第14話 「登校」
《朝だよ、起きて!》
その声が聞こえると同時に、俺の身体が揺さぶられて目を覚ました。
間違いない、ニアだ。
すんなり起きてもよかったのだが、昨日は夜更かしをした為、俺はまだ眠い。
せめて、あと三時間は寝たい。とりあえず、無視をきめこもう。
しかし、俺のスリーピングタイムは早々と終わりを迎えることになる。
一向に起きる気配を見せない俺にしびれを切らしたニアが、俺から布団を奪い去ってしまった。
さらに、追い打ちとしてカーテンを開けて、日光を浴びせてきた。
「早く、起きろ!」
「…………どうせ俺は毎日が休日なんだから、もうちょっと、ゆっくりさせてくれ」
そう言ってから俺は、ニアから拳が飛んでくることを予期して警戒していたのだがニアを見ると、少し呆れていた。
「忘れたの? レイジは、今日から学園に通うんだよ?」
「………………忘れてた」
本気で忘れてた。
そういえば、今日から学園に通うんだったな。
『毎日が日曜日』は、昨日で終わりを迎えていたんだった。
そうと分かれば、のんびり寝ている場合ではない。
顔を洗ってシャキッとしなくては。
これでも俺は、根は真面目な方なのだ。
「朝ご飯できてるから、早く顔を洗ってきて」
「あいよ」
俺はむくりと上半身を起こし、ベッドから出る。
ああ、朝日が眩しい。今日もいい天気だ。
素早く洗面所に行き、目ヤニのついた顔を洗ってから、朝食を食べるためにリビングに向かった。
「…………ん⁈」
テーブルの上の些細な違和感に、俺はすぐに気づいた。
いつもは洋風な朝食なのだが、今日は違っていた。
いや、洋風といえば洋風だが……。
とりあえず、いつもと違って一風変わった朝食だ。
結論から言うと、テーブルの上に置かれている朝食の正体は、『オムライス』だった。
昨日俺が作ったオムライスより、見た目がいい。
「どう? 驚いた?」
ニアが自慢げな表情、もといドヤ顔で俺に尋ねてくる。
正直、俺は驚いている。昨日の夜、オムライスの作り方を説明したとはいえ、本当に大雑把にしか説明していなかったからだ。
見た目がいいだけかもしれない、とりあえず俺は一口食べてみる。
「……うまい」
普通に美味しい。可もなく不可もなく、と言ったところだが、少なくとも俺が作ったのよりは美味しいと言える。
昨日の今日で、どうやってここまでの完成度に仕上げたのだろうか?
魔法の仕業か?
俺が不思議に思ってニアを見ていたら、ニアが簡潔に答えてくれた。
「ほら、私って、天才だから!」
ニアは、ふふんと小さく鼻を鳴らす。
天才だからとか、嘘だろ⁈
俺がオムライスを習得するのに、どれだけの月日をかけたと思ってるんだ?
一年だぞ……。一年だぞ!
俺の一年をたった一日で追い越していくなんて、こんなのって酷すぎるよ!
俺に料理スキルが無いのは自分でも分かっていたけど、これは少しへこむ。
この分だと、ハンバーグも今日の夜か明日の朝には、テーブルの上に並んでいるだろうな。
俺が台所に立つことは金輪際なさそうだ。
「固まってないで、早く食べちゃってよ」
「ああ、ごめん」
ニアに急かされて、俺はオムライスを急いで口にかきこんだ。
非情な現実を叩きつけられてか、それともオムライスを急いでかきこんだせいか分からないが、俺はむせ返りそうになった。
「これ、制服だから」
と言いながら、ニアはきちんと折りたたまれた制服を渡してきた。
広げてみると、なかなかにかっこいいデザインだ。
色は青と黒を基調とした、落ち着いた雰囲気。
俺に似合いそうだ。
とりあえず制服に腕を通してみる。
サイズはビッタリだ。
「よし、準備できたし、行くか!」
「もう少しゆっくりしようよー」
と言ったニアは、ソファーに深く腰をかけてふんぞり返っている。
おい、さっき俺を叩き起こしたのは誰だっけか?
