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龍の花嫁  作者: おはなし
第一章 嫁入り
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現当主

 ――その少し前。


「当主、遅いお着きで」


 嫌みったらしい口調に、龍ヶ峰響は苦笑した。

 こいつも大変だったのだろう。宴会の計画から準備まで、一人で進めてきたのだから。本来それは彼が背負うべき役割であったのに。


「“姫”は?」

「宴会場です。沙紀が付いてます」


 そう言われて彼女を思い浮かべる。幼少期に比べて、随分可愛げのなくなった――それは彼のせいでもあったのだが――幼馴染みが付いているという。

 それなら安心だ、と車を降りて屋敷に入った。


「宴会場は“初秋の棟”です。行くのなら着替えを済ませてからがよろしいかと」


 ふと、立ち止まって自分の服装を見下ろす。

 一般的なスーツだ。宴会には相応しいとは言えないが、人前に出ても充分な格好だ。


「何か駄目か」

「…花嫁との対面でスーツですか?」

「初めてじゃないんだ。大丈夫だろう」

「対面は初めてでしょう」


 そうか、と彼は頷く。泰澄はため息をかみ殺し、自室へ行こうとする主について行く。


「ところで、契約はうまくできましたか?」

「当然。ついでに菓子織りももらってきた。宴会に出しておけ」

「承知しました」


 あの気難しい相手に菓子まで出させるとは、よほど脅したに違いない、と泰澄は勝手に考える。

 いつもより大きな歩幅と早い歩調に、彼が急いでいることが知れた。


 部屋に着くと、スーツを脱ぎ捨て、用意されていた服に袖を通す。泰澄の役目は、その散らかされた服を畳んで片づけることだった。

 本来秘書がやるべき仕事内容ではないが、彼は進んでその役割を買って出ている。

 着替えを済ませた彼は、泰澄を連れ立って渡り廊下を進んで“初秋の棟”に行き着いた。

 しばらくも行かないうちに宴会場の近くに出たが、騒ぐ声は届いてこない。何があったんだ、と泰澄は身を固くする。もしや命様に何かあったのか。


 ドアの前に立った。その時、

「…私は、当主様の妻ではありません」


 ドアの向こうから漏れ聞こえてくる声。透き通るこの声は、間違いなく彼女のものだ。

 泰澄が焦るのは、彼の前に立つ“当主様”が何の反応も示さないからだ。


「…当主?」

「今のは誰だ」

「………命様です」


 ふぅん、と。低くよく通るこれは、機嫌の悪いときの声だ。これと破壊音がセットになると、もう泰澄では手が着けられない。

 酌をしろ、と聞こえてきた。炎城の声だとすぐに察知し、彼のまとう空気が、一気に剣呑なものに変わる。


 ああ、と泰澄は頭を抱えた。

 向こう側のざわめきが消えかけた頃、彼はドアを開け放った。


「俺の花嫁に酌をさせるとは、腹が据わってるな。炎城の爺さん」


 ふてぶてしく告げ、酷薄に微笑みを形作る。その姿さえも、気品を持っているのだから流石だ。


「父親に向かって何を言う。糞餓鬼」


 緊迫感のある言い合いだ。

 泰澄は、終わったな、と花婿と花嫁の初対面を終了させた。

 彼女の固まって動けていない姿を眼裏に浮かべた。彼女の中での彼の評価はだだ下がりだろう。弁解の余地もない。


 すっかり諦めた秘書は、後で主の軽率な行動を叱ることにして、そこを離れた。


怒ってる……んですね、たぶん。


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