし結構生きてるから十五!

「シロ。協会には戻らない?」

優しくて気弱そうな奴だアルト。

寄る辺ない人が祈りを捧げる聖協会の館に、孤児院が併設されているので、そういっているのだろう。


「で?」


シロは片手を伸ばした。

掌を上に向けて。

アルトが間抜けな顔で手を・・・握る。

「違うわっ!!」

びしりと手を振り払う。

「何か無いの?ほれほれ。」

また手を向け、寄越せと上にぴょいぴょい振る。


「・・・ああ。」


合点がいったのか、アルトは彼の上品そうな上着のポケットから包みを出した。

「どうぞ。」

差し出したアルトの目元が優しく弧を描く。

「シロやっぱり、・・・シロッ?」


アルトから包みを奪うと、シロは脱兎のごとく走り去った。


「シロ・・・。」


ぽつんとアルトは残された。


「いつまでそうして一人でいる気なんだい?」


吐息のようにこぼれた言葉は受け止める人がもういない。



アルトに貢がせた包みを開くと、美味しそうな菓子。孤児院の子供では絶対頂けない種類の奴だ。

がぶっと齧り付く。

甘い旨い!

やはり自由は素晴らしい!



☆空☆


その日は運が悪かった。アルトから菓子を貰ったのを、孤児院の子供の誰かに見られていたらしい。

奴らは妬んで徒党を組んでやってきて、追っかけまわされ石つぶてを投げつけられた。

「羨ましいんなら。お前らもやって見ろ!」


やっと奴らが帰ったのは夕刻。今日は夕飯を食べ損ねた。

奴らはお家で祈りながら夕食のお時間だ。

「チッ!」

自分は領内の外れ、安全だと言われている領主の森の際外まで歩く。

「わたしはアルトにだって愛されてるんだ。妬むなガキが。」

街を見下ろす小高い木をよじ登りながら、きゅるると鳴った腹を睨む。

「食わないって知ってるのに何で鳴るんだ?」

定位置の枝に腰を下ろすとぼんやり明りに包まれる街が見える。貝の渦巻きを連想させる街並みに、ぼんやりオレンジ色の明りが灯っている。


全部自分の物なんだ。この目に見える全ては自分の物。シロはそう決めている。


「痛たぁ・・・、」

夜風が不意に石つぶてのあっ立った額をかすめた。

額から流れているだろう血はそのままにしている。加減の出来ない悪ガキはこれだから困る。覚えてろよ。

街の明かりから天を見上げれば、紺碧の空に散らばる星。

満天の星空はお姫様の天蓋より綺麗に違いない。

「取り巻きならこういう時現れないかな。気の利かない奴。」

本当にぼんくらアルトだ。



☆治癒☆


怪我は翌日、街医者のアシュレイさんにとっ捕まって強制的に治療された。


「女の子の癖に何処怪我してんのぉ!馬鹿?あなた馬鹿なのっ!」

「キーキー煩いおっさんだな。」

「ちょっと!乙女に向かって何言ってんのこのクソガキ!」


亜麻色の巻き毛を背中までたらして、切れ長の瞳に理知的な緑の瞳。と評判の美人、女医のアシュレイは・・・男だ。


アシュレイのお着替え中の真っ平らな上半身を見たのは数日前の事。


アシュレイの一人で営む医院は年中無休二十四時間営業を謳っているので、忍び込みやすい。その日は穏やかな風が吹いていて換気に開けただろう窓からこんにちはした。

常備薬の胃薬がなくなったので拝借(勝手に取って行く行為)しに入った。

薬棚だけは厳重にアシュレイの寝室に保管されているので、開錠して入ろうと思ったら既に少し開いていた。

アシュレイは年中無休の癖に常駐していないし、看護師も雇っていないから、往診にでも行ったのかと思ったのに。

不用心だなぁと開けたドアの中。偶然にも拝見させて頂いた彼の半裸姿は、意外と筋肉が付いて引き締まっていた。


