第28話 「買い物」
ニアの、「次、早く入っちゃってね」の声で俺は目を覚ました。ニアとフィリアは風呂上りの一杯として、趣味の悪いジュースを二人してぐびぐび飲んでいる。ぐびぐび飲めるほど美味しいジュースじゃないだろうに。
…………俺の風呂上りの一杯は、水にしよう。そんなことを考えながら、脱衣所で服を脱いで、とりあえず風呂に入る。
「うはぁー」
風呂に入ると、今日一日の疲れが吹っ飛んでいくようだった。今日もよく頑張ったよ俺。
…………自分で自分を労っていても、虚しさだけが増していくな。まあ、給料日もそろそろだし、その時に財布の中のお金に自分の頑張りを労ってもらおう。ホールのストロベリーケーキ何円するのかな?
通貨の単位は、円じゃないだろうけど……。あまりにも高かったら、ホールのストロベリーケーキは諦めようかな…………。
なんて風にはいかないよなー。
《ヤッホー!》
「うえっ⁈ ぶっふぁッ!」
突如、可愛らしい声が聞こえたと思ったら、湯船に落ちてきた何かの衝撃で顔面に大量の湯がかかる。顔を手で拭って目を開けると、目の前に見た目がロシア少女である精霊が湯船に浸かっていた。もちろんスッポンポンでだ。
でも、別に興奮したりはしない。興奮したら、それは犯罪者だ。
ロリコンじゃない俺は勿論、興奮することはない。
《ヤッホー!》
「や、ヤッホー。……いつものことだが、えらくテンションが高いな。どうしたんだ?」
《…………特に用はないよ。強いて言えば、湯船に浸かってみたかった》
「そ、そうか」
一人で入るには少しばかり大きい湯船に、精霊と俺は向き合って浸かっている。
……なんなんだこの状況は。ロリ☆キラーの異名(妄想)を持つ俺でもなかなかに厳しいぞ。
とりあえず何かしら会話をして、場を盛り上げよう。飲み会とかの盛り上げ役はリア充の友達に丸投げしてたからな、俺にできるのか? …………いや、できるかできないかじゃない。
悩むな、俺なら乗り越えられる。
「精霊は性別の概念を待ち合わせてないらしいけど、雄か雌かでいくとどっち寄り? 答えによっては、俺のモチベーションが変わる」
我ながら、盛り上がらなそうな会話を展開してしまった。
《どっちかと言うと、雌なのかなぁ〜》
精霊は手で湯をバシャバシャしながら応える。
あのー、俺の顔にかかってますよ。
「雌かぁー。雌なのかぁー。やっぱり、雌だよなぁー」
思った通りこの話題では会話は繋がらなかった。俺が繋げられなかった。コミュ障ではないんだけどな。
《そういえば、決闘、勝ててよかったね》
唐突に、精霊が話題を切り出してくれた。
「ん、ああ。あの時はありがとうな。……一つ聞いていいか?」
丁度良いタイミングのため、『妄想』の魔法適性について聞いてみる。にしても、どうしてさっきこの話題を切り出していかなかったのだろうか。
「『妄想』でそこらへんの果物をリンゴに変えるだけで強烈な疲労感に襲われるんだけどさ、これって俺の魔力保有量が少ないから?」
《ごめいさつ! レイジの魔力保有量はそんなに多くないうえに、僕も魔力を対価として分けてもらってるしね。…………どんまい!》
そんな満面の笑みで言われても困るのだが。
「じゃあ、俺は魔法の授業とかどうすればいいの? みんなが魔法の授業のデモ戦闘をしてる時に、俺は隅っこの方で体育座りしてろってか?」
俺が置かれている状況が残念すぎる事実に、思わず声も大きくなってしまう。
《まあまあ、落ち着いてよ。本当に魔力が必要な時は、僕の力を貸してあげるからさ!》
「…………本当?」
《もちろん! 僕と君の仲じゃないか!》
精霊はグッと親指を立てる。
それなら良かった。ホッと一安心だ。目をウルウルさせながらの、「…………本当?」という迫真の演技のおかけだな。
そういえば、どうでもいいことだけど精霊、俺の前に姿を現しすぎじゃないか?
