第10話 「精霊契約」
特に予定がなかったので、ロアを屋敷に招き入れることにした。
というか、勝手にロアが屋敷に入っていった。魔力での識別も難なくクリアしている。全ての家庭で魔力による識別がされているなら、ニアもロアの部屋に勝手に入っていたし、この二人はいったいどういった関係なんだろうか。
百合か? 百合なのか?
まあ、身の安全も考えて二人の関係については詮索したり、想像したりしないようにしよう。想像力が豊かすぎるのも考えものだな。
とりあえず、客人はもてなさないといけない。
確か冷蔵庫らしき物に、買い置きのジュースが入っていたはず。
俺はジュースを二人分のコップに注ぎ、テーブルに置いた。
「にしても、 魔法って便利だよな」
普通は客人に出してはいけないような、買い置きしておくジュースとしては趣味がいいとは言えないジュースを飲みながら、ロアに同意を求めるように俺は呟いた。
俺はロアから渡された本を呼んで、魔法の利便性をよく理解したつもりだ。
まず魔力は、この異世界で動力として働いているエネルギーだということだ。
俺がいた世界では電気が主なエネルギーとして活躍している。
この世界にも当然として、電気という概念は存在するが元の世界とは用途が違う。
この世界での電気は、魔法として手から出てきたりするものであって、何かを動かす動力としては使われていない。
俺がいた世界での電気の役割を丸々、この世界での魔力が担っていると言っていい。
先ほどの冷蔵庫にも、冷蔵庫の天井部分に魔法陣が描かれていて、そこから冷気を生み出しているらしい。冷蔵庫に繋がるケーブルらしき物があるが、中を通っているのは電気ではなくて魔力だ。魔力の伝達はこのケーブルによって行われているのだろう。
感電することもないし便利だと思う。ただ、魔力の暴走の有無が気がかりだ。
よくあるファンタジーな漫画では、魔力の暴走という概念があるわけだしな。
「……そうでもない」
俺は、予想外の反応が返ってきて少し焦る。
「ど、どうしてだ?」
「……魔力の暴走による、大爆発」
ドカーンという効果音がつけられそうな手振りをロアはするが、ロアがのほほんとしているせいか、あまり危険な匂いはしない。
「……知り合いのおばさんの家が全壊した」
おいおい。もしかしなくても、感電するより危なんじゃないか?
家が全壊って、死ななくても路頭に迷うじゃん。ロアの知り合いのおばさんのその後が凄く気になる。
「…………でも、『精霊』と契約するようになってから、魔力の暴走が殆ど無くなった」
『精霊』か…………。
以前、ニアとの会話の時にも出てきた『精霊』という単語。
ロアから渡された本に書いてあったので、『精霊』についての知識も少しは身につけた。
どうやら『精霊』は幻想生物にカテゴライズされるらしく、基本として目では見えない。肉眼で見えないというよりは、『精霊』の魔法かなんかで人間には見えないとかなんとか。
ただ、契約の際にだけ人間の前に姿を現わす。
契約時に姿を現わすのは、信頼の証だという。
『精霊』と契約して得られるものは、魔力の強化と魔力の安定が基本的だという。そして、ニアが俺を殴った時みたいに魔力が色を持ち、目に見えるようになる。
そして、ニアが言っていた〈アシスト〉については言葉通りで精霊が支援してくれることだ。
この〈アシスト〉は身体強化の役割をしている。その際には魔力によって身体強化されるため、強化された部分は魔力を帯びる。
どの精霊からも受ける恩恵はほとんど違いが無い。ほとんどと言ったのは、精霊によって魔力の色が違うからだ。
ただ、例外があり、『精霊王』の恩恵だけは桁外れらしい。
『精霊王』と『精霊』の存在比率は一対一億というから驚きだ。
「…………レイジは精霊と契約した?」
ロアがのほほんと俺に問いかける。
「そういえば、まだ契約してないや」
契約しないといけないことはないんだろうが、しておいて損はないだろう。それよりも前提として、俺は魔力持っているのか?