「胸。無いんだ。」


そう言ったら野太い悲鳴が返ってきた。




面白かったから、あえて黙っている。


「乙女は言い過ぎだよね。せめて、おばちゃん?」

「次は治療してあげないわよっ!」

白衣の下はピンク色のふりふりドレス。美人だけど、だからか?ちょっと似合ってない。そういえば男性患者はふりふりドレスより色っぽいのを着て欲しいとこぼしていたっけ。

アシュレイは王都から一人で女の姿でやって来た医師だ。恋人も伴侶も居ないし彼女(彼)の胸を見たのはあたしぐらいだろう。

にまにま笑ってたらアシュレイの構いたい愛が爆裂したようだ。

「聞いてるの?化膿したら大変な事になるのよ?曲がりなりにも女の子なのに、なにこの額の傷!手の擦り傷!あ~ああ、足までっ!」

シツコイなぁ。さっきから

解ってますって。

あんたは治療と称してあたしに触りたいだけなんでしょ?次は治療しないなんて拗ねちゃってさ。

ウソウソ。可愛いシロを見殺しには出来ないっしょ?ねえアシュレイ。


「きぃぃー!」


野太いサルの声が響いた。



☆君☆


父が王都に出掛けている間の領主代行。重責に気分が滅入る。


そして今夜も食べた物を吐いてしまった。

何食わぬ顔をして自室に戻り、部屋の傍から人の気配が消えたのを見計らって、手洗いに駆け込む。こっそりと一人で胃が空っぽになっても嗚咽を繰り返す。


いつまでも眠れない。眠れない夜に子守唄を歌ってくれた母はいない。

そっと様子を見に訪れてくれた姉もいない。

たった一人布団の上で膝を抱える。


「どっこいしょっとお~。」


弾かれるように顔を上げたら、風通しの為に開けて置いた窓を跨ぐ人を目が合った。


「おっす。」


「どっ!」

どうして?上げかけた大声を止める。

相手が眉をひそめて困った子を見るように首を横にゆっくり振った。

「最近、朝冷え込むんだよな。」

当たり前の様に入って来たシロは

「この気候で窓開けてるとか、呑気だね。あと不用心。」

シッカリと窓を閉錠してこちらに歩いてきた。ココは屋敷の三階の筈ではなかったろうか?子供の体躯で登れるモノなのか?そもそも登れるような作りだったか?

「えっ?シロ?何をしに?」

混乱して、出来のいい跡取り息子の仮面を張り付けるのを忘れた。入ってきた彼女に戸惑う。

ズンズンこっちへ進んで来るシロ。まさか自分を慰めに・・・。

「ちょっと、退けって。じゃ~まっ!」

・・・じゃ、なかった。

シロは遠慮なしに手を伸ばしてアルトを払いのけ寝台の端に押しやった。ひょいと自分が中央に入り込み寝転がる。。

「お、ぬくぅ~、おやすみアルト。いくら私が可愛いからって手だすなよ。嫌われたくないだろ。」

チッチと舌打ちしながら人差し指をひらひら振って見せる。


子供相手にそんな気には一切ならない。でもアルトがそれを言う前に、彼女は寝息を立て始めた。


グーグー

不用心かつ横柄に寝ている彼女は、ある意味。慰めるより早く彼の胃の痛みを忘れさせた。



 朝。いつの間にか、抱き枕の如くシロをぎゅうと抱きしめて寝ていたアルトは、久しぶりに気持ちよく眠っていたのに。

先に起きた彼女にビシッと手刀を食らって、痛みに目覚めた。

瞼に星がちらちらするのを初めて経験しました。

「誰が一緒に寝て良いッたよ!下僕。床で寝ろよな。」

「ここは僕の・・・」

「ホント油断も隙もない。」


「・・・そうだね。」


脱力したアルトの肩をぱんっと叩き、しょうがないなあというシロ。

なんだろう。腑に落ちない。色々悩んでる僕が馬鹿みたいじゃないか?



