第22話 「ささやかなパーティー」
「くそ野郎って呼んで、本当にすまなかった!」
午後の授業が終わり、帰り支度を整えていた俺に、前に座っていた男子生徒が頭を下げて謝ってきた。
「いいよ謝罪なんて。気にするなって」
「本当か⁉︎ 許してくれるのか⁉︎ いやー、ヤクモは心が広いなー。やっぱり、ヤクモならニア様を任せられる!」
テンション高めな男子生徒に俺は愛想笑いを作って応じる。
テンション高い人は苦手だ……。
俺は愛想笑いをしながら、男子生徒に一つ疑問をぶつける。
「俺にならニアを任せられるって、どういうことだ?」
ちょくちょく周りのクラスメイトが言っていて、ずっと気になっていた。
「……ヤクモは知らないのか? 五年前の竜種襲撃のことを」
ドラゴンダイブ? …………ポ◯モンの技のことか?
「知らないんだが……。詳しく教えてくれるか?」
「わかったぜ」
男子生徒は一瞬考える素振りを見せたが承諾してくれ、懇切丁寧に四年前のドラゴンダイブについて教えてくれた。
空から竜が降ってきて、その竜が街や人々に被害を及ぼすことを竜種襲撃と言うこと。
五年前に空から降ってきて、街や人々を焼き払った邪眼の黒龍の存在。
そして、邪眼の黒龍から街や人々を守った末に犠牲となった、ニアの家族とメイド隊のことを。
「……そんなわけでさ、ニア様が直接関わったわけではないけど、俺達はニア様には頭が上がらないんだ」
「…………そんな……ことがあったんだな…………」
クラスメイトや周りの人が、俺がニアの隣にいることに不満を抱いた理由がようやくわかった。街を守った英雄の娘の隣に、ひょろくて脆そうな奴(俺)がいたんだ、不満が出るのは当たり前だ。
「でもさ、お前みたいな奴がニア様の隣にいれば、俺達は安心だよ。あの時のお前、すごくかっこよかったぜ」
男子生徒はそう言って立ち上がり、「じゃあな」と残して去っていった。
(俺も帰るか)
そう思い教室を出たら、ミラ先生に呼び止められた。
どうやら療養ということで、俺はもう一日保健室で過ごさないといけないそうだ。
そういうわけなので、俺は保健室に向かった。
保健室にシャワーが設置されていることと、食事はミラ先生が弁当を持ってきてくれたため、特に不自由なく体を休めることができた。
ミラ先生が弁当を持ってきてくれた時に、レグザイアがどうなったか聞いたのだが、先生が言うには、レグザイアは家名を汚したということで自宅謹慎中らしい。
……ごめんな、レグザイア。
あと、レグザイアはラストネームで、ライゼルがファーストネームだと言うことをこの時初めて知った。
まあ、どうでもいいか。
「今日から家に帰っていいよー」と保健室に来たミラ先生に言われた俺は、学校で授業を受けた後、夕方頃にニアの屋敷の前に来ていた。
「ただいまー」と俺はドアを開ける。
俺が中に入った瞬間、パッーンッ! とクラッカーの音が鳴り響いた。
ポカーンと口を開けて暫し放心。
そのあと冷静になり、周囲を見渡す。
目の前にはニアがいた。
冷静にはなったがまだよく状況を把握できていない馬鹿面な俺に、ニアは言った。
「レイジの勝利を祝して、パーティーしよ!」
◇◆◇
パーティーはニアと俺の二人でささやかながらも、盛大に行われた。
テーブルには豪華な料理がずらりと並んでいる。
その中には俺が教えたオムライスやハンバーグ、肉じゃがもある。
どれも美味しそうだ、ジュースは相変わらず趣味の悪い色をしているが……。
「かんぱーい!」
「か、乾杯」
ニアがグラスを持ち上げ、俺のグラスにこつんと当てる。
「怪我はもう治った?」
ニアが心配そうに俺に聞いてくる。
「ああ、一日寝れば傷痕まで綺麗さっぱり無くなってたよ」
ミラ先生に聞いた話だと、保健室に運び込まれた俺の身体には無数の火傷痕があったそうだ。
火傷程度で済んだのは、あの戦闘服のおかけだろう。
にしても、火傷痕を綺麗さっぱり消すなんて、この世界の回復魔法は凄すぎる。
「そういえばレグザイアさん、自宅謹慎だっけ?」
「そう言ってたな…………」
「まあ、最近調子に乗ってたし、ちょうどいいんじゃない?」
そう言って、ニアはケラケラと笑う。
「お前なぁ…………」
俺は決闘を思い返した。
あの決闘は、本来ならライゼルが勝っていた。
(…………ライゼルが勝っていたら、俺は今頃、棺桶の中だろうけど)
あの時の俺は少し反則のようなことをした、もとい反則的なことをさせられた。
あの決闘で精霊が俺の木刀を直した時、俺の身体の中にかなりの量の魔力が入ってくるのを感じた。
精霊がきっと俺に魔力をくれたのだろう。
これは俺の推測だが、精霊があの時に魔力を与えてくれなかったら、『妄想』で木刀にデュランダルの幻想を纏わせることは叶わなかったはずだ。
一つの果物にリンゴの幻想を纏わせただけであの疲労感だしな…………。
「ぬぬぬ、せっかくのパーティーなんだから小難しい顔をしないの!」
ニアにほっぺたをつねられた。痛い。
「それはそうと、どうやってレグザイアさんの魔法を防いだの? 見た感じだと、光っている剣で魔法を切り裂いてたんだけど…………」
興味津々な眼差しを俺に向けてくる。
言うか言うまいか迷ったが、特に隠す理由もないので正直に話す。
「俺の魔法適性『妄想』のおかげだよ。あの剣もこの魔法で作り出した」
「やっぱり魔法適性ちゃんと持ってるじゃん! それで、聞いたことない魔法だけど、どんな魔法なの?」
「幻想を纏わせる魔法だな、例えば…………」
俺はテーブルの上に置かれている、あの禍々しい果物を手に取って『妄想』を使う。
すると、禍々しい果物はリンゴの幻想を纏ってリンゴとなった。
当然、俺は強烈な疲労感に襲われる。
「おお! もう一回やって」
ニアは驚きながら、俺に無慈悲にもアンコールを求めてくる。
たぶん、『妄想』を使って疲労感に襲われている俺の顔色は良くない筈なんだけど………気づいてるよね⁈ 鬼かお前は!
「今日はもう無理。……疲れた」
「なら、また今度見せてね〜」
ニヤニヤしながらニアが言ってくる。鬼だよお前は!
この後、俺とニアは趣味の悪いジュースを片手に、学園の話やネードルト夫妻の夜事情についての話、ニアがレグザイアのランチのお誘いを断り続けた話、そして俺の故郷の話をして盛り上がった。
そのあと、疲れて寝てしまったニアを起こさないように静かに寝室まで運んでやってから、俺も自身の寝室で横になっている。
(…………明日は何をしようかな?)
今の俺は、異世界で生活することへの活力に満ち溢れていた。




