第20話 「決闘」
『えー、遅くなりましたが、これよりヤクモ・レイジとライゼル・レグザイアの決闘を始めたいと思います』
この放送が響くと、闘技場内は静まり返る。
今か今かと、全ての生徒が息を飲み待っていた。
かたやエリート貴族。かたや異世界無一文。
「始め!」と、静寂を切り裂いて上げられた野太い声が、俺とレグザイアの決闘の口火を切り、戦闘の火蓋が落とされた。
(先手必勝)
俺は木刀を下段に構え、レグザイアに突貫する。
遠距離では攻撃魔法を持たない俺には勝ち目がない。
そのため、一気に距離を詰めて近距離で戦う作戦だ。
「まあ、そうくるだろうね」
そう来ることを予測していたかのようにレグザイアは言う。
そして、間合いがいよいよ一メートルという時、レグザイアは俺の目の前から…………消えた。
「なっ⁉︎」
突然に忽然と目の前から姿を消したレグザイアに驚きを隠せない。
「だから言っただろう。君は僕に近ずけないと……」
その声が聞こえ、声の方を振り向くとレグザイアは俺の後方数メートルの位置に立っていた。
(これがロアの言っていた飛行魔法の第三段階、『歪』か……)
飛行魔法の第三段階『歪』は、空間を歪ませて移動したい場所までの距離を縮めて移動する魔法。言ってしまえば、超高速で移動しているということだ。
肉眼では到底捉えることはできない。
しかし、対処のしようがないわけではない。
(……まだ、まだやれる)
伊達に昨日一日中ロアと一緒に特訓していたわけではない。
俺には考えがあった。
『飛行』の魔法適性を持つロアに、『歪』の欠点をあの特訓中に教えてもらっているからだ。
ロアの言っていた『歪』の欠点、それは移動しているということ。
このことを踏まえて作戦を練り、俺は再びライゼルに突貫する。
「はあ〜、君も懲りないなぁ」
レグザイアは突貫してきた俺との距離を置くために、再び『歪』を使う。俺の目の前からレグザイアは消え、そして振り向けば再びレグザイアは俺の後方に立っていた。
俺はさらに馬鹿みたいに突っ込む。
何も無策で突っ込んでいるわけではないが。
「……またか。芸が無いなぁ」
呆れたようにそう言ったレグザイアが再び『歪』で後方に移動したのを確認し、俺は更に木刀を構えて突貫する。
(移動ルートの予測完了。レグザイアの『歪』発動まで、あと四秒)
俺は心の中でタイミングを計る。
何度もの突貫で、もう情報は十分に集まっていた。
四、
三、
二、
「さすがに飽きてきたよぉ〜」
…………一、
ライゼルが再び『歪』を発動した瞬間、俺はあらかじめ予測しておいたレグザイアの進行方向の直線上で木刀を横薙ぎに振り抜く。
振り抜くと同時に、木刀に軽く手応えを感じた。
「……があッ⁉︎」
振り返ると、後方には脇腹をおさえながらながら呻き、地面に転がっているレグザイアがいた。
肉体へのダメージは結界の力で仮装ダメージに変換されるが、教育上ある程度の痛みは変換されないようになっている。
そのことを理解した上で痛がりすぎだと俺は思ったが、今はそんなことどうでもいい。これで、チェックメイトだ。
「ど、どうして⁈」
両手で脇腹をおさえながらくぐもった声で聞いてくるレグザイアに、俺は淡々と答える。
「『歪』は高速移動というだけで、移動していることに変わりない。後は、タイミングを合わせただけだ」
『歪』は高速移動しているだけ、決して転移などでは無い。つまり、攻撃が当たる。そこで俺は何度もレグザイアの移動先を観察し、移動ルートを割り出し、タイミングを計り、レグザイアの『歪』発動のタイミングに合わせて木刀を振り抜いたというわけだ。
「悪いな、俺の勝ちだ」
俺は木刀を上段に構え、レグザイアを足でおさえつけ固定し、木刀を勢いよく突き立て…………られなかった。
レグザイアが予想以上に暴れたせいで狙いが定まらず、木刀はカツンっと床と衝突する。
「僕に負けは認められ無い。認められ無いぃぃぃッ!」
カサカサと台所に現れる黒い何かを彷彿とさせるような奇妙な動きで俺から距離をとるレグザイア。
呼吸が荒い。
「ふひっ、これで終わりにしてやる…………」
そう言ってレグザイアが作り上げたのは、五つの魔法陣。
(……くるか、あいつの得意魔法が)
俺は身構え、手のひらに魔力を集中させる。
「ふははは、終わりだぁぁぁッ!」
五つの魔法陣から放たれる雷魔法。魔法の規模からして第三段階『サンダーボム』だろう。
逃げ場が無いと悟った俺は手のひらの魔力を開放し、猛特訓の成果である魔術障壁を目の前に作りだす。
「ぐうっ……」
魔術障壁に、『サンダーボム』が衝突する。
……防ぎきれない。
そう直感した瞬間。
魔術障壁はあっけなく砕け散り、雷が俺の身体を飲み込んだ。
「ぐっ、がああああああああッ!」
内側から身体を食い破られているかのような激痛が身体に走る。
口から血が滴り、地面に赤い斑点模様を描いた。
(…………血?)