☆子分☆


 シロは大抵女の子には嫌われる。だってあんまり小奇麗じゃないから。でもシロは相手が嫉妬してると思う。

「学校行ってお勉強とか可哀相。」

毎週定期的に開かれる子供の為の授業に通う男女を見て思う。

地主さんの家の一番広い部屋で領主様が雇った教師、時にはアルトが子供(十九歳から五歳までだ)達を教える事がある。

シロは行っていない。

「わざわざ着飾って行くかぁ?」

謎である。チャラチャラしたお嬢さん方を木の上から見つつの言葉。シロは高い所が好きなのか?否。取り巻きどもを見下ろすのが好きなのだ。

「まあ、あたしはこのままでも十分綺麗だし。」

地主の家を眺められる通学路の街路樹の下。続々と揃いの鞄を斜め掛けで登校する少年少女たち。

悪ガキの姿もシロを嫉妬する女子共もいた。皆この日が楽しみらしい。心底解らない。


「シロ姉。」


木の根元から声がすると思ったら、ソコに年少のちびっ子組の一人がいた。


「おっす。子分どうし・・・サッサと行かないと遅刻じゃね?」


チビはもじもじして俯く。こいつの家はパン屋だ。朝早くから夜遅くまで、両親は仕込みと焼きとで大忙しで一人っ子のこいつを構っている暇がないらしい。

その癖えらく可愛がられていて、持ち物はいつも新品だし旨いと評判のパンを学校の弁当に持って来るしで、頻繁に悪ガキ連中にちょっかいを掛けられている。

ま、その悪ガキからこのチビを救って懐かれたのは自分の人徳の成せる技?

「学校!楽しみなんだろ?解んないけどな。」

もじもじが上を向いた。

「シロ姉は行かないの?」

「行かない。」

「なんで?」

こいつは案外しつこい。なんで?どうして?を言い始めると終わらない。もう八歳なんだから、ちっとはその癖直せよ。

シロはするすると猿のように木を伝い降りてチビの前に仁王立ちした。

チビはシロが目の前に立つとパッと明るい顔になって笑った。えらく懐かれた模様。

「嫌いなんだよ。」

「どうして?」

こいつシツコイ。つか、今日は学校行きたくないんじゃないか?何時もなら『遅刻』の一言で「あ。そうだった~!」とか言いながら走り出すのに。何かあるな?例えば悪ガキ共にパシられる予定とか、パンを差し出せとか(前あった)。

あいつら許すまじ。こいつのパンはあたしの物だ。

「どうしてか聞きたいなら何か貢げ。」

手を出し要求。

チビは栗色の目をぱちくりして、手を見つめる。

こいつの鞄には今朝焼いたばかりのパンが入っている筈なのだ。

逡巡する姿にムカつく。

「おいチビ。この前子分になるっていったよな?子分は親分に奉仕するんだぞ。」

シロの目指していたのはモテモテ罪作りな女だったはずだが、どうも路線変更している。本人は気づいていないようだが。


きょとんとしてからチビの野郎はうんっと大きく頷いた。

「子分になったら一緒に居ていいんだよね。」

伸ばした手にチビ子分の小さな手が乗る。両手でギュッと握りしめられる。


「違うわっ!」


ぶんっと振り切ろうと振った手は、子分がしっかり掴んでいた所為で逆に少年を引き寄せる。

「ぐふっ。」

シロの腹に子供の石頭が追突した。


この馬鹿!と掴まれてない方の手で拳骨を見舞った。


のに、「うふふ」と嬉しそうに子分が抱きついてきた。「怒られた」とにやけながら抱き付いたまま腹に顔をスリスリ擦り付ける。


・・・キモい。



☆警邏のおっさん☆


元は余所の国で騎士をしていた。馬がつぶれ自分も瀕死の重傷を負い、その国を逃げるように出た。もう争いはこりごりだった。

この領地は比較的平和だったから、街の警備の仕事に就いた。真っ当な仕事は雑な俺には向いていなかったらしい。警邏の仕事は夜は酒場のイザコザや昼は旅行者の案内などに割かれる。楽でいい。なにしろここは平和なのだ。


