第5話 「図書館の少女」
「ここが、図書館ね」
「でけぇ〜〜」
ニアの街案内で図書館に着いた頃には、空は綺麗な茜色に染まっていた。
本来ならここまで時間はかからないはずなのだが、ニアの懇切丁寧な説明の賜物だ。
できれば図書館の説明で最後にしてほしい。
「ぼーっとしてないで早く入るよ。夕食の時間に間に合わなくなっちゃうでしょ」
「そ、そうだな。早く入ろう」
ニアに急かされて、慌てて中に入る。
中に入ると、
「うおっ⁈ すげぇ!」
目に飛び込んで来たのは、本、本、本。
いや。図書館だから当たり前のことだけれど、それでもこの蔵書の数はやばい。
中心部の天井がガラス張りになっているのか、綺麗な夕焼け色がスポットライトのように中心部を照らしている様は、神々しささえ感じるほどだ。
あの夕焼け色に照らされた空間で本を読んでみたい。
読書好きの奴らなら、この光景に身悶えするだろうな。それに、なんか本が一人でに空を飛んでいて幻想的だ。
俺がその光景を見て恍惚な表情を浮かべていたら、自慢げな表情でニアが俺の前に躍り出てきた。
「いや、なんでお前が自慢げなんだ?」
「なんて言ったって、ここの管理人は私の友達なんだよ!」
「ああ、そゆこと。……って、理由になってないからな⁈」
そう言うと、なぜかニアはむすっとして、どんどん先に行ってしまう。
まったく、めんどうくさい。
「待ってよ、ニア」
「待ちませーん!」
お前は小学生か、と思わずつっこみたくなる。
「ところでだ、ニア。本はどうやって借りるんだ?」
「…………」
ニアは沈黙し、返事をしてくれない。
さっきの事でまだ拗ねてるのか?
「おい、ニア。……ニアさーん?」
「ああ、ごめん。お昼に食べた、《カオスソース・デスランチ》の事で頭がいっぱいで聞いてなかった。それで、なんて言ったの?」
「……あの料理、そんなに気に入ったのか」
俺とニアは昼に食事処に入り昼食をとったのだが、入った店がやばかった。
今すぐ黒魔術が始められそうな内装も凄かったが、特に凄かったのがメニューだった。
そして、数あるやばげなメニューの中で《カオスソース・デスランチ》は、店長のオススメというやつだ。
漆黒のソースがチャーハンみたいなのにかかってる感じの料理で、少し分けてもらって食べてみたら、カオスな見た目に反して普通に美味しい。
ちなみに料理の名前にもあるカオスソースは、元の世界で言うデミグラスソースみたいな味だ。
そして、俺が頼んだ料理は、《パンデミック・スクリーマー》。
美味しいのだが、見た目が……残念だった。
あともう一つ言いたいことがある。お願いだから小動物の頭骨をレモンみたいな感覚で、グラスの縁につけるのだけは勘弁してくれ。
頭骨から悲鳴が聞こえそうなんだよ。
「まぁ、昼のことは忘れよう。それでだ、本はどうやって借りればいい?」
「あそこにあるカウンターに持ってけば借りれるわよ。何か借りるの?」
「ああ、ちょっと調べ物をだな…………」
俺はこの世界についての知識が乏しい。皆無に等しい。
ニアに頼んで、いろいろ教えてもらってもいいのだが、俺は自分で調べたい。
常識がないなー、と煽られるのも癪にさわるからな。
さっそく俺は本を何冊か借りようと、本棚に向かうが、
「本は後で借りればいいでしょ」とニアに止められてしまう。
渋々、俺はニアについていき図書館の奥へ進んでいった。
進んで行った先で俺が見たのは、図書館の雰囲気をぶっ壊しかねない派手なピンクの扉。
「この扉の先は何の部屋なんだ?」
「この図書館の管理人兼私の友人の部屋よ」
ニアはそう言うと、ガチャと扉を開けた。
「勝手に入るのはまずいんじゃないか?」
「大丈夫よ。た、たぶん、…………たぶん」
俺の隣でニアは目を泳がせながら、自信のない声で呟いた。
あまり見ないニアの態度に、俺も思わず萎縮する。
俺一人でも引き返そうとして後ろを振り返ると、一人の少女と目があった。
艶やかな黒髪ロングの幸薄い美少女だった。
その少女は、ニアと対照的な抑揚のない声で俺とニアに向けて威圧的に言った。
「そこの二人、私の部屋で何してるの?」
ニアはその声を聞いた途端、肩をガタガタと震わせ始める。
「わ、私は止めたんだけどね、この男が無理矢理…………」
ニアは俺に同意を求めるように見つめてくる。
ただ、最初っから最後まで捏造だと知っている俺は、当然のように同意はしない。
どんなに目をウルウルさせても無駄だ!
「ニア。他人に罪を押し付けるのはレディーのすることじゃないぞ」
「レ、レイジ。よくも私を裏切ったわね!」
「裏切っただなんて、人聞きの悪いことを言うなよ」
「…………」
隣を見ると、幸の薄い少女は呆れた顔をしていた。
そして少女は無慈悲に、ニアに告げる。
「ニア、おしおき……ね?」
「ま、待って! 私達、友達だよね…………ロア」
そこでの、「私達、友達だよね」は完全に間違った使い方だぞ、ニアよ。
「慈悲はない」
ロアと呼ばれた少女はクールに言い放ち、ニアに手の平を向ける。すると、コバルトブルーの光がロアと呼ばれた少女の腕に巻きついていく。
「嘘……だよね? 私、ロアは優しい子だって知ってるよ」
「ニアは、メリーゴーランド…………好き?」
ロアはそう言うと、さながら指揮者のように右手を滑らかに振るう。
「え?」
すると突然、俺の目の前でニアが空中に浮かび上がり、グルグルと円を描きながら回り出した。そのメリーゴーランドな光景に、俺は思わず笑ってしまいそうになる。否、笑った。
「お、お前……くっ、うはっ! うっははははは!」
自分でも何がそんなに面白いのか分からないが、どうやらツボに入ったらしい。
俺が笑っている一方でニアはというと、回りすぎて酔ってしまったのか、メリーゴーランドからは元気が感じられなかった。
「ざまぁないな! 人に罪を着せようとした、当然の報いというやつだな」
と俺が高みの見物をしていたら、突然、俺の服の裾が引っ張られた感じがした。
悪い予感がする。
「あなたも…………メリーゴーランド……好き?」
「え……? お、俺はそんな好きじゃないかなー」
「………………ギルティィ」
「うお⁈ あ、ああああああああああ!」
現在、俺もニアと同じようにセルフメリーゴーランドなう。