肉体へのダメージが仮装ダメージに変換されるこの空間においては血が出ることなどあり得ない。
唇を自分で噛んだとも考えたが、流血量が多いことから考えられない。
(…………結界内の魔法が機能していない?)
考える内にこの結論に達していた。
観客も気づいていると思い観客席を見渡すが、観客は誰もこの事態を指摘する様子を見せない。
レグザイアと俺の戦闘を見て興奮状態にある観客は、この異変に気がついていないようだ。
◇◇◇
(…………おかしい)
ライゼルの魔法をくらった怜治の痛がりようが尋常ではないのを見て、ニアはそう思っていた。
怜治のことをずっと見ていたニアは、怜治が血を流す瞬間を見ていた。
教育上ある程度の痛みは変換されないようになっているが、口から血を流す程の痛みはある程度の痛みの度を越している。
(……結界内の魔法が機能していない)
その考えが頭の中に浮かんだ瞬間、ニアは決闘を取りやめさせるために走り出していた。
◇◇◇
レグザイアはこの決闘が遊びだと言わんばかりに、雷魔法の第二段階『サンダーランス』を俺に飛ばしまくってくる。
「くそっ!」
俺は身体に走る激痛に耐えながら、迫り来る魔法を避け続けているが、ジリ貧になるのは目に見えている。
どうすれば…………。
そう思った時。
《やっほー。元気してる?》
少し甲高く、それでいて可愛らしい声が俺の思考に響いてきた。
「……精霊か?」
姿こそ見えないが、俺には聞き覚えのある精霊の声だった。
《そうだよ、久しぶり。……見たところ元気なさそうだね》
「ちょっと危険な事態になってな」
迫り来る魔法を避けながら、俺は精霊と会話を続ける。
《うーむ、少し力を貸すよ。……こういうのは反則なんだけど、君の魔法適性を教えてあげる》
「お、俺の魔法適性がわかるのか?」
予想外な精霊の言葉に、俺は思わず食いついてしまう。
《君の魔法適性は『妄想』。かっこよく言うなら、〈ファントム〉》
「ファ、ファントム?」
(ま、まあ。元の世界で高校生だったわけだし、妄想の激しいお年頃なわけで…………妥当かな……)
魔法適性が『妄想』であることを不思議に思いはしたが、今はそれを受け入れる他ない。
《これは君の思い描いた幻想を、媒体を経由して異なる世界から召喚する、君の妄想を現実にする魔法だよ。……おっと、危なそうだから僕はもう行くよ。……しっかりと、僕を楽しませてね。あと、これはおまけ》
ライゼルの魔法でボロボロになった木刀が、綺麗に元どおりに直り、俺のボロボロだった体も僅かに回復した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!それで、俺はどうすれば……」
そう必死に呼び止めるも精霊は行ってしまったようで、俺が呼び止めようと声を発した時には、精霊の気配を感じなくなっていた。
「そろそろ、余興は終わりにしようか」
前方からレグザイアの声が聞こえ、俺は前を向く。
「…………嘘だろ?」
そう言葉をこぼす俺の目の前には、目をみはるほどの巨大な魔法陣が空中に浮いていた。
「君に敬意を表して、今もてる僕の全力をお見せしよう!」
レグザイアの全力、それは雷魔法の第四段階『サンダーストーム』のことを意味する。ロアから事前に、レグザイアが第四段階の魔法をつかえることは聞いていた。