目の前を浮浪児のシロが駆けて行く。

その後を悪ガキ孤児共が追いかける。


「今日も平和だなぁ。」


俺は青空を見上げてそう呟いた。




☆時は過ぎて子分の事情☆


十四歳になったピットはパン屋の息子にしては賢く悪ガキ達にも知恵で負けない方法を知っている。

それで彼はチンピラとなった彼らを『酷い目』に合わせたのだが、彼らがそれをピットの所為だと思う事は無い。

彼が、それをひた隠しにするのは彼女がいるから。

彼女ったってお付き合いはしていない。相変わらずのシロ。


今でこそ伯爵の屋敷で短期仕事をしたり山に籠ったりしてそこそこ自分で生活しているが野性的なのに変わりない。

しかも、まだ「子分」って呼ぶ。

可愛くピットだよって言ってもシロには通じない。学校の同級生や年上のお姉さんはコロッと騙されてうっとり甘い顔になる。

この童顔も溺愛父母を喜ばせてきた手管も実に役にたつ。シロ以外には。



今年の秋はシロはお館様(隠居をされた伯爵)の別邸の庭勤め。

僕の家はお館様にパンを収めているので配達は僕。

「父さん母さんに楽をさせたいから」

と言えば泣いて喜ばれた。

ちょろい。


裏木戸から警備に挨拶して、勝手知ったるで入りパンを収める。

「今日はクルコの実入りですよ。」

「まあ。お喜びになられるわ。旦那様。」

台所を取り仕切るニーナさんにパンかごを渡すと、さりげなく手に触れて「あっ」と言った風に放す。

ニーナさんは何食わぬ顔をしていたが、耳が赤い。彼女はふっくらとした妙齢の女性だがピットをいつも可愛がってくれている。余り物で自分に下賜された甘味をくれたり、屋敷内の情報をぽろりと漏らしたり。

機嫌を取っておくに越した事は無い。


「ニーナさんが旦那様がクルコをお好きだって教えてくれたおかげですよ。」

「あら、言ったかしら?」

とぼけつつ、コレ急いで準備しなきゃ、とか言って籠を抱えて背を向けた。

「毎度ありがとうございます。」

台所の中の人全員に向けていう。

高感度が上がったのをそれぞれの人物を見て確かめたのち、そこを出た。


「シロ!」


今日はちょっと探した。お館様の庭先。しかも花壇の様な食べられない物の前にいるなんて思ってなかった。立っているシロは、僕の声に気づかない。近づこう。


死角から人が出てきた。


「・・・何で。」


悪ガキでチンピラになった筈のゲオルグ・ビーツ。

なんでアイツが・・・シロを目の敵にしてた癖にあんな近くにいる?あのつなぎのズボンを履いた恰好は庭師か?

ゲオルグが屋敷で働くことになったなんて気付かなかった。ニーナさんは庭師の爺さんの跡継ぎが出来たと言ってたが、それがアイツだなんて。


気付かないよう二人の声が聞こえるまで歩み寄る。そっと。


「花とか似合わないな。」

シロの高過ぎない強い響きの声。僕の好きな声。

「うるせぇよ。つか、一枚だろうが花弁を取るな!」

ゲオルグは怒っているというより呆れたように言う。すっとしゃがんだ彼の大きな背でそこにある花は見えない。

「あんま、旨くなかった。」

「喰ったのかよ!辞めろよお前は獣かっ!・・毒とかあったらどうすんだ。」

最後、心配するような気配がして、仲がいいみたいに見える。嫌だ。すごく嫌だ。

「クリームみたいな旨そうな色してる方が悪い。」

「うま・・って・・まあいいけど。ようは綺麗って事だよな。なっ?!」

「ウマ綺麗?」

「そんな言葉はねぇ。」

がくりと肩を落とすゲオルグ。俺が育てた花なんだからもうちょっと褒めろ。とか言っている。

花弁が欠けたの見たら師匠におこられる~、と情けなく嘆いたり。

「証拠隠滅。喰えば?」

「うるせぇ。」


ガサ・・・。地を踏みしめた音にゲオルグが振り向く。

驚いた顔をして次にばつの悪そうな顔になる。

それを見てからシロは僕の方を振り返った。


「・・・シロ。」

「よ!子分。あ、改めパット。」

「ピット。」

「そうだったそうだった。ペット。」


ワザとか?ワザとなのか???