「俺の目が黒いうちは、授業の始まる二十分前には学園に着かせるからな」
「そんな〜」
ソファーにしがみついて離れようとしないニアを、俺は無理矢理ひっぺがして、お姫様抱っこで玄関まで運んでやった。
「おっ! 気がきくじゃない」
「いや、学園まで運ばないよ⁈」
「ちっ!」
ニアは渋々といった感じで靴を履く。
渋い顔をしたニアを引きずりながら俺は玄関を出た。
ニアの屋敷の前にある大通り。
その大通りはいつもと違う様子だった。
俺がこんな朝早くにこの大通りを歩くのが初めてだからだろう、一度も見たことのない人で大通りは賑わっていた。
人間だけではない、頭に耳を生やした亜人もいる。
そして、ほとんどの人が同じ衣装を身にまとっている。
俺と同じ、黒と青を基調とした制服だ。
「周りの奴ら、全員生徒なんだよな……」
「ビビってるの?」
いつものように挑発口調なニアに、俺は小さく頷いた。
幅の広い大通りの道を、大勢の生徒が埋め尽くしているのだから、ビビるに決まってる。
ニアの言う通り、もう少しゆっくりしてから出ればよかったと、今更ながら俺は後悔した。
人混みは嫌いだ。
「今度からは、もう少し遅くに出よう」
俺が渋い顔をしてニアに問いかけると、ニアは微笑を浮かべた。
「「ニア様! おはようございます!」」
突然に威勢の良い声が前方から発せられた。
前方を見ると、二人の女子生徒がいる。
今、「ニア様」って言わなかったか?
俺の隣で歩いているニアは、二人の女子生徒に小さく手を振りながら、「おはようございます」と言って応じる。
さながらその姿は、癒し系お嬢様とでも言おうか。
これが「お嬢様してる」状態なのか……。
「ニア様、そちらの方はどなたでしょうか?」
二人組の女子生徒の片割れ、元気が良さそうな短髪少女がニアに問いかける。
「……下僕ですわ!」
「まて、違うだろ!」
ニアの発言がデマである事を主張すべく、俺は声を大にして異議を申し立てる。
確かに、無一文だからニアの屋敷に居候させてもらっているが、居候しているだけであって、下僕ではないはずだ!
「流石です、ニア様! やはりニア様は、人の上に立つお方です!」
二人組の女子生徒のもう片方の地味な少女が、雰囲気に合わない高めのテンションでニアを褒め称えた。
あっれー、おかしいな。
俺の声が聞こえてなかったのかな?
難聴なら、とっとと耳鼻科行ってこいよ、地味子!
……言い過ぎかな?
俺がこんな思いをしているというのに、ニアは褒められてまんざらでもなさそうだ。
俺は早く学園に着くために、ニアの手を引っ張り、歩調を早める。
人波をかき分けるようにして、俺は前に進む。
「ニアお嬢様の隣にいる男は誰だ?」
「手を繋いでるぞ! 処刑確定だな」
「なんだあの男? 冴えない顔しやがって」
「うそ、私のニア様が、あんな男なんかに……」
周りから、俺に対する非難の声があがっている。
俺の印象は最悪っぽいな。
早く抜けよう、と思って更に歩調を早めるが、急に手を引かれて俺は止まる。俺の手を引いたのはニアだ。
ニアは道の中央に立ち止まると、喧騒を打ち破るが如く、あらん限りの大きな声で叫んだ。
「貴方達! 私の下僕を侮辱するのは、私が許さないわ!」
美しくも、怒気がこもった声が響き渡るとともに、騒がしかった大通りは静寂に包まれる。
一度生まれてしまったこの空気を壊せる勇者は、一人としていなかった。
俺が呆然と立ち尽くしていると、ニアが手を引いてきた。
俺とニアの進む先を邪魔しないように、人が避けていく。
周りの人達は皆一様に、俺のことを睨んでいる。
(まいったな……)
ニアの予想外の行動に俺は嬉しく思いつつも、一方で複雑な気持ちを胸に抱いていた。
(周りからみたら、俺の第一印象は間違いなく最悪だろうな……)




