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龍の花嫁  作者: おはなし
間章
41/42

しあわせ

みなさんおなつかしゅうお思いですよね!

自分も同感です!

 神楽忠という男に拾われてから、すでに3ヶ月が過ぎていた。


 長く伸びていた髪は短く整えられ、獅子の鬣を思わせる金の髪はつやつやと輝いている。みすぼらしくやせ細っていた体は、年相応の肉付きを取り戻し、今では健康な少年そのものだ。


 新たに与えられた名に、家名が付いたのが二週間前のこと。どうやら名の知れた名家である一族の当主が、あの男から彼を引き取ったらしい。


 雷城(らいじょう)伊吹(いぶき)。それが彼に与えられた名だった。



 ***



 雷城の家に移る前、彼は神楽家の離れで過ごしていた。神楽忠は叩いてでも彼を屋敷に住まわせるつもりだったのだが、彼は頑なに拒否した。妥協点として、結局は離れで暮らすことになったのだが、彼にとっては面倒なことに、来客が絶えることは無かった。


 まずはじめは、彼より二、三歳年下くらいの女の子だった。勝気そうな瞳は真っ直ぐに相手を見つめていて、引く気配は見られない。


 しかし声はかからないので、伊吹はそれを置物だと思うことにして、読書を再開しようとしたところ、やっとその子から声がかかった。


「どうして本を読むの? わたしがここにいるのに」

「ここにいておいて、おれに何も声をかけないからだ。ただいるだけなら、おれが気を遣う必要もない」

「なるほど、声をかければよかったのね。勉強になったわ。それなら、伊吹。わたしは神楽結といいます。この家の長女です」


 なんと、この子は神楽家の娘だったらしい。言われて見れば、確かに似ていた。彼女の父である神楽忠に。


「また明日も来るね。なんと、夕飯はオムライスなのよ! ちゃんと全部食べないと、あまねが怒りに来るのよ」


 よほど楽しみなのだろう。跳ねるように離れを出ていくと、この中がやけに静かに感じた。


 夕飯は彼女の言った通りオムライスで、ケチャップで卵の上に描かれたものがライオンだったから、つまらないいたずらに笑ってしまった。


 さて眠ろうか、というときに、忠はやって来た。仕事場から直行したのか、趣味の悪いネクタイのスーツ姿のままで、額に汗して何をしに来たかと思えば


「ゆ、ゆゆゆ結が来たんだって!?」


 ああそのことか、と伊吹は軽く頷いた。怒られるのかと思ったが、忠は涙ぐんでハンカチを握りしめた。


「人見知りの結が……!! ありがとう、きみは我が家の救世主だ!!」


 人見知りがあんな態度で見知らぬ人に自ら会いに来れるかよ。呆れ混じりの目で男を見下ろし、伊吹はその存在を無視して眠りについた。



 ***



 翌日、神楽結は、七つ下の妹である天を連れて来た。


 まだ3歳になったばかりの妹を、結はかなり気に入っているらしく、昨日は挑戦的に見上げてきた伊吹に、でれでれとした顔を見せるほど。


「ほら、あまねあまね。自分の名前は?」


 促されて伊吹を真っ直ぐに見つめる瞳は、白。


「かぐらあまね、にさいです……あ、さんさい」


 3本の指を立てて、白瞳(はくどう)の美しい女の子は自己紹介した。ぱちぱちと小さく拍手する姉に、得意気になった妹をその膝に座らせる。


 結は急かすように伊吹を見た。それで、自分にも自己紹介を求めているのだと気付く。


「伊吹だけど」

「一昨日からここにいるんだよ。あまね、大丈夫? こわくない?」

「こわくないよ」

「そっかぁ! あまねは偉いね!」


 呆れた溺愛ぶりだ。初めて出来た妹が可愛いのはわかるのだが、一般から度を越していないか。ああそういえば、忠も娘のこととなるとこんな風にデレデレとしていたな。これは血か。


 それから10分ほど2人で話していた彼女らは、軽く挨拶だけして離れを出て行った。


「なんなんだ…」



 翌日にも、姉妹は尋ねて来た。何とか会話へ引き込もうと数回声をかけてきたのだが、彼は基本的に無口な方だ。次第に彼は聞き役になっていった。


「それでねそれでね、お父様がね、こう言ったの……」


 他愛もない話をする2人の、その服装に目を向けてみる。姉の結が手の込んだ刺繍で彩られたワンピースに対し、妹の天は着物だ。生憎、和服には詳しくないのでわからないのだが、浴衣とか簡易なものではなく、振袖に近い。


 しっかり締めた帯は苦しそうに見えるが、その所作はおおよそ大人じみていた。端々に滲む子どもらしさがなければ、伊吹は気味が悪くて近付くのも躊躇っただろう。そのギリギリの均衡を保たせていたのは、結の力だ。


 詳しいことはわからない。神楽家の問題に口を出すには、彼には縁がなさすぎた。


 やっと帰ってくれるとなっても、見送りはしない。もともと歓迎の意思もない。背を向けた彼の背中に飛び込むのは、小さい影。


 あのねあのね、と頬を上気させながら紡ぐ言葉を探すのは、末の子。5度目の「あのね、」でようやく彼女は他の言葉を繋いだ。


「わたし、いぶきのことすきよ! こわいときもあるけど、もっとすきだから。だから、あっちにきてよ」


 そう言って、離れたところにある本邸を指す。


 なぜ? と口が吐きそうになった。偶然がなければ出会わなかった俺に、どうして、と。


 でも、密かに胸が鳴ったのも本当。


「あ」

「いぶき、はらちがいのおにいちゃんだから!」


「……」



 結局のところ、距離をとっていた方がいいと決めつけていたのは、自分の方だったから、その誘いに驚きはあっても、煩わしさはなかった。


 怖かったけど、怖いと感じる暇もないくらい、神楽家の人々は優しく、温かかったから、ほっとして、静かに涙がこぼれた。




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