「……魔力は無くても契約できる。それに、レイジは魔力持ってる」
俺の心を呼んだかのように、ロアが答えた。
「それなら、契約してみるか」
魔力の暴走でニアの屋敷を全壊させたくないしな。
「……分かった」
そう言って、ロアは俺の腕を引っ張って、俺を二階のとある部屋に連れていった。
既にニアには懇切丁寧な屋敷案内をしてもらっているので、この部屋にも一度来ている。この部屋には特に用もないので来てはいなかったが、俺が一番気になっていた部屋だ。
ニアは『精霊の間』と言っていた。
部屋の中は殺風景で、唯一俺の目を引いたのが、部屋の床に描かれている巨大な魔法陣。
きっとこの魔法陣の上で契約を行うのだろう。
「……とりあえず、契約についての説明…………聞く?」
「ああ、聞いとくよ」
◆◇◆
一時間後、ロアの説明がようやく終わった。
懇切丁寧に説明してくるあたり、ロアとニアは案外似た者同士なのかもしれないな。
それで、今はどうしてるかというと、ロアを待っている。
どうやら喋りすぎて喉が乾いたらしく、下でジュースでも飲んでいることだろう。
ロアが戻ってくるまで、ロアの説明を自分が分かりやすいように噛み砕いて解釈してみることにする。
どうやら、契約には二種類あるらしく、一時契約と永続契約があるらしい。
一時契約は言葉通り一時的なもので、契約したその時にしか効力を持たない。契約自体は続くが、恩恵を得ようとする度に対価が必要になる。
永続契約は契約者が死ぬまで効力を持つ契約だ。
この二つの契約は基本は破棄することができないが、一時契約のみ途中で破棄できる。
次に精霊との契約で必要になる対価だが、永続契約では魔力の一部を永続的に提供することが一般で、一時契約では特に指定はないとのことだ。
魔力を持たない人は、永続的に提供できるものがない限りは一時契約を行う。
そして、一時契約から永続契約に移行することが可能である。
「…………今から、契約を始める」
急に声を掛けられたので声の聞こえた方を向くと、いつの間にか戻ってきていたロアが、せっせと契約の準備をしていた。
俺も何か手伝おうと思ったが、魔法に詳しくない俺が何か不都合をして魔力の暴走が起きても困るので、ただ傍観しておくとしよう。
当人のロアは本を片手に、床の魔法陣に模様を書き足していく。使っているのはチョークとかではなく、魔力で書いている。
この場合、書くというよりは、魔力を床に刻み込んでいっていると表す方がしっくりくるかもしれない。
「…………会心の出来」
自信満々の顔でロアが呟いた。
床の魔法陣を見てみると、最初に見た時より幾分か不穏な感じが強くなっている。ロアが書き足した部分以外のところは、床にプリントされているっぽい。
「…………真ん中に立って」
「ああ、分かった。……ロアが書き足した模様って何か意味あるのか?」
「…………こっちのがかっこいい」
ですよねー。薄々そんな気がしてた。
ロアは中二病のカッコつけたがりやさんなのかな?
俺は言われるように、ロアによって特に意味を持たない装飾が施された魔法陣の中央に立つ。
「こんな感じで大丈夫か?」
「…………あとは服を脱ぐだけ」
「ふ、服を脱げって⁈ そ、そんな急に積極的になられても…………困るっていうか、て、照れちゃう」
「………………」
あ、急に無言にならないで。静寂が痛いから。
身体をもじもじさせて、恥じらいのポーズをとったことは後で謝るからさ!