いくらなんでも屋敷勤めの女性が『子分』呼びは不味いよ。そう言って名前を、お互いに、呼びあえるようにした。

しかしいまだに正確に名を呼ばれた事が無い。


「なあ、ミット、こいつ可笑しくね?似合わない花抱えて庭師目指すらしいよ。」

「いちいち、突っかかった言い方だなぁお前。」

「似合わな過ぎて逆に褒めてる感じ?」

「だから褒めてねぇわ!」

僕を無視して話し出す二人。

「味を改良しような。」

「まだ喰う気か?」

にやと笑うシロ。止めて。そいつはシロを苛めてた奴じゃないか!

「シロっ!」

「ぶっ!ぅおぇ・・・。」


僕は思い切りシロの元へタックルした。彼女が変な声を出して抱きつぶされた。


「おい。時と場所を弁えろや。」


ゲオルグなんか無視だ。

「シロ、全然僕の家に来ないよね?どうして?もう僕の家のパン飽きた?」

とうに背も追い抜いて、肩口に顔をすりすりさせながら恨みがましく言ってみる。

「ぃや、おぇ、違っ、だってここで食えるし。」

「新作は店頭販売のみだよっ?」

「新作。」

顔は見えないが心が揺れているのは想像がつく。

腕の中でさしたる抵抗もしないのは、今までの僕の努力の結果。

ぜんぜん異性として意識されていないからだ。たとえ腰に手を回していても、喉元に口を押し当てても背中をさわさわ怪しい手つきをしてもだ!


「・・・ピット、お前。」

ゲオルグの慄いたような声など無視だ。

「家まで来てくれたら『無料』で試食して貰おうと思ったのに・・・。」

甘えた声で(シロには効かないが)至極残念そうに言えば、慌ててシロが見上げてきた。

「行く!今から行く直ぐ行く!」


「仕事中だろーがっ!」


煩いゲオルグは放っておこう。

「じゃあ。侍女長さんに良い日を聞きに行こうよ。じゃないとシロ困るでしょ?」

「おお、忘れてた仕事。じゃあな!ゲロ!精進しろよ!」

「お前に言われたかね~よ、そしてゲ・オ・ル・グ、だっ!」


僕は名残惜しく引き寄せた体を放して、彼女を屋敷に誘導した。手は絡めるように繋いで。

『お屋敷の中は立派で気後れして怖い。おこずかいで奢るから手。繋いで?』

そう言ってからずっとこうやって手を繋ぐ。

シッカリ握っておかないと。シロの手は昔と違って小さくなって、見失ったら見つかりそうにない気がする。


「もう怖くないんじゃね?」

独り言は無視。

「何気にニチニチして握力試すの辞めろよ。」

腑に落ちないのか独り言は続く。

「手を繋ぐのと、ぎゅってするのとどっちがいい?」


「その二択?前者でよろしく。奢りはドングリ亭の芋スイーツで。」


「シロの手可愛い。」

「ルッツが大きくなったんだ、て。」

「ピット。シロ大好き。」

つないだ手を引き寄せて頬にすりすりする。

「・・・成長しないな、ヌット。」

「ピット。」

二人でドングリ亭のスイーツを食べたかったのに。

店に入るのは却下と言われて購入後持っていく。


だからどうしてシロはお館様と一緒にお茶なんてしているの????


