第16話 「取り合い?」
怜治が猛ダッシュしている同時刻、クロロア・エスペディートは登校していた。
「おはようございます」
クロロアは眠たげに目をこすりながら、教室に入るや否やそう言った。
クロロアは自分の席に着く。そして、辺りを見回して気づく。
教室にほとんど人が残っていない事に…………。
それもそのはず、すでに今日の授業は終わっているのだから。
しかし、そのことに気づいているのかそれとも気づいていないのか、無表情のクロロアはおもむろにカバンから本を取り出して読み始める。
本の題名は『薔薇香る鬼畜教師のセクシャルレッスン』。
鬼畜教師は女性ではない。
かと言って、レッスン対象も女性ではない。
つまり、男と男が濃密に絡み合う、ボーイズラブ小説だ。
クロロアは頬を少し赤くしつつも、食い入るように読んでいる。
(…………すごい)
今まで読んだ本にない描写に、クロロアはごくりと生唾を飲み込む。
しかし、真剣に呼んでいるがこの本はクロロア自身の蔵書ではない。
借り物だ。
『世界の真理を知ることができる』などと、友人に上手く口車に乗せられて借りてしまった本だ。
(…………これが真理)
ペラペラとページをめくるスピードが速くなる。
少々興奮気味なのがわかる。
そして本の中では、話はクライマックスにさしかかっていた。
鬼畜教師が美少年を押し倒し、美少年の中の新たな扉を開こうとしている。
『美しさとは罪だとは思わないか? ああ、君は美を背負った咎人だ。その罪を、私の口で清めて差し上げよう』
『そんな、せ、先生、ダメ……ですよ……こ、こんなとこで』
クロロアが顔を紅潮させながら、次のページをめくろうとした時だった。
「俺が何をしたというんだぁぁぁぁぁッ!」
廊下から、クロロアの聞き覚えのある声が聞こえてくる。
絶賛逃亡中の怜治の声だ。
ロアは怜治の声を聞くやいなや、本を放り出して、廊下に出る。
ただ少し興味があっただけであって、ボーイズラブはロアの趣味ではないのだ。
「おっ、ロアじゃないか。どうしたんだ?」
怜治はそう言いながら、クロロアの前をダッシュで通り過ぎる。
ロアはすかさず『飛行』の魔法陣を展開させ、飛んで怜治を追いかける。
「…………どうしたんだ?はこっちのセリフ」
「うおっ⁈ お前飛んでるぞ⁈ 」
空を飛ぶロアに怜治は驚愕を隠せない。
怜治のもといた世界には、空飛ぶ人間などいないのだから無理もない。
「……こっちの世界では、普通なこと。それで、何があったの?」
「俺が金髪碧眼のイケメンの機嫌を損ねたらしくてさ、逃げてんの」
「……どんまい。健闘を祈る……」
ロアは親指を立てながら、全てを悟ったかのような口ぶりでそう言って、怜治の近くから逃げるように離れていく。
「え、待って⁈ ちょっと、待って⁈」
ロアの意味深な言葉を不思議に思った怜治は、ロアを呼び止めようとするが、ロアの姿は忽然と消えていた。
(……とりあえず、ニアに助けてもらおう)
怜治は走りながら、そう考える。
なんとも不甲斐ない話だが、相手が貴族である以上、怜治は何もできない。
目には目を、貴族には貴族を。
ニアにあまり迷惑をかけたくない怜治だが、こればかりはどうしようもない。
早速、怜治はニアを探すことにするが、そんな時間など残っていなかった。
「やあ、また会ったね」
どこからか突然に声が聞こえ、怜治は足を止める。
誰もいなかった怜治の目の前に、ライゼル・レグザイアは突然に姿を現した。
まるで最初からそこにいたかのように、自然な様子で怜治の目の前に立っている。
不敵な笑みを浮かべながら、ライゼルは怜治に肉迫し言う。
「僕と、クリューエルさんを賭けて決闘をしたまえ!」
ライゼルの碧眼の奥に宿る怒りの色に、怜治は息を飲んだ。
「……ニア、大変なことになった…………」
怜治とライゼルの様子を観察していたロアは、怜治が巻き込まれている事の次第をニアに伝えていた。
◆◇◆
「…………ニアを賭けて決闘?」
この金髪碧眼のイケメンはいったい何を言ってるんだ?