レグザイアが慢心を抱き第四段階魔法を撃たない間に決着をつけたかったのだが、無理だったか。
範囲魔法なため、俺に逃げ場はない。
結界内の魔法が機能していない今、この魔法をうけた瞬間に俺の身体は四散することだろう。
俺自身、バラバラになった自分の身体が容易に想像できた。
(…………終わった。グッバイ、ニア。そして、ロア)
そう覚悟を決めて目を瞑った時だった。
普段よく耳にしている声が、俺の耳に届いた。
「勝手に私の近くから離れるなんて、絶対に許さないんだからぁぁぁああああああああッ!」
観客席から身を乗り出したニアが、精一杯声を出して俺に叫びかけていた。
(どうしてそこにいるんだ?)
疑問に思ったが、そんなことはどうでもよかった。
「なにやってんだ俺は。勝手にニアのそばから離れない、そう約束したじゃねえか。…………まだ、終わっちゃ駄目だ!」
俺は目を閉じて木刀を下段に構える。
精霊は言っていた。
俺の魔法適正『妄想』は、俺の妄想を現実にすると。
(…………力が欲しい)
だとしたら、俺が思い描くものは、圧倒的な力。
目を見開き、木刀を握る両手にありったけの魔力を込める。
媒体とするのは、この木刀。
目の前では、レグザイアの魔法陣に複雑な文字列が組み込まれていっている。俺には到底理解できない難解な文字列だ。
……それがどうした。
文字列の組み込みが完了したのか、魔法陣は眩い輝きを放つ。
そして、
「さあ、喰らい尽くせ! 僕の雷!」
レグザイアの言葉とともに『サンダーストーム』は魔法陣から放たれ、膨大な質量の雷魔法が迫ってきた。
(想像以上だ、でも……俺ならやれる)
俺が思い描いた幻想は、伝説として語り継がれる聖剣。
この世の全てを切り裂く聖剣。
その聖剣の名は万物両断、
「デュランダル!」
俺は狂ったように猛り叫び、眼前ひ迫る膨大な質量を有した雷魔法に向けて横薙ぎにデュランダルを振り抜く。
「おおおおおおおおおおおおらァァァァアアッ!」
直後、万物両断と謳われるデュランダルは、俺の期待通りにレグザイアの魔法を見事に斬り裂いてみせた。
斬り裂かれた『サンダーストーム』は俺を避けるようにして左右に分断され、後方に着弾し爆発する。
「なっ、ぼ、僕の全力だぞ⁉︎」
自らの全力が破られたレグザイアが狼狽えた。
俺はその隙を見逃さない。
デュランダルの幻想を纏った木刀を放り出し、ライゼルに突っ込む。
「これで…………、終わりだぁああああああああ!」
俺は拳を固め、助走の勢いを乗せてライゼルの鼻っ柱をを、力任せにぶん殴る。
殴られたライゼルは鼻血を流しながら数メートル先まで吹っ飛び、糸の切れた操り人形のように動かなくなった。
一瞬。ほんの一瞬、闘技場は静まり返るが、次の瞬間。
『ワァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!』
歓声が迸った。
周りで見ていた生徒達が、この白熱した戦いの興奮を爆発させた瞬間だった。
惜しみない拍手が血戦場を包み込む。
「やっ、やった…………」
自分にかけられた盛大な拍手と歓声で、ようやく俺は自分の勝利を理解することができた。
「…………やったよ、ニア」
そう呟き終わるとともに俺の身体は崩れ落ち、視界が歪み、意識は深い闇の底に落ちていった。