たぶん、上半身だけ脱げってことだから、とりあえず上の服を脱いだ。
「……契約を始…………」
寒いから早くしてくれ、と思っていたのだが一向に始まらない。
何か不都合でもあったのかな?と思って、ロアの方を向くと、なにやらロアの手のひらに何かモフモフした物体がいる。
「…………既に契約してるじゃん」
ロアが口をとんがらせて俺に愚痴る。
しかし、俺には契約した覚えなどない、これっぽっちもない。何かの間違いじゃないかとロアに尋ねようとするよりも早く、ロアが俺の右腕を指差して、
「……契約の紋章が、浮き出てる」
と俺に言ってきた。
風呂場でみた右腕の傷痕らしきものは、どうやら紋章だったらしい。
聖痕みたいな感じがして、不意にもカッケェ! と思ってしまう。
とりあえず、契約していることに間違いなさそうだ。そうなると、あの怪物と戦っていた時の身体能力の飛躍的向上は、〈アシスト〉によるものだと納得がいく。〈アシスト〉が無かったら死んでただろうな。
契約時には姿を現わすから、その時にお礼でも言っておこう。
……………肝心の精霊が見えない。
契約時には姿を見せてくれると聞いていたのだが…………。
俺が精霊の姿を探していると、ロアが手のひらのモフモフしたものを俺に手渡してきた。
見た目でモフモフしていそうな気はしてたが、実際に触ってみると、このモフモフ加減は至高と評していいくらいに良いモフモフだった。
俺がモフモフを堪能していると、ロアがモフモフを指差して衝撃的なことを言った。
「…………それが、あなたの契約した『精霊』」
ロアがそう言った途端、俺の手のひらでモフモフがポヨポヨ跳ね出した。
そして、ポヨポヨ跳ねたモフモフは俺の手のひらから床に落ちて、ちょうどダンゴムシが丸まっている状態からトランスフォームする感じで、その真の姿を俺の前に現す。
「…………っ! お前はあの時の小動物……だよね?」
小動物の毛並みはあの時よりも明らかにモフ度が上昇している。
微々たる変化どころではないから、少し疑ってしまった。
どうやら、あの時に見た小動物は体毛が湿っていて、モフ度が低かったんだと思われる。
見た目はリスに似ていて、しっぽだけでなく体全体がモフモフになったリスみたいな感じだ。
…………俺、いつの間にこいつと契約してたの⁉︎
「精霊って、みんなこんな感じなのか?」
俺はもっとこう幻想的な感じを思い浮かべていたんですが……。
「…………安心して。今は魔法で違う姿を模しているだけだから、レイジのイメージは壊れない」
さっきからのロアの返答が俺の心を見透かしている感じがする。もしかして魔法で俺の心を読んでるんじゃないか?
迂闊にエロいことは考えれないな。
まあ、そんなことは気にしないでおこう。
それより、俺はいつ契約したんだ?
知らない間に契約が交わされているとか怖すぎる。どんな悪徳商法だよ。
「あの…………契約した覚えがないんだけど、いつ俺は契約したんだ?」
「……私は知らない。…………その子に聞いて」
ロアは床にキチンと座っているモフモフした小動物を指差す。いや、そいつが喋れそうにないからロアに聞いたんですが……。
………まさか喋れるのか? このモフモフが喋れる? そんなまさか。
「…………喋れんのか?」
と聞いてみると、
《喋れますよ!》
少し甲高く、それでいて可愛らしい声は俺の脳、思考に直接届いてきた。
「お、おおう⁈ まさか本当に喋れるとは」
《まあ、喋ってるというか、魔力を人間の声の波に変換して貴方の脳に届けている感じです》
「そ、そうなのか」
妙にフランクな精霊だな、というのが精霊に対する俺の第一印象だ。
いい奴そうでよかった。
「それでだ、本題なんだが。俺とお前はいつ契約したんだ?」
《最初に会ったあの時に契約しましたよ》
「それもそうか。……俺は対価として、何を……渡したんだ?」
寿命とかだったら泣ける。でも、こいつと契約してなかったら寿命いぜんに、今ここに俺は存在してなかったんだけどな。そう考えると寿命が対価でもいいかもしれない。
《木の実ですよ。あの硬い木の実ですよ!》
「え、あんなのでよかったのか?」
