第7話 「決意だと思う」
「ほら、起きろ」
ニアの肩を軽く叩いてやると、ニアはむくりと起き上がり、目をゴシゴシと服の袖で拭う。
「ふわぁぁぁぁぁ…………今、何時?」
「かるく八時を過ぎてるよ」
「…………お腹空いた。餓死寸前」
ロアの空腹は限界が近いようで、今にも死にそうな顔をしている。元から幸が薄いこともあってか、若干ホラーだ。
かくゆう俺も、さっきから何か喰わせろと腹がグルグルと唸ってしょうがない。
「みんなお腹空いてるよね……。それじゃあ外に食べに行こうか! ロアも来るよね?」
ニアが俺とロアに提案した。
ロアはこくんと頷き、快く了承する。
外食と聞いて正直なところ、悪い予感しかしないのだが俺に拒否権はない。
だって、無一文だからな!
そんな訳で、俺もニアについていくしかなさそうだ。
外食が嬉しいのか、はたまた陽気なだけなのか、ニアは楽しそうに俺たちを目的の場所まで案内を始める。
朝のニアの街案内もあり、俺はここら一帯の店はある程度把握することができ、ニアに案内されるまでもなくニアの目的地までのルートは見えている。
夜の街は、朝とは違う雰囲気の賑わいを見せていて、そこらじゅうの店でワイワイ騒いでいる人が見受けられた。
それはそうと、もうそろそろ着く頃だろう。
「二人とも着いたよ!」
ほら、着いた。俺はあいかわらず物覚えがいい、物覚えが良くないと妄想も捗らないしな。
俺に言わせてみれば、俺の物覚えの良さはこの世の誰にも負けない、なんて冗談は置いておくとして、それよりも俺の悪い予感が的中してしまったことの方が重大だ。
まさかまた来ることになるとは思っていなかった。
「ここが私のオススメのお店だよ!」
ニアはそう言って店の中に入っていってしまう。
ロアもニアに連れられて何食わぬ顔で入ってしまった。
俺だけが店の前で立ち止まっていた。外にいても伝わってくる黒いオーラにびびり、足をなかなか前に出せない。
「何してんの? はやくしてよー」
「早く……して……」
事の自体はお前らが思っているほど軽くはないんだよ、と心の中で思いながら俺は足を前に進め…………、
「女を待たせるのは男のすることじゃねぇぞ、とっとと入んな!」
突然に後ろから聞こえてきた渋い声の主に、俺は強く身体を押される。
「え、いや、待って。心の準備がぁぁぁぁ」
俺はおっさんに身体を押されて、店の中に謀らずしもはいってしまった。
仕方ないので、ニアとロアが座っている席に向かう。
「レイジが遅いから、もう料理頼んじゃったよ!」
ニアにそう言われテーブルを見ると、すでにやばい料理がうごめいている。
「……はぁー」
目の前の光景に、思わずため息が出てしまう。
「いただきまーす!」
「……いただきます……」
なんの抵抗もなく食べ進める二人を見て、俺も渋々食事を始める。
相変わらず味は悪くないが、見た目がアウトだ。虫だとかのゲテモノ系ではなく、海鮮系なのだが、なかなかに黒いオーラを出している。
そういえば元の世界ではシャコを好んで食べる人がいるけど、俺にはどうして食べれるのか分からない。
シャコ好きには悪いけど、シャコのビジュアルって、ほぼ昆虫だと俺は思う。
昆虫といえば、俺は幼稚園児の頃は昆虫が平気だったのに、小学生になってからは触ることができなくなった。
アリを手で掴むのさえ、ためらわれる。
そんなことを考えながら無心で、シャコに似た何かを口に運ぶ。
やがてコツンッと、スプーンが皿にあたる音がした。
どうやら、無心で口に運んでいたらいつの間にか食べ終わっていたようだ。
ロアとニアも食べ終わっていて、食後のデザートについて話している。
俺はもう腹一杯だよ。
「ねぇ、ロア。食後のデザートはどうしようか?」
「……ケーキ」
「私もロアと同じのにしようかな。レイジはどうする?」
「俺はデザートはいいや。甘いのがあまり得意じゃないんだ。……ちょっと、外の空気でも吸ってくる」
俺は無一文のため、今はニアが代金を出してくれている。それなのにデザートを頼むのは、少しうしろめたい。
それに、甘いのが得意じゃないのは事実だ。特に生クリームが食べれなくて、無理して食べるとたぶん吐く。
ケーキと煎餅どっちが好きかと言われたら、絶対に煎餅と答える。そして、それ以上に味噌ラーメンが好きだ。
まあ、今はどうでもいいことなんだが。
「あんまり遠くに行っちゃダメだからね」
まだ街の雰囲気をよく把握していない俺を心配してか、ニアは俺に注意した。
「わかってるよ」
実際のところ、俺の目的は本当に外の空気を吸うだけだ。
ちょうど店の前に手頃なベンチを見つけたので、よっこらしょ、と年寄りみたいに腰を下ろした。
(…………疲れた)
「うっへぇぇー」
溜め込んだ疲れを体外に吐き出すかのように、俺は深くため息をつく。
異世界に来てから数日が経って俺はようやく、自分が異世界に来ている事実を実感し始めていた。
目の前を通り過ぎていく人は、変な形の杖を持っていたり、荷物を浮かばせて運んでいたりする。
「異世界……なんだよなぁ」
妄想で見ていた光景が、現実として目の前に広がっている。
魔法という概念がある世界。
それは俺が追い求めてきた世界だ。
もうあんな退屈な世界に、退屈な日々に俺は戻りたくない。
だから、俺はこの世界で生きていく。そう心に決めた。
「レイジー、早く家に帰ろう」
ケーキを食べ終え会計を済ませたニアが、ベンチに腰掛けた俺に声を掛ける。
「ああ、そうだな!」
妙に元気よく応じるで俺を見て不思議に思ったのか、ニアは不思議そうな顔で俺の顔を覗き込み、「どうかしたの?」と聞いてくる。
「いや、特に何でもないよ」
「それならいいけどね……」
ニアはそう言うと、屋敷の方へ歩いていく。
俺もニアの後を追うようにして歩こうとしたのだが、その時、ロアが俺の腕を引っ張ってきた。
「これ…………」
そう言ってロアが俺には手渡してきたのは、三冊の分厚い本だった。
こんな分厚い本を三冊も何処に隠し持っていたのだろうか。
表紙には特に何も書いてなく、茶色一色だ。
「それは、この世界についての本……。読んでおいたほうがいい……」
ペラペラとページをめくると、確かにそれっぽいことが書かれている。
「わざわざ、ありがとうな」
俺はその本を快く受け取り、「おいってっちゃうよー!」と言うニアの声を耳にして、ロアに別れを告げて急いでニアのもとに駆け寄った。