「アルベルト様は婚約者がいらっしゃるんだから二人はまずいよ?」

「二人?だった?ニットもいたし。」

「後からだった。」

「まだ婚約してないし」

「シロはアルベルト様が・・・なの?」

「アルト?今日のチョコ旨かった。故にだ。口説きたい女の貢物はそれでいいと教えてやった!」

「芋スイーツ要らないんだ。」

「え、いるいる!居るに決まってるだろーが!」

「チョコ食べたし」

「もう消化した!」

「僕の芋スイーツなんて田舎くさくて嫌だよね?」

「こらこらピッタ居るよ好きだよ芋スイーツ!」

惜しい、ピッタ、それに好きは僕に言わないと。

「お~い!スイーツ!」

「どうしようかなぁ」

「おおおお、一緒に食べよう!」

「そうだね~」

「ピッツ。」

「僕。傷ついたからぎゅってして?」

「・・・ん?お安い御用なり」

シロの羞恥心は食い気に勝るらしい

お屋敷で綺麗になっているシロからはいい匂いがする。昔の匂いも好きだけど。今の甘い匂いもいい。

今。僕の頭はシロの胸の中。早くこの小さい胸を直に触れる関係に・・・。

「痛っつ!」

「あ、悪い。何か寒気がしてさ。」

寒気と脛を蹴るのは関係ない。野生の感かな?

「いいよ、スイーツ食べよう?」

「やたっ!」

凄い勢いでひっぺがされる。



☆告白☆


「どうして?パン屋だから?」

えぇっつ??

子分が怒ってるぞ。オカシイ?ずっと一緒にいて?とかいうからメンドクセー嫌だよといったらだ。

差し出された食えない花とちっちゃな食えなさそうな箱を断ったら怒り始めたのだ。

拳を握りしめてぷるぷるしながら睨みつけてくる。

子分の癖にキレるとコエーよ。

「ま、まあ、おこんなや。な?」

何にキレたかは知らないが。

その手の赤い花束もくしゃってるぞ~。

つか、既にもう片方に握りこまれている箱とかぐしゃぐしゃだよ?

「解った。」

解った?

「僕料理人になる!」

「は?」


駆けだしたピットは止まらなかった。


シロは意味が解らなかった。


ゲオルグに聞いてみた。

「・・・。」

無言が返ってきた。気の毒な視線に腹が立って足蹴りをお見舞いする。

(プロポーズじゃねぇか?俺からは言えねぇけども)



そして、ピットは実家に帰ると「料理人になる!」と宣言し、大泣きする両親を置いて王都へ修行に出てしまった。

それをシロが知ったのは、パンを運んでくるのが女将さんになって、館で愚痴を言ってるのを見かけてからだった。

そっか。本当に料理人になるのか~。あたしの子分すげーな。

と、のほほんと思った。



それから五年。

六年目の冬



シロの住む山小屋に人が現れた。

「なんで山に籠ってるの?!」

防寒着で着ぶくれした男が叫んで、なんか聞いたことがある声だな~って呑気に思う。

シロは街近くの山小屋に居た。

山とはいっても森をちょっと入ったところ。

ピットのパンもないし、お館様にもう辞めると言ったらこの山小屋の番を仰せつかった。シロのふらふらした所がよっぽど心配だったらしい。

年頃の娘だったので、時折見に来てくれる。

いいオッチャンである。

『私は妻にも先立たれているし息子も跡目を継いだ。なんなら嫁に来るか?』

とか心配気に聞かれた。

『ん~。一人に決めると貢物がなくなるからなぁ。』

『・・・そうか。川で魚を捕まえるのは暖かい時だけにしなさい。』

『おっけ~。』


と、言うやり取りを思い出している内に着ぶくれ男が小屋の中に侵入してくる。

流石に不味い?と思い至ったシロは代わりに自分が出て行こうとして、腕を捕まえられた。


あ、誤魔化されないのねぇ~。


「何処に行くの?危ないよ?寒いし、すぐ暗くなるよ?」

え?だったらあんたも帰れよ。

と、言いたいのを一応飲み込んだ。何か声に聞き覚えがある。マフラーと帽子で顔を覆っているし前髪で眼も少ししか見えないから解らない。

シロより頭一つ分高い背。

ゲオルグはもっとデカイし、お館さまは最近ぽっちゃりさんだ。慌てて乗馬を開始するという事態。馬、気の毒。

あとは・・・ペットは自分と同じ背丈だったし。ここには居ない。


「もう!」


バシンと戸を閉め閂迄かける男。やばくね?

