第12話 「刮目せよ、これが俺の料理スキル!」
「どうだ? 俺の料理、美味しいか?」
俺がそう尋ねると、ロアは口に食べ物を入れながら、小さく縦に頷いた。
この世界の人の味の好み傾向を知らなかったから、俺は俺が好きな料理を作ったのだが、ロアの口に合ったようで良かった。
「…………これ、なんて言う料理?」
ロアが美味しそうに料理を食べながら、聞いてくる。
「その料理は『肉じゃが』って言うんだよ。俺が住んでた世界で母さんがよく作ってくれてさ。俺が一番好きな料理なんだ」
「…………そう」
ロアは『肉じゃが』を夢中になって食べている。
正直、異世界の食べ物で『肉じゃが』が上手に作れるか不安だったが、ロアが美味しそうに食べているから、きっと美味しくできてるのだろう。
「おかわりもあるからな」
そう言うと、ロアが空になったお椀を差し出してくる。
「へいへい」
ロアは精霊契約についていろいろ教えてくれたし、今日だけはこき使われてやるとしよう。
…………ロアは小腹が空いたと言っていたが、もしかしたら、普通に腹が空いているのかもしれない。
俺もちょうど腹が空いてきたし、いっそのこと昼食にしてしまおうか。
ニアもそろそろ帰ってくることだしな。
「なあ、ロア。ここで昼食、食べてくか?」
ロアの首が縦に動く。やはりロアは腹が空いていたらしい。
とりあえず、お椀に肉じゃがをよそってロアに手渡す。
「今から作るから、ちょっと待っててくれな」
さて、何を作ろうか?
『オムライス』なんてどうだろうか。それとも『ハンバーグ』にしようか。
『味噌ラーメン』は残念ながら作れない。
いや、作らない。
たいして美味しくもない味噌ラーメンを作って、味噌ラーメンを侮辱したくない。
まあ、何を作るかは冷蔵庫の中に残ってる食材しだいなんだが…………。
冷蔵庫を開けると、目の前には圧倒的な空白が広がっていた。
…………何もない。あるのは、買い置きされている趣味の悪いジュースだけだ。
いや、実は肉じゃがを作っていた時点で気づいていたけどね、現実から目を離したい時ってあるじゃん。
何もないところからは何も生まれないように、何もないようじゃ料理はできない。
ロアに俺の故郷の味を教えてやりたかったが、諦めるしかないようだ。
俺は金持ってないから店に食材買いに行けないし。
かと言って、ロアに金を借りる訳にもいかないし。
はて、どうしようか。まさに八方塞がりと言ったところだ。
俺がどうしようか悩んでいると、屋敷の玄関の方から扉が開く音が聞こえる。
足音が次第に近づいてきて、そして、リビングの扉が勢いよく開かれた。
「レイジー、食材買ってきたからお昼にしようよ!」
入ってきたのは、右手に食べ物が詰まった袋を持った、この屋敷の主人であるニアだった。
◆◇◆
「いやー、ナイスタイミングだよ。冷蔵庫の中に食材が無くてさ、困ってたんだよね」
「それはそれとして。どうしてレイジが料理を作ってるの? というか、どうして学園休んだロアがいるの?」
少し怒った表情でニアが俺に問い詰めてくる。
何がそんなに気にくわないんだろうか?
「まあ落ち着けって。ほら、『肉じゃが』でも食べてさ」
俺はお椀に肉じゃがをよそって、ニアに手わたす。
ニアは俺から肉じゃがの入ったお椀を受け取ると、怪訝な顔をしながらも肉じゃがを口に運んだ。
「美味しい…………」
ニアがポツリと呟いた。ニアの口にも合うようで、俺としては一安心だ。
もしかしたら、俺と味の好みが似ているのかもしれないな。あのカオスな料理は許容できないけど。
「俺の好きな味を知ってもらいたいからさ、今日は俺が料理を作ってもいいか?」
「べ、別にダメなんて言ってないでしょ。レイジの好みを知るいい機会だから、特別に料理を作らせてあげる。感謝しなさいよね!」
どうしてかニアはツンデレ風な口調で、俺が料理を作るのを許してくれた。こんなキャラだったか? まあ、いろいろと溜め込んでいるのかもしれないし、そっとしておこう。『触らぬ神に祟りなし』という言葉もあるからね。
まあ、ニアを神というのはお門違いな話だが。
ニアを例えるなら、ネコとかの愛玩動物あたりだな。
…………今の発言は墓場まで持って行くとしよう。
「まあ、ニアは椅子にでも座って待っててくれ」
「手伝わなくていいの?」
ニアが包丁を握りしめながら、俺に問いかける。
怖いから刃をこっちに向けないでほしい。
刃を向けるなら自分の方に向けてくれ。
「…………。じゃあ、そこの肉を細かく切ってくれるか?」
「任せなさい!」
とニアは快く引き受けてくれた。
早速、ニアはピンクのエプロンを装備しだす。
なぜだかわからないが、ずいぶんと張り切っているようだ。
ニアは俺の指定した肉をまな板の上に置き、包丁の刃とまな板がぶつかる軽快な音を響かせながら、軽やかな手つきで肉を細かくきざんでいく。
俺も負けじと、ニアの買ってきた野菜を軽快に刻んでいた……………と思う。
俺の料理スキルは、残念ながらそこまで高くないのだ。
俺とニアが料理に勤しんでいる一方で、ロアはというと、ソファーで丸くなって寝ていた。
「……っと。そこの調味料、取ってくれないか?」
「はい」と言って、ニアがすぐに俺の要求した調味料を手渡してくれた。
俺がニアに取ってもらった調味料は、塩みたいなものだ。
あと、俺が今作っている料理に使う『トマトケチャップ』は、この世界には酷似したものがなかった為、俺の手作りだ。
え、トマトケチャップは作るの難しいって?