何を勘違いしているんだ?
この男、もしかしなくても、俺がニアの彼氏だと勘違いしているのでは?
居候しているだけであって、俺とニアは決してそんな濃密な仲ではない。
「あの、俺は別に、ニアと付き合ったりはしてないんだけど…………」
「隠しても無駄だ! 僕は見ていたぞ、君とクリューエルさんが屋上で弁当を一緒に食べているのを! 弁当の中身が同じだったのを! そして何より、君はクリューエルさんを………、ニアと呼んでいるでわないかぁぁぁぁッ!」
急に興奮しだすなよ、びっくりするだろ。
金髪碧眼のイケメンに屋上で弁当を食べているのを見られていたのか……。なら、勘違いするのも無理はないか。
にしても、弁当の中身まで見てるとか、どんだけ近くで俺とニアの食事風景を見てたんだよ。
あ、もしかして双眼鏡みたいなやつを使ってたのかな。
それにしてもテンション高いな、この金髪碧眼のイケメン。
俺、テンション高い人が苦手なんだよなー。
「あのさ、本当にニアとは付き合ってないから……」
「ふっ、君も強情だな。ならば、こうしよう。クリューエルさんと昼食を共にする権利を賭けて決闘だ!」
「……ニアのいない状態で取り決めることじゃないだろ」
「まあ、それはそうだが…………来たようだね」
金髪碧眼のイケメンは俺の背後を指差す。
どうしたのかと思って後ろを振り向いた時には、ニアが俺に突っ込んでくる寸前だった。
「うおおッ⁈ …………ぐふっ!」
見事に、ニアが俺の腹部に着弾。うまい具合にニアの頭が鳩尾に入り、俺の意識が飛びかけたが、うずくまる程度ですんだ。
顔を上げて金髪碧眼のイケメンを見てみると、羨ましそうな視線を俺に送っている。
羨ましがるようなことじゃないんだけどな…………。
痛いし……。
「だ、大丈夫? そこのキモい男にやられたの?」
(ニアにやられたんだよ)
腹が痛すぎて声が出なかった。
キモい男って、…………金髪碧眼のイケメンのことか?
金髪碧眼のイケメンよ、いったい何をしでかしたんだ。
「というわけで、クリューエルさんと昼食を共にする権利を賭けて決闘をしよう」
「はぁ? 何をバカなことを言ってるのかしら?」
「ん? 逃げるのかい? まあ、もっとも君の騎士と僕では力が違いすぎるか。君の騎士はひょろくて脆そうだしね。いや、すまない。貴族である僕としたことが、少し大人げなかったね」
「はっ! 笑わせないで。貴方みたいなキモい男に、怜治は絶対に負けないわ!」
「おっ? なら、決闘を受けるってことでいいかい?」
うずくまっている俺を尻目に、目の前では挑発合戦が勃発していた。うわ、金髪碧眼のイケメンのあの挑発顔、めちゃくちゃムカつくなー。
頼むから決闘の話には乗らないでくれよ。
「いいわ、その決闘の申し出を受けてあげる。私の騎士が弱いですって? 叩きのめしてあげるから、覚悟してなさいよね!」
即決でした。
ニアは煽り耐性ゼロだったか。
それに、叩きのめすって…………戦うのは俺なんですが。
「ふっ。決闘の日時は明後日の放課後、場所は大闘技場〈血戦場〉だ。準備期間を一日やるんだ、せいぜい楽しませてくれよ」
そう言って、金髪碧眼のイケメンは帰ってしまった。
…………さて、どうしたもんか。