一人でぷりぷりして男は腕を引く。

「ここ、あたしんちなんだけど?」

「街についたら、皆が寄って来て中々抜けられないし。お屋敷に行ったらシロは居ないし。何で大人しく屋敷勤めしてないかな。」

「いや、あたしが大人しかったら別人っしょ?」

「そうだけど・・・。」

認めやがった。

足裏を蹴ったらかっくんした。


「シロ!」

「手を放せ狼藉者!」

ぶんと手を振り払おうとしたのにぎゅうっと抱きしめられた。

ぎょっとして本気で身の危険を感じる。

知り合いだとして、こんな事をする奴は今、王都だ。

「離っ!」

「細い!」

「は?」

「また拾い食いでお腹でも壊したの?」

ぎゅうぎゅう抱きしめてそんな事を言う。顔が胸の当たりで苦しい。反論したい!拾い食いはしていない!腹も壊していない!魚は焼いて喰っているし、店のゴミも漁っていない!


今の所。


「苦しぃ。」

訴えてみた。


「えぇ!ごめん!」

びっくりするお前にびっくりだよ。そしてさっさとその顔見せろ!

「誰だお前。」

「え?」

え?じゃ、ねーわ!


ふんわり毛皮帽子とマフラー、もこもこ綿入れジャケットを脱いだ男は、栗色の瞳でシロを見た。金茶色の髪は帽子のせいでペタリとしていたが、一度くしゃりと彼が掻きまぜたら整った甘い顔に似合いのふんわり感になった。

本当にすこし、そばかすがあるのが大人の筈の彼を可愛く見せる。


「ポット。」

ピット!と彼は言い返した。



ピットの貢物(料理人となった彼の携帯食)にほくほくのシロは、彼の分もお茶を用意する。外はすっかり暗く、今から帰るのは怖いというピットに、獲物を置いて出てけと言いたかったシロはため息をついて了承する。


「まだ怖いとか言うか?」

「狼とか熊とか」

「この距離で?」

「シロ。冬は小屋を出ろって言われてるんだよね?」


黙って誤魔化す。


「そろそろ、出ないとだよね?」

「・・・。」

「もう、料理持ってこないよ?」

「だってさ、お館様が心労で倒れる前に結婚しないか?とか言うし。」

「は?」

いや、二人とも、は、とか、え、とか今日は良く言うよね。

「ああ、お館様がさ。自分じゃなくても良いから、もういい加減どっかに嫁に行こうよってさ、色んな人進めて来て、余計な世話だっつうの。」

上は六十の隠居商人、下は一三才の貴族と幅広い人選だった。十三とか犯罪かっつの。

腹立つわ、行き遅れのようにいうな。

「嫁。」

ピットは走り去ったあの時のように眉間に皺を寄せている。

時間がたったせいか、あの時の少年とは思えない。随分体格も良くなった。

怒ってる?

ちょっと覗いてみる。


目が合った。

「お、サット。茶、飲め。」

「ピット。・・・あ、いや。ヒューレット。」

「ん?」

「ピットは呼びやすいようにしただけだから、名づけ親の神殿主長から貰ったのは『ヒューレット』」

へえ。と気の無い相槌。

「シロは?」

ピットはシロの隣に座っている。シロの家は解りやすく一人用なので椅子も一つ。

シロは自分の簡素だが保温抜群のベッドの上に座っている。

「シロも名前・・・。」

言ってからピットは彼女が孤児だと思い出した。思わず目を逸らす。

名前は協会がつけるか自分が覚えている物になる。神殿は親がお布施を収めないと名付けをしない。


シロは気にした風もなく茶を飲んで、ピットの作ったサンドイッチを頬張った。

もしゃもしゃ食べる姿が冬籠り前のリスみたいだった。


「あ、そういえば。」


シロが立ち上がり備え付けのクローゼットを開けた。

中から灰色の布を持って来る。

「何?」

「読める?ヒット。」

ワザとだよね?

