第17話 「特訓」
金髪碧眼のイケメンに決闘を申し込まれてから次の日。
俺とロアはニアの屋敷の庭にいた。
決闘を申し込まれた俺は学園を仮病でサボり、授業免除のロアに決闘に向けての特訓に付き合ってもらっているわけだ。
「私も特訓に付き合う!」とニアも言ってくれたけども、お嬢様なニアに学園を休ませるわけにはいかないので、ニアにはいつも通り学園に登校してもらっている。
ロアは授業免除だから問題ない。
にしても、どうして俺が決闘しないといけないんだろうか?
正直なところ、俺は戦いたくない。
あの金髪碧眼のイケメン、噂ではかなりの強者と聞いている。俺が一日特訓したところで、どうこうなる相手ではない。
ボロボロになる自分の姿が目に浮かぶ。
「…………手が止まってる!」
「す、すまん!」
ロアから説教が飛んできて、俺は再び魔術障壁を構築する。
だが、ほんの数秒で俺の魔術障壁は弾けて壊れる。
「…………魔術障壁をしっかり構築できないと、あいつには対抗できない。真面目にやって」
「やってるよぉぉ!」
自分の才能のなさを悔やみながら、俺は悲痛な叫びをあげる。
ロアが言うには、この『魔術障壁』は初歩の初歩らしく、ロア自身は数秒でマスターしたらしい。
俺はと言うと、朝から始めて休憩込みで四時間が経っているが一度も成功していない。それでも、少しづつではあるが成長はしている。
もう少しで成功しそうなのだが、何かが足りないといった感じだ。
それで、この『魔術障壁』というのは文字通りに、魔術で作るバリアだ。『魔法適性』に関係なく、魔力の持つ人なら誰でも作れるものらしい。
魔法による攻撃を防ぐことができるから、魔法の撃ち合いになるであろう決闘では『魔術障壁』が作れないと対抗できないということだ。
「ああああッ! また壊れたぁ!」
俺の目の前から、魔力で作り上げた魔術障壁が儚くも弾け散る。失敗したのはこれで何回目だっけな?
「…………真面目にやってるの?」
才能の無い俺に冷たい視線を向けながら、ロアはため息混じりに言った。
「だから…………。これでも真面目にやってるよぉぉぉぉッ!」
ロアの提案もあり、特訓の休憩がてら昼食をとることになった。昼食のメニューはロアの要望でオムライスだ。
デザートは二種類のケーキ。
色的にチョコレートケーキと、色的にストロベリーケーキみたいな何かだ。
ロアはストロベリーケーキみたいな方を好きと言っていた。
「…………レイジには魔法をもっとよく知る必要がある。まずは自分の『魔法適性』を知ることから始める」
ロアがオムライスを食べながら俺に言う。
「……手のひらを上に向けて、魔力を少しだけ集中させて」
ロアにそう言われ、『魔法適性』と言う意味わからん言葉を不思議に思いながらも、俺は手のひらに魔力を集める。そうすると、俺の手のひらがライトブルーの光を帯びていく。
ロアは俺の手首を掴み、ロアは自分の見やすい位置に俺の手を持っていく。
そして、いつの間にかにもう片方の手で持っていた本と俺の手のひらを交互に見る。
何度も交互に見る。
「…………あのー、何をしてるんですかね?」
「……………」
敬語で聞いたのに無視された。
無視されたから、嫌がらせとしてストロベリーケーキもどきを食べちゃう。
ロアはまだ本と手のひらを交互に見ている。
「なあ、ロア。いったい何を見てるんだ?」
「…………ない」
「何が?」
反射的に俺は答える。
たぶん、ストロベリーケーキもどきのことだろう。
問い詰められたら黙秘権を行使するとしよう。
「『魔法適性』が………ない」
…………あれ?
俺の予想とは全く違ったようだ。
いや。予想が外れたとかそんなのはどうでもいいことだ。
『魔法適性』が無いのは、ひょっとしてかなり不味いんじゃないか……?