今だって、一緒に風呂に入っているわけだし。
契約時にしか姿を見せないっていうのはどこに行った。こうも姿を現してると、有り難みがあまり感じられなくなるな。まあ、この精霊のことだから、「面白そうだから」ってだけだろうけど。
《じゃあねー。また来るねー》
「じゃあなー」
精霊は俺の目の前から、スッと姿を消す。
けっこう時間が経っていたらしくて、俺の指がふやけていた。
「ういー、出たよ」
「長風呂だったね。……はいっ」
ニアから趣味の悪いジュースが入ったコップを手渡された。気持ちは嬉しいけど……。まあ、飲むけどさ。
部屋が静かだし、フィリアは自分の家に帰ったんだろうな。
「ねえ、レイジの部屋でこんなの見つけたんだけど……、借りていい?」
ニアがそう言って見せてきたのは、フィリア作の黒い刀身を持つ細身の直剣だった。
「うん。いいよ」
ニアが何に使うのかは知らないが、特に俺に使い道があるわけでもないから貸すぐらいいいだろう。それに、俺には相棒の木刀がいるしな。相棒が嫉妬したりしたら嫌だし。
まあ、そんなことはないだろうけど。
「えへへっ。ありがとう!」
「うおっと⁉︎」
剣が借りれたことがそうとう嬉しいようで、ニアは俺に抱きついてくる。何がそんなに嬉しいのかわからないが、…………どうでもいいか。
この熱いハグで、俺の部屋に勝手に入った罰は帳消しにしといてやろう。
◇◆◇
フィリアが街中の人に俺が、『ありとあらゆる果物をリンゴに変える』魔法適性の所有者だと言いふらしているらしく、『リンゴの魔術師』の異名を街の人公認で手に入れた今日この頃。
今日も俺はグリフさんの店に向かっている。
アルバイトを始めてから今日で二十日が経つ。仕事の方もだいぶこなれてきた。とは言っても、毎日カウンターに座っているだけなのだが。
どうやら仕事の依頼については魔法で連絡を取り合っているらしく、俺の出番は皆無らしい。それはそうとして、今日はアルバイトをしに行くわけではない。今日はなんと、初めての給料日だ。
これでようやく、ホールのストロベリーケーキが買える。
ロアに引け目を感じる日々も今日で終わりだ。やったね。
ドアを開け、
「おはようございまーす」
いつものように挨拶をして店の中に入る。
「はい、おはようございます」
珍しくグリフさんが工房から出てきていて、俺を出迎えてくれた。グリフさんは俺の顔を見ると、店の奥に行って茶封筒を持ってきた。
「お目当ての物は、これですよね?」
グリフさんから厚みのある茶封筒を受け取る。中に何が入っているか容易に想像できた俺は、さっそく茶封筒を開封する。
中から出てきたのは、数十枚の紙幣と数枚の硬貨だった。通貨の単位は、リギル。
リンゴが六◯リギルで売られていたのを見たことがあるから、
一リギルは一円といったところだろう。
そう考えると、この紙幣は一万リギルだ。
それが十二枚あるから十二万リギル……。
思わず顔がニヤけてしまう。でも、
座ってただけなのに、貰いすぎじゃないか?
本当にこんなに貰っていいのだろうか。
「フィリアの遊び相手になってくれたお礼でね、少しばかりオマケしてるよ」
困惑する俺の顔を見てか、グリフさんがそう言う。
グリフさんがくれると言うのだから、何も問題はあるまい。ありがたく貰っておこう。
「確か、ホールのストロベリーケーキを買うんですよね。私がいいケーキ屋を紹介しますが…………、どうしますか?」
「お、お願いします!」
俺はグリフさんの提案を快く承諾する。
実はストロベリーケーキを買う店の検討がまだついてなかったから、グリフさんの提案は素直に嬉しい。グリフさんはフィリアも連れて行くということなので、俺はニアも連れて行こうと思って屋敷に急いで戻った。
◆◇◆
俺はいつもの見慣れた街を、グリフさんとフィリア、ニアと一緒に買い物をして回っている。
「ひゃっほーう! お買い物、久しぶりだなー! …… ぶべぇっ!」
買い物に行くのが嬉しくてはしゃぎ回っていたフィリアが、躓いて転んだ。よく見えないが、足を軽く擦りむいてしまったらしい。
心配したニアがグリフさんより速く、慌ててフィリアのもとに駆けつける。
「だ、大丈夫⁉︎ 今、回復魔法かけてあげるからね」
ニアがフィリアの傷口に手を当てて回復魔法をかけると、傷口がみるみる内に消えて無くなった。
…………過保護だなぁ。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「もっともっと、お姉ちゃんを頼っていいからねー!」
感謝の印としてなのか、フィリアがニアに抱きつく。ニアは顔をニヤニヤさせながらフィリアとの抱擁を楽しんでいた。
この、ロリコンが!
俺はぜんぜん羨ましく思ってたりしてないんだからねッ!
「フィリアちゃん、服を買いに行こうか! あそこのお店に入ってみようよ」
ニアが近くの服屋を指差しながらフィリアにそう言った。
今日はロアにプレゼントする、ホールのストロベリーケーキを買いに来たんだけどな……。
まあ、でも、楽しそうだから良しとしよう。
「うん。行く!」
フィリアは元気良く承諾し、ニアと一緒に服屋に入って行く。女性用の服をメインに売っている店のため、グリフさんと俺、男二人組は店の外で待機だ。
「私が仕事の間フィリアの遊び相手になってくれて、本当にありがとう」
グリフさんは急にお辞儀をして、俺に感謝の言葉を述べてくる。
「あ、頭を上げてください!」
グリフさんは頭を上げると。真剣な顔をして、口を開いた。
「…………フィリアには親がいないんですよ。竜種襲撃で、フィリアの両親は亡くなってしまいましてね」
「っ!」
俺の驚きを他所に、グリフさんは話を続ける。
「私が引き取ったのですが、仕事上あまり遊ぶ時間が取れませんでね、あの子には寂しい思いをさせてしまいました。いつも寂しい顔をしていましたよ。でも、レイジくん、君がアルバイトに来てからあの子は変わったんです。毎日が楽しそうで、……よく笑うようになりました」
「そう……だったんですか…………」
「あの子にとって貴方は、兄のような存在だ。これからも、あの子を宜しく頼みます」
そう言って、グリフさんはもう一度深くお辞儀をした。
俺はなんて言えばいいか分からなかった。きっと、「任せてください!」の一言でも言えたらよかったのだろうけど、俺は言えなかった。
俺とグリフさんのとの間だげが、静寂に包まれる。
そんな、気まずくなってきた時だった。
「レイジ、ちょっと来てー。この服、フィリアちゃんに似合うかな?」
ニアが店のドアのところから俺を呼んだ。
「グリフさん、ちょっと行ってきます」
俺はその場の空気から逃げるように服屋の中にそそくさと入って行った。