知らんな。
「ニア、お米炊いてくれ」
俺がそう言うと、ニアは米を炊飯器みたいなビジュアルの機械に入れる。
数秒経って、炊飯器を開ける。開けた途端、中から水蒸気がムワッと上がる。つまり、米が炊けている。
ニアが言うに、炊飯器の中で展開されている魔法で、米が炊けるまでの時間を短縮しているらしい。
魔法ってすげーー。
「あとは俺一人でできるから、ニアは座ってていいぞ」
「なら、隣で見てる。いいでしょ?」
ニアが上目遣いで俺を見てくる。この角度だと…………、胸元からニアの下着が見えて、ちょっと困る。
ったく、誘ってんのか?
冗談は置いといて、とりあえず俺は自作のトマトケチャップと、肉と細かく刻んだ野菜をご飯に加えて混ぜて、チキンライスを作る。
次に、卵を2つ割ってボウルに入れ、かき混ぜる。
よく混ぜたら、フライパン全体に玉子を広げて、その上にチキンライスを中央ちょい上にのせる。後はフライパンを上に傾けて玉子をフライパンから剥がし、そのままお皿にのせて、はみ出た玉子をチキンライスの下に潜り込ませれば出来上がりだ。
「もう料理が出来上がるから、ロアを起こしといてくれ」
ニアにロアを起こすよう頼んだら、先ほどの工程をあと二回繰り返す。
俺は、ぱぱっと残り二人分の料理を作り、料理を持ってテーブルに向かう。
「ロア、起きてー。……起きろー。……起きてくださーい」
ロアを起こそうとするニアの穏やかな声が聞こえてくる。
当人は起きる気配を見せないのだが。
俺を起こす時もこれくらい穏やかに起こしてほしいものだ。
毎日蹴って起こされる身にもなってほしいよ。
結局、ニアはロアを目覚めさせることができなかったが、ロアは寝ながらにして料理の匂いを嗅ぎつけ、俺がテーブルに料理を運んだらガバッと起き上がった。
食い意地張りすぎだろ。
「…………なんて料理?」
目を擦りながらロアは、テーブルの上に並ぶ料理に興味の眼差しを向けて、俺に聞いてくる。
「これは『オムライス』って言うんだ」
俺がそう言うやいなや、ロアはスプーンで一口『オムライス』を食べた。
「…………すごく、美味しい」
ロアは普段あまり見せない満面の笑みで、料理の感想を一言でまとめてくれた。肉じゃがと同様に口に合うようでよかった。
「わ、私も食べる! …………な、なかなか、美味しいじゃない」
オムライスがニアの口にも合うようでよかった。
オムライスって言う料理がないだけで、似たようなのがあるのかもしれないな。
ニアとロアが美味しそうに食べるのを横目で見ながら、俺もオムライスを食べてみる。
…………俺にしては、上出来といったところかな。
「ねえ、レイジが好きな料理って他にもあるの?」
オムライスを口に頬張りながら、ニアが俺に聞いてくる。
「まあ、あと一つ、『ハンバーグ』って言う料理があるな」
味噌ラーメンの方が好きだけど……。
一応と言っては変だが、ニアは一応お嬢様なのだから、もう少し行儀よく食べてほしい。
そうでないと、俺の中の理想のお嬢様像が崩れ落ちてしまう。
「口の中の物を飲み込んでから話せ、行儀が悪いぞ」と言いたかったが、美味しそうに笑顔で食べてくれてるから、今はその笑顔に免じて許すとしよう。
それに、学校ではしっかりとお嬢様してると言っていたから、お嬢様を保つのに疲れたんだろう。
いや保つもなにも、最初からお嬢様か。
「じゃあ、夕飯はその『ハンバーグ』って言う料理ね。それと、今度『オムライス』と『ハンバーグ』の作り方教えてよね」
「いいけど、急にどうしたんだ?」
「気分よ、気分」
とニアは言いつつ、オムライスを口に運んでいく。
作り方を教えて欲しいってことは、よっぽど気に入ったんだな。
ロアも黙々とオムライスを口に運んでいるし、頼まれていないが、ロアにもオムライスの作り方を教えよう。