そこら辺に落ちてた木の実だったんだけど……。
まあ、木の実って基本的にそこら辺に落ちてるものだから大丈夫なんだろう。
《硬いと言っても、この姿でしたら食べれます。美味しかったですよ。それに、貴方みたいな人は珍しいですからね、簡単に死なれちゃ面白くないんですよ!》
リスっぽい姿を模している精霊は口を開いて、げっ歯類によく見られる尖った歯を見せてくる。
こいつが対価があれでいいと言うなら、あれでいいのだろう。
なんにせよ、この精霊のおかげで俺とニアは救われた。
「ありがとうな、精霊」
《お礼なんていいよ。僕と君の仲じゃないか》
こいつ、本当にいい奴だな。対価が木の実で、ラッキーと思ってる俺なんかとは大違いだ。これが精霊か……偉大だな。
《で、どうするの? 一時契約を永続契約に移行させる?》
精霊の言葉を聞いて、俺は今が契約の儀式の最中だったのを思い出した。
「永続契約に移行する形で頼む」
《了解したよ!》
リスっぽい姿を模した精霊は魔法陣の中心に移動する。
そして、何かを唱えるように口を動かしたと思うと、精霊の体全体を魔力と思われるライトブルーの光が包み込んでいく。
《どう? 精霊の本当の姿は。君のイメージ通りかな?》
その声が聞こえるとともに、光の中から幻想的で美しい、人に限りなく近い生命体が俺の前に姿を現した。
中性的な顔立ちで肌は白く、身長は小学生くらいだ。
透明度のある白いロングヘアーで、とても可愛らしい。
例えるなら、ロシア人の幼児を幻想的に、なおかつ体のラインをはっきりさせた感じが一番しっくりくる。
はっきりした体のラインっていうのはスリーサイズとかの話ではなくて、頭の大きさと体の大きさが合っててスッキリしてるという感じだ。
「だいたいイメージ通りなんだが…………雄? それとも雌?」
《精霊には性別の概念はないよ》
「ああ、そういう感じか」
どうやって個体数を増やすんだろ?
この疑問は後日、図書館にでも行って自分で調べるとしよう。
《それじゃあ、永続契約に移行させるから、こっちに来て》
精霊はニコニコしながら俺を手招く。
「来たぞ。それで、次はどうすればいい?」
《君の中に僕の魔力を流し込んで、僕の魔力に君の魔力を調和させるの。その為に、次は身体を密着させるよ》
精霊はそう言うと両腕を広げ、俺が抱きついて来るのを待っている。さながらその姿は、自分の父親に抱っこをせがむロシア幼女だ。
なにやら危険な香りがするが忘れてもらっては困る。これは双方の合意の下で行われているということを!
つまり合法であり、何の問題もない。それに加えて、俺はロリコンではないから、絵面的にも何の問題もない。
どこからどう見ても、好青年と美幼女で構成された仲睦まじい兄妹だ。兄妹で抱き合うぐらい、スキンシップの範疇だしね。
それでだ、結局のところ俺が言いたいのはただ一つ。
…………お巡りさん呼ばれないよね?
「よ、よし。抱きつくからな! 本当に抱きつくからな!」
《さぁ来い!》
なんか、精霊が凄くノリノリなんだけど……。俺はいらない心配をしてたみたいだ。とりあえず、俺は抱きついた。
というよりは、抱っこしてると言った方がしっくりくる。
抱きついてみて分かったが、俺、やっぱりロリコンじゃないわ。
《はい、契約完了!》
俺が変なことを考えている間に契約が完了したようだ。
《君ら人間が〈アシスト〉ってよんでる恩恵は、いつでも使えるようになってるから。それじゃあ、またね〜》
「ああ、これから宜しく頼む。あと、あの時はありがとうな!」
精霊は手を振りながら、人間に目視されなくなる魔法で、俺の前から姿を消した。
「…………終わった?」
ロアが小首を傾げて、尋ねてくる。
手に分厚い本が握られているから、部屋のどこかで本を読んで待っていたのだろう。
「うん。終わったよ」
「…………そう、それなら良かった。ところで、私は小腹が空いた」
「はいはい、対価ね」
無一文だから何かを買いには行けないから、冷蔵庫の中の物でどうにかするしかないな。
…………冷蔵庫の中に使えそうなのあったかな?
俺はロアの小腹を満たすため、リビングに向かった。




