第13話 「ニート終了」
オムライスを食べ終わり、今は食休みということで、俺はソファーに深く腰をかけてゆっくりしている。
ニアは学園の先生に呼び出されたらしく、急遽学園に行くことになって、この場にはいない。
「ちっ、ばれたか」と言っていたが、いったい何をやらかしたのやら。
ロアはというと、自分の家には帰っておらず、俺の隣で丸くなって寝ている。食べてすぐに横になると、牛になるんだぞ。
………………暇だ。
ニアは学園に行っていて、ロアは猫みたいに丸くなって寝ているこの状況、暇でしょうがない。
この世界のセキュリティーなら、戸締りは心配しなくていいし、暇だから少し外に出て気分転換でもしよう。
へそ出して寝ているロアに、タオルケットみたいな薄手の布をかぶせてやってから、俺は意気揚々と外に出た。
美少女とお話しできるかな?
外に出た途端、俺を出待ちしていたかの如く、俺に声をかけてくる人がいた。
…………おばさんがいた。
「今日もいい天気ね〜。貴方もそう思うでしょう?」
「そうですね〜。こうも日差しが強いと、逆に外に出たくなくなりますよね〜」
俺に話しかけてきたのは、数多くいるババ友のうちの一人のネーデルト夫人なる人物だった。
おばさんと言うには、少し若すぎる気もするが、お姉さんと言うには、少しだけ老けているといった感じの人だ。
それでもって、妖艶な美しさを周りに放ちまくっている。
ブロンドヘアーを持った、とてつもない美人だ。
ネーデルト夫人とは最近になってから、よく話すようになった。
これは余談だが、他のババ友から得た情報によると、ネーデルト夫人は最近夫とうまくいってないとか。それに、ネーデルト夫人の夫の帰りが毎日朝帰りになっているとか。
夫婦生活とは難儀なものですな。
いやー、気をつけないとなー。
最近やたら俺に話しかけてくるし、もしかしたら俺のこと狙ってるかもだしなー。欲求不満で襲われるかもなー。
今だって胸元が開いた服を着ているし。
よし、いつでも対応できるように、臨戦態勢でいよう。
俺はいつでも、ウェルカムですよ!
「…………ど、どこを見ているのかしら? 目元がやらしいわよ……」
ネーデルト夫人が、胸元を隠すように腕を胸の前で交差させる。
「し、失礼な! 俺はいつだって、紳士ですよ!」
そう、俺は紳士だ。
だから、ネーデルトさんの胸元なんて見てない、見てないからな!
そもそも、年増の胸なんて見たいと思ってないよ。
俺の言葉を信じてくれたのか、ネーデルトさんは腕の交差を解いてくれた。
…………やったぜ。
俺はネーデルトさんに招かれて、ネーデルトさんの家でティータイムにしゃれ込むことになった。
テーブルには、色鮮やかな紅茶の入った白いカップが置かれている。
そして、紅茶を優雅に飲みながら、陰鬱な表情を作るネーデルトさん。
陰鬱な表情なのは、紅茶が不味いからではない。
ネーデルトさんがティーカップをテーブルに置き、ゆっくりと口を開く。
「ねぇ〜、聞いてくれる? 私の夫が、昨日も朝帰りだったんだよね〜。理由を聞いても、何も答えてくれないしさー。絶対に他に女作ってるよね。そう思うでしょ?」
急にネーデルトさんは、夫に対する不満をぶちまけ始めた。酒に酔っているわけでもないのに、すごい変わりようだ。
まあ、何も珍しいことではない。ここ最近の俺とネーデルトさんの会話といえば、ネーデルトさんの愚痴がメインだからだ。
「夫を愛しているなら、もう少し信じてみたら…………いいと俺は思います」
俺はネーデルトさんを落ち着かせるために、そう提案したが、ネーデルトさんは聞く耳を持たない。
「だってぇ〜、ニアちゃんが、私の夫が私じゃない女の人を連れてるのを見たっていうからさぁ〜!」
ああ、ダメだわ。擁護不可能だわ。いや、そもそも、浮気性のクソ野郎を擁護する必要はないか。今まではネーデルトさんを傷つけたくないがために、ポジティブな意見を述べていたが、その必要はなさそうだ。
ネーデルトさんの夫がそんな人ではないと信じたかったが、やっぱりクソ野郎はクソ野郎か。
「魅力? 私には魅力が足りないの?」
テーブルから身を乗り出して、吐息がかかりそうな距離で、ネーデルトさんは俺に聞いてくる。
今にも泣き出しそうな勢いだ。
「いや、そんなことないですって! ネーデルトさんは、とても綺麗で、魅力的です! もっと自分に自信を持ってください」
「…………そうだよね。自分に自信を持たないとね!」
…………ネーデルトさんが流されやすい性格でよかった。
「今日、夫が帰ってきたら、積極的に隙あらば襲ってみるわ! ……っと、ひゃっ!」
ぐいっと立ち上がったネーデルトさんだったが、身体をテーブルにぶつけて紅茶をこぼしてしまった。
大丈夫か? この人。
まあ、何はともあれ、俺の社交力でネーデルトさんはすっかり元気になった。
おっと、もう一時間も話し込んでいたか。
そろそろニアが帰ってきてる頃だろうし、ロアも目覚めているだろう。
それに、『ハンバーグ』の材料を買いに行く必要があるから、屋敷に帰るとしよう。
「元気になったみたいでよかったです。それじゃあ、俺は帰りますね。紅茶、おいしかったですよ」
満面の笑みを浮かべて、「バイバーイ」と手を振ってくるネーデルトさんに、俺は手を振り返しながら屋敷に帰った。
◆◇◆
「なかなか美味しいじゃない、この『ハンバーグ』っていう料理。……子供っぽい気がするけど」
と言いつつニアは、笑顔でハンバーグを食べ進めていく。
「…………子供っぽい」
ロアもそう言いつつ、満面の笑みでハンバーグを食べ進める。
お前ら一言よけいだよ。
まあ、何はともあれ『オムライス』に引き続き、俺が作った『ハンバーグ』も好評でよかった。
俺の分のハンバーグだけ、ハンバーグの生地から空気を抜く工程でキャッチボールをしたせいで見た目が悪いが、他は特に問題がなさそうでよかった。
「…………おかわり」
ロアがそう言って、俺に皿を差し出してくる。
結局のところロアは、俺がネーデルトさんの自宅から帰ってきた時もぐっすり寝ていて、ついさっきハンバーグの匂いで起きたところだ。
俺はハンバーグを皿に乗せ、ロアに手渡す。
ロアは俺から追加のハンバーグを受け取ると、またもや淡々と食べ始めた。
ソースの中に隠し味として、バターを入れたんだけど、気づいてくれるかな?
「あっ、忘れてた」
俺の横で、ニアがポツリと呟いた。
「おかわりをか?」
「いや、そうじゃなくて」
いったい何を忘れてたと言うんだ?
まあ、俺には関係ないだろうけど。
「明日からレイジには…………」
余裕な表情で構えていた俺に、ニアが衝撃的な一言を言い放った。
「学園に通ってもらうね☆」
その一言は、俺の余裕な表情を簡単に歪めた。
いつだって現実は非情である。
今宵、暇を持て余していた俺のニートな異世界生活が、俺の「はぁ⁈」という惚けた掛け声とともに終わりを告げた。