第19話 「血戦場」
「んあっ⁉︎」
よくわからないリズムのチャイムが六時限目の終わりを告げるとともに、俺は目を覚ました。
(…………寝すぎたかな?)
椅子から立ち上がる際に、身体が重く感じる。
決闘に向けての英気を養うために、一時限目から六時限目までを睡眠時間に費やしたのにこれでは逆効果だったな……。
とりあえず、身体を伸ばすために大きく伸びをする。
いっそのことストレッチもしてしまおうと考えた俺は、床でストレッチを始めることにした。
アキレス腱をほぐしていた時、教室の隅にいた二人の女子生徒の会話が耳に入ってくる。
「ほら、早くしないと席が埋まっちゃうよ!」
「わ、わかってるよ〜」
…………席が埋まる?
不思議に思った俺はビッチ二人に声を掛けようとするが、声を掛けようとした時にはビッチ二人はすでにいなかった。
そもそも話しかけたところで、嫌われている俺は無視されること必須だろう。
悶々としながらもストレッチを終えた俺はカバンを持ち、金髪碧眼のイケメンが待つ〈血戦場〉に向かうために教室を出る。
「…………」
教室の外に生徒は一人もいなかった。いつも賑わいを見せていたのに何故だろうか?
…………今日はみんな帰りが早い日なのかもしれないな。
俺は人気の無い静かな廊下を不審に思いながらも、〈血戦場〉を目指した。
「やっべ…………。迷った」
教室を出てから三十分が経つが、未だに俺は〈血戦場〉に到着していなかった。
俺が方向音痴なのではなく、この学園が広すぎるが故だ。
こんなに広いなら、まだこの学園をよく把握できていない俺が迷ってしまうのも無理はない。
誰かに学園案内をしてもらえれば話は別だったのだろうが、なにせ俺は周りから酷く嫌われている。
進んで学園案内を俺にしてくれる生徒などいなかった。
ニアは、「頑張って友達を作れ」と言って、俺に学園案内してくれないし、ロアは帰るのがめちゃくちゃ早い。
打つ手がないので、仕方なく無心で歩く。
(…………やっぱり、今日はみんな早く帰りたい日なのかな?)
「……あっ」
人っ子一人としていない廊下を歩きながら、そう考えていたら、前方にミラ先生を見つけた。
俺は逃しまいと、全速力でミラ先生に駆け寄る。
「…………あれ? ヤクモ君、決闘はどうしたの?」
「えっと、〈血戦場〉が何処にあるのか分からなくて…………」
「ああ、そういうことですか。先生も今から向かうところだったので、ちょうどよかったですね」
…………なんで決闘のことをミラ先生が知ってるんだ?
「ミラ先生、俺が決闘をするなんて誰から聞いたんですか?」
ミラ先生の後をついて行きながら、俺は尋ねた。
「学園の掲示板に書いてありましたよ。……見てないんですか?」
学園の掲示板があるなんて初耳だ。
ミラ先生、俺のことを放置しすぎてませんかねぇ?
(ん⁈ 学園の掲示板に書いてあるってことは…………まさか……)
「はい、〈血戦場〉に着きましたよー」
ミラ先生はそう言って、重そうな鉄の扉を開く。
鉄の扉の先に広がっていた光景に俺は思わず目を見開いた。
「…………まじかよ。ははっ……」
目の前の凄すぎる光景に口から微笑が漏れる。
どうやら、俺の予想は的中してしまったようだ。
俺の目の前に広がる闘技場の観客席は、学園の生徒や教師で溢れかえっていた。
◇◆◇
「遅いんだよ!」「何様のつもりだぁ!」
「時間返せ!」「早くしろ、くそ野郎!」
俺の遅めの登場に闘技場内からブーイングの嵐が起こる。
(特に時間指定はされてないんだけどなぁ…………)
何処に行けばいいのか分からなくてあたふたしていたら、後ろから金髪碧眼のイケメンが声をかけてきた。
「やあ、遅かったね」
「……お前、詳しい時間指定してなかったよなぁ⁈」
「おっと、それは悪かったよ」
と言いながらも、金髪碧眼のイケメンは反省するそぶりは見せない。
「……その細長いのは何かな?」
金髪碧眼のイケメンは俺が手に持っている木刀を指差して言った。
「木でできた剣だよ。別にこれくらいのハンデは構わないだろ? 」
「……まあ、よしとしよう。どうせ君は僕に近ずけないから、特に意味は無いだろうからね」
この余裕な態度がムカつく。
ニアが挑発に乗ってしまうのも無理ない。
「……随分と余裕なんだな」
「君に負けでもしたら、レグザイアの名に泥を塗ることになるからね。僕には負けが許されない」
…………こいつ、レグザイアっていうのか。
「あそこの準備室で、戦闘用の服に着替えてくれ」
そう言ってレグザイアが部屋を指差すので、俺はそこに向かった。
俺が準備室の中に入ると、すでに先客が二人いた。
ニアとロアだ。
「遅い!」
「…………遅い!」
二人は俺を見ると文句を言ってきやがった。
(そもそも、ニアが学園案内をしてくれればこんなことにはならなかったのに)
声に出したら右フックをもらいそうなので、心の中にとどめておく。
「はいっ」と言って、ニアが戦闘用の服を手渡してくる。
「…………恥ずかしいから、ちょっとあっち向いててくれ」
脱ぐのは恥ずかしくないけど、着替え風景を見られるのって恥ずかしいと思うんだ……。
「……まったく、緊張感がないんだから」
ニアはそう言いつつ、どっか別の方を向いてくれた。
ロアは凝視していた。
特訓の件もあってか、ロアに見られるのはそこまで恥ずかしくなかったので特に気にしない。
「よし、着替え完了」
戦闘用の服は着心地がよく、これまた青と黒を基調としたデザイン性はセンスがあった。
ピチッとした服ではなく、半袖と長ズボンで…………なんか凄くいい。
俺が服の着心地の良さに胸を躍らせていたら、「おいヤクモ、時間だ」と呼ばれた。
刑務所での面接の時間終了を言いにくる感じだな、と意味分からないツッコミを心の中で入れながら俺は歩みを進める。
「負けるのは許さないけど、あんまり無理はしないでね」
「………………頑張れ」
ニアとロア、美少女二人がエールを送ってくれる。
俺はそのエールを無下にすることがないよう、気合を入れて闘技場の中に足を踏み入れた。
湧き上がる歓声の中、俺とレグザイアは闘技場の中央で向かい合うようにして立っている。
(頑張ろうな、相棒)
俺の木刀を握る手に、熱がこもる。




