第26話 「お稲荷さん」
「ったく。あいつら、好き勝手にやりやがって…………」
結局、ホモの集団から逃げ切れなかったノンケの俺は、奴らに散々に身体を弄ばれて身も心もボロボロだ。更には、半分くらい残っていた弁当も全て奪われてしまったため、お腹が空いてきてしまう始末だ。
腹を空かせたままアルバイトに行きたくはなかったが、ロアにホールのストロベリーケーキを買ってやるためにも休むわけにはいかない。
俺は憂鬱になりながらも、今日も今日とて学園帰りにグリフさんの店に直行する。
……ああ、だるい。
ホモに散々に弄ばれて、もう俺の心がガバガバだよ。
特に、汗だくなガチムチにホールドされた時には、本当に昇天しかけた。
保健室のシャワー室を借りて汚れた身体を綺麗に洗い流しはしたが、未だにガチムチの匂いが取れてない気がする。
これはニアに頼んで、俺を抱きしめてもらうしかないな。
ニアに匂いを移したいとかではなく、ニアの匂いでガチムチの匂いを上書きして欲しい。
そういえば、ガチムチの匂いが前の席の男子生徒から少し漂ってきたことがあるけど、もしかして…………。
ちょうどグリフさんの店に着いたし、考えるのは止めよう。
「こんちわー、……うおっ⁉︎」
ドアを開けて店の中に入った瞬間、フィリアが俺の身体に飛びついてきた。
ほんのりとフィリアの体温が俺の腹から伝わってくる。
おいおい、これは何のご褒美なんだ?
確かに、アルバイトをしているうちにフィリアとの仲は良くなっていたけど、ハグされるほどの仲ではなかったはずだ。
色々とやらしい思考を俺が巡らせている時、ぐう〜っと腹の音が鳴った。
俺の腹からではない、フィリアの腹からだ。
「フィリア、腹空いてるのか?」
「じいちゃん、ずっと仕事で工房に籠りっぱなしで昼食つくってくれなかった」
「いや、でも……、グリフさんがフィリアを放置なんてしないだろ?」
「…………自分で昼食を作れって」
ずいぶんと鬼畜だな、おい。仕事で手が離せないのは分かるけど、レトルトとか色々とあるだろ?
…………あるのか?
まあ、俺も少し腹が空いているし、ちゃちゃっとフィリアの昼食を作るついでに俺の分も作ってしまおう。
ああ、泣くなフィリア。今すぐに作ってやるから。
「待ってろ、すぐに作ってやるからな」
「……う、うん。お願い、お兄ちゃん」
涙目になりながらフィリアが言う。
俄然やる気が出てきた。
さっきまで、「お腹すいただぁ? ったく、俺のお稲荷さんでも頬張ってろ!」なんて冗談を言おうか言うまいか考えてた俺をぶん殴ってやりたい。
ロリコンではない俺は、アルバイトを放り出して厨房に向かった。
「どうだ? 俺の『お稲荷さん』美味しいか?」
「……おいひい」
口いっぱいに俺のお稲荷さんを頬張ってしまい、言葉をうまく発せていないのが更にエロティックを加速させる。
少女が口いっぱいに俺のお稲荷さんを頬張っている、いい光景だ。
ふむ、もう一回聞きたい……。
「俺のお稲荷さん、美味しいか?」
「うまい!」
残念。口の中の俺のお稲荷さんは胃の中に入ってしまったようだ。もう一回聞きたかったが、これ以上するのは俺が俺を許せなくなるためここで終了。
またの機会を待つとしよう。
とりあえず今は仕事に集中しよう。とは言っても、俺は今日もカウンターに座っているだけなのだが。
「レイジは今日、何かある? ……無いよね?」
気づいたら、ペロリと俺の分のお稲荷さんまでたいらげていたフィリアが聞いてくる。
「いや、店の仕事があるだろ」
「いつもカウンターに座ってるだけなのに?」
うぐっ。なかなかに痛いところを突いてくる。
こんな楽な仕事で金が貰えてしまうことに罪悪感を抱いていた俺には、今のフィリアの言葉はかなりのダメージだ。
「い、一応、仕事だから」
グリフさんが座っているだけでいいと言うんだ。何も問題は無いはずだ。それに座っているのも結構疲れる。楽ばっかりでは……ない。
「ねえ、遊ぼー!」
フィリアが俺の横腹に抱きついてくる。
「え、いや、仕事だから」
遊んであげたいが、座っているだけとはいえあくまで仕事中の為、遊ぶわけにはいかない。
これ以上楽をしてしまったら、俺が罪悪感で押しつぶされてしまう。
「ねえー、遊ぼー!」
フィリアが更にぎゅーっと抱きついてくる。
あ、遊ぶわけには、い、いかな…………。
「仕方ないな。フィリア、何か果物を持ってきてくれ」
少女のおねだりには勝てませんでした……。
フィリアは不思議そうな顔をしながらも、俺の言った通りに何かしらの果物を持ってきてくれた。
「ふふ、今からこの果物をリンゴに変えるから、しっかりと見とけよ」
俺は果物を鷲掴み、そこらへんにあった布を果物の上にかぶせ、魔力を込める。
魔法陣はなるべく小さくして、一目で魔法だとバレないようにする。
そして、あら不思議、布をとったら何かよくわからない果物がリンゴになっているではないか!
「うぉおおっ! どうやってやったの⁈」
フィリアが興奮気味に尋ねてくる。
「これは俺の、『ありとあらゆる果物をリンゴにする』魔法を使ったのさ」
「……なんだ、魔法か。聞いたことない魔法だけど…………、なんかショボいね」
俺の予想していた反応と違って、フィリアはやれやれと肩をすくめている。
おい、神様! なんでもっとマシな魔法適性を俺によこさなかったんだよ!
折角かっこいいところを見せようと思ったのにさ、これじゃあ逆効果だよ。
どう責任を取ってくれるんだ。
まあ、この魔法を見せようと思った俺にも非があるわけだけど……。
「ああ、そう言えば抱きついた時、レイジの身体から筋肉質な男の匂いが僅かにしたんだけど…………」
「や、やはりか!」
あのガチムチの匂いは俺の予想通り、完全には取れていなかったようだ。
服はひん剥かれていたから、服に匂いが着くのはあり得ない。もっとよく身体を洗っておけばよかった。
……臭いって思われたかな?
俺がガチムチの匂いに悩んでいたら、気づけば俺の未来の義理の妹になるかもしれないフィリアは、店の奥で一人で本を読み始めていた。
全部、あのガチムチのせいだ。