「『魔法適性』がないって、どうしてだ?」
「…………わからない。でも、本に載ってないだけだから、一概には無いとは言えない」
「つまり俺に魔法適性があるか無いかは、神のみぞ知るってことか?」
「…………そういうこと」
まだ俺に魔法適性が無いと確定したわけではないことを知って、ひとまず胸を撫で下ろす。
「そもそも『魔法適性』って何なんだ?」
「………………無知なの?」
「仕方ないだろ、この世界にきて日が浅いんだから」
「……仕方ない。ちょっと見てて」
ロアは俺の方に向けて手をかざす。
コバルトブルーの光がロアの手に集まり、瞬時に魔法陣が形成される。
「…………私の好きなストロベリーケーキを食べた罰」
「ごめ…………げふっ!」
(やっぱり、ストロベリーケーキだったか……)
俺の口から謝罪の言葉が出るよりも早く、ロアの魔法陣から放たれた小ぶりな氷塊が俺の腹部に着弾する。
意識は飛ばなかったが、目から水が出るぐらい痛い。
でも、意識は飛ばなかったし、俺の身体はこの世界にきてから丈夫になっているのかもしれない。
「……今のが私の持つ魔法適性の一つの、『氷』」
「じ、実演ありがとう……ございま……す。お腹痛いです」
「……魔術障壁を作ればよかったのに」
「作れないの! くぅ、お腹痛い」
お腹は痛いし、魔術障壁は作れないしで辛い。
異世界に召喚された人間は最強魔法を使えるって相場は決まってるのに、なんで俺は使えないんだよ。
「……魔法適性で使える魔法が決まる。『炎』の魔法適性を持たない私は、絶対に炎魔法を使えない。魔法適性の所持数は普通の人で一つ。かなり才能ある人でも二つ。三つ持つ人は本当に少数。四つ以上持つ人は歴史上にも一人もいない」
ロアがペラペラと魔法適性についての説明を始めた。
「へー。じゃあ、ロアは何個持ってるんだ?」
「『氷』と『飛行』の二つ」
「ほーう、ロアはかなりの才能の持ち主ってことか」
「…………そ、そんなことはない」
とロアは言いつつも少し嬉しそうにしているあたり、まんざらでもなさそうだ。
こほんっと一つ咳払いをしてから、ロアは魔法適性についての説明を再開する。
「……魔法陣を作る際に使用した魔力量と、魔法陣の複雑さで威力と魔法の名称が変化する。例えば『ファイア』から派生する次の段階の魔法の名称は『フレイム』になる。次は『ボルケーノ』。その次は、『イグニス』その次は『ヘル・フレイム』。最後に『インフェルノ』に行き着く。魔法の段階が上がるごとに、失敗した時のリスクは大きくなる」
…………何やら凄い話になってきた。
まあ、魔術障壁すらまともに作れない俺にとっては、夢のような話だが。
(ゼニガメが成長して大きくなったら、ミドリガメって呼ばれるようになるのと同じ感じか)
ふと、これまでのロアの話を聞いて俺は違和感を感じた。
…………詠唱はしないのか?
俺の世界では魔法と言ったら詠唱がつきものだが、さっきから頻繁に聞くのは魔法陣という言葉だ。
「炎を司る神よ、我に力をお貸しください!」とか、そんな感じのことを言ったりしないのだろうか?
やっぱり魔法には詠唱がつきものだと思うのだけれど…………。
「詠唱はしないのか?」
モヤモヤして夜が眠れなくなりそうだから、ロアに聞いてみる。
「…………詠唱は古い。今の時代の魔法は魔法陣から発動するのが基本。だから、詠唱が必要なのは古代魔法ぐらい」
一応、詠唱という概念は存在するのか。
図書館で、古代魔法が使われていた時代の文献でも探してみようかな。
「…………ストロベリーケーキが食べたかった」
ロアが渋い顔をして、色的にチョコレートケーキみたいなケーキを口に運ぶ。
悲しそうな表情のロアを見て、胸がとても苦しくなる。
ストロベリーケーキを今すぐに買ってきてやりたいが、あいにく無一文なので買いに行けない。
(なんか、すまんかった)
これを機にバイトでも始めようかな…………。