このときは、まだ。
✻
朝から学校は騒がしかった。
それもそうだろう。
昨日の女子生徒をターゲットにしたからだ。
「何、もう始まってんの?」
「榊原さん!おはよう御座います。もう始まってます。」
何が始まったか
それは
「きゃっ!!!」
学校全員による
イジメ。
バケツに入った水を被って皆から笑われている。
「あっそ。」
「夏野冬、僕達と同じ学年です。」
「夏なのか冬なのか分んねぇ名前だな。ま、俺の衣服を汚したんだ。それなりのことをしてもらわねぇとこっちも気が済まねえしな。」
それで、あいつが泣きわめく姿はどれだけいい眺めだろう。考えただけでゾクゾクする。
「おはよう。夏野ちゃん。」
水でベタベタになった夏野冬を
僕はニヤニヤしながら見つめる。
さーて、どんな返事をするのかな。
どんな風に泣くのかな?
「榊原さん、いらっしゃったのですね。おはよう御座います!」
ペコリと頭を下げた。
「先日は、制服を汚してしまってすみませんでした。クリーニング代です。足りなかったらまたお渡しします。」
全然悲しんでない。
なんだこの女。
「あぁ、いいのいいの。それよりどう?水かけられちゃって。あははっウケる。」
こん
「あはは、、ですよね〜、、不運にも程があるっていうか、あははっ!」
「え、ちょっ、何言ってるの?」
こいつバカか?
「あんた、イジメられてるんだよ?靴箱に入ってたでしょ?色んなもの。故意で頭に水かけてんの、わかんねぇの?」
「え!そうだったの!?」
「アホか!」
「言ってくれなきゃ分かんないですよ!私、目悪いし。耳も遠いし。」
「だとしたら、悪すぎだろ!アホか!鈍感すぎるぞ!ったく面白くねぇなーー」
「ごめんなさい。。」
「何だよーー興奮も"こ"の字もないじゃんー!!」
「こ、興奮……??」
「こっちの話!」
ったく、面白くねぇな。。
その後、何回も何回も
こいつに攻撃したりしたんだ。それはもう何回も。
だけど一向に泣かないし
折れないし、学校は辞めないし
やってる意味が見いだせなくなってきた。
屋上で、ぼーーっと空を眺める。
「あれ?榊原さん?」
「あ?……ってなんでお前がここにいんだよ」
夏野冬である。
「息抜きです。疲れたらここに来るんです私。」
「疲れてんだ?」
「あはは、バレました?そういう榊原さんはどうしてここに?」
「お前のせいで楽しみが無くなったからな。暇つぶし。」
「楽しみ?なんか、ごめんなさい」
「知らん。許さん。」
夏野冬は、いつもより笑っていた。
「辛いだろ、イジメられて。」
「辛い?」
「ああ。あんた、苦しんでる顔しないから伝わんねぇだけで。内心苦しくて仕方ないだろ。ははっ」
「辛いだなんて、思ったことありませんよ。」
「嘘つけ」
「ホントです。だって私はずっと一人だったから。
支えてくれる友達も家族も……私にはこの世界が半分しか見えないし。…確かに、ビックリはしましたけど、今こうやって一人だって思っていた時間を榊原さんと過ごせてるんだもの。今まで生きてきた時間の中できっと何より素敵な思い出です。」
「なんか、もうすぐ死ぬみたいな言い方だな」
「…あはは!違いますよ」
そう言った一瞬だけ
夏野冬の目が冷たく青くなった気がしたのは
気のせいだろうか。
「プルルルル」
「電話、、鳴ってますよ。」
誰だ、女か?
"ババア"と表示されたスマホ画面をみて俺は通話拒否ボタンを押した。
「ったく。。」
「いいの?出なくて。」
「いい。」
放課後暇だしな。。
俺は遊んでくれそうな奴を探した。
「、、あれ。。」
電話帳を見たけど
そう言って思いつく人もなく
俺はスマホをポッケにしまった。
仕方ない、もうこのままサボって遊びに行こう。
「じゃあな、夏冬さん」
「夏野です。」
「ははっ冷た。」
俺は振り向きもせず足を進めた。
「榊原さん!!!」
もう面倒だから、気にせず歩き続ける。
「ありがとう!こんな私と話してくれて!」
「っ、、うるせえ。」
「ありがとうね!!!榊原くん!」
立ち止まって振り向くと
もう夕方になっていた。
夕焼けのオレンジの光で
夏野冬の表情はあまり見れなかったけれど
俺にはそれが
悲しそうに笑う顔に映って見えた。
帰り道
ふと夏野冬のことを思い出す。
って、めんどくさ。女なんてゴマンといるだろ。
いちいち考えるな。さっさと帰ろ。
「っうっ、、うっ、、」
帰り途中の公園で
何やら泣き声が聞こえる。
なんだ迷子か?
下を向いている女をみつけた。
ブランコに座っている。
この歳で泣くなんて、男にでも振られたのか?
「うぅ、、うあああああ!!」
今度は号泣し始めた。
「……あれ、、。」
俺は、視力は良いほうだと思う。
夜の薄く暗くなった中でも
わかる。
「夏野。。」
アイツだ。
間違いない。。
何で泣いてるんだ、というより
何で俺はこいつを見ながら呆然としているのか、甚だ不思議なくらいだった。
人が泣いている姿を見るのが
たまらなく、好きだった
はず。
苦しんでるのを見るのが
たまらなく
たまらなく
好きだったはず。
でも
今、泣いてる夏野冬をみても
なんの感情も流れてこない。
この時初めて、自分が
新しい感情を知ることになるなんて
まだこの時の俺は知らなかっただろう。
そしてそれが、
悲しくて
切ないことだったなんて
知ることすらないんだろう。