「ピット。見せて。」

シロも館で働くときに字を覚えたが、これは読めなかった。他の人間には見せていないから、他国語という事しか解らない。


ピットが手に取ったそれは、懐かしいワンピース。シロの薄汚れた今は着れないワンピース・・・。

思わず匂いを嗅いでいたら、シロに「何やってんだ?」と不審がられたので慌てて顔を布から離す。

「何処?」

「ここ。」

ピットは王都で色んな言語の人と触れ合ったので、ちょっとは賢くなったと思う。

その服の裏。腰のあたりに赤い刺繍。

『シ、シロ』カクカクした字だ鮮やかな民族衣装を思い出す。ちょっと変わったお客さん。

『シロネリュイア』その人が、故郷の花の名だと教えてくれた字。

文字から目をはなし、シロを見る。

「これ・・・シロの名前?」

「さあ?」

読めるかと聞いて来たのに薄い反応。

「違うの?」

「知らん。でもそうしとこうかな。」

にまにまするシロは嬉しそうだった。

長年の謎が解け、それが妙にいい感じの響きで、タダそれが嬉しい。

「そう・・・しとく?」

「うん。しとく。」

やっぱり、シロはシロだった。


夜。

床で寝ろ、もしくは机の上でも良し!と言う非道なシロに「寒い!凍死する。もう朝ごはん作れない」と泣き付いて、布団をゲットした。

もちろん。ベッドの中でシロも一緒という特典付き。


「警戒心無さ過ぎだね」


くかーっと寝入ったシロの寝顔を見ながら呟いた。

今日は何もしないけど、次はどうしようかな。

とりあえず。ほくほく彼女を抱き込んで温まる。今度はちゃんと失敗しない。


ふふ、うふふふ、うふ、うふ、ぅふふ、ふふふふふふふふ。



目が覚めたらそこは・・・って!

はなさんかい!


正面にピットの首筋が見えた。がっちりホールドされている。

片足が上に乗っていて重い。首に回された手が枕みたいになっているが、後ろで手がクロスされていて動きが・・・。うくっ!動け~。でや!無理か!


「おはようシロ。」

チュッって・・・。なんぞ?デコにぴちゃっとなんかついたぞ。

ピットを見上げると、のほほんと笑って居る。

そうだ、そういえばコイツは五年前もよくこうやって人にくっついていた。直ぐにかぶりつくしべたべた触るし、どんだけ甘えたなんだと思ったよ。

あたしは食い物じゃないからとりあえず。

「おはよう。ノット。」

「ヒューレット。」

かぷりと鼻先にかぶりつかれた。やめい!

うふふ~って笑う。ピット。

「腹へった。」

「了解!」

なぜかシロを抱き込んだまま起き上がったピットはそのまま顔をぐりぐりシロの肩に擦り付けてくる。

「いい加減大人になれピッ・・・うにゃっ!」

べろ~んと首を舐められた。犬か!犬なのかっ!

へへへ。と照れたように笑って離れるピット。

可愛くないからな。あと、首がべとべとするぅ~。


今日は居座られないようにしよう。

そう思った。


ら。


言いくるめられて街に帰ってきてしまった。

正確には街から少し離れたお館様の領地。観光客が良く来るスポット。


なぜに?


目の前の一軒家。


なんぞや?


ピットは親と離れてここで料理屋をするらしい。


で?


なぜにあたしまでここに住まされてんの?


いやいやいや、ちょっと待て!

早まるな!

左手をっ!

離せ!こら、指輪とか嵌めんな!取ったら次はネジでとめちゃおうかなって?

ヤンデル?明日、神殿で終身契約しましょうね~って、怖ぇよ?

嫌な予感しかしないんだけども!!


ジャンルに迷う一品。ふらっとでも見てくれた方、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