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龍の花嫁  作者: おはなし
第一章 嫁入り
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逃走

「ああ、知っている。沙紀が高良の家に行ったとき、神楽天(あまね)から聞いたらしい」

「姉様が…」


 神詞を受け取った本人からの話なら間違いはないだろうが、首を傾げている伊吹のために、命は順序立てて話した。


「私の姉が、神呼をしてアポロンを呼んで、予言を受け取ったんです。アポロンは占いが得意だから。そのときに受け取ったのが、わたしに関するものだったらしくて、その神詞が……」

「姫を神楽家へ返すように、というものだったらしい」

「……なるほどな」


 だから響はあんなに苛立っていたのか、と含み笑いを漏らしながら呟く。察した当主が睨むが、笑って返した。

 どこか吹っ切れた様子で、命は当主を見据える。そこにいつもの庇護者の色はない。


 そんな命を当主は眩しそうに目を細めて見返す。いつの間に変わったのだろうか、と考えてみた。昔見かけた彼女は、人の力がなければ自力で立つことも出来ないような未熟者で、吹けば飛ぶような意志しか無かった。


 誰の力で、彼女はここまで変われたのだろう。彼女を変えた者を、羨ましく思う。


「神詞に強制力はありません。従うも信じるも自分次第です。だから、父もわたしの意志に任せると言ってくれました」


 その答えを知りたくて、当主と伊吹は待ち構えていた。待ちかねていた。悩みたくなくて、怒りたくなくて、がっかりしたくない。


 だから命のしっかりとした、決意の伝わってくる声でその答えを聞いたとき、伊吹は両手を挙げてはしゃいで、そのまま部屋を出ていってしまう。


 そして当主は、あふれるものを抑えきれなくて、目の前の命をその腕に抱きしめたのだ。


 *****


 紫陽花の間近くの踊り場で命の訪れを待っていた沙紀は、目の前からやって来る妙な男の姿に眉根を寄せていぶかしむ。


 その男は手を大きくこちらに向かって振りながら、猛スピードで走ってくるのだ。男の髪は金色であることから、あれは雷城伊吹であると判断し、その表情が喜色で溢れていることで、ほっと息をついた。


「沙紀! 命はここにいるって! 神楽家には帰らないって!!」

「うん、わかったわかった。とりあえず落ち着きなさいよ」

「落ち着いていられるかよっ! みんなに知らせてくる!」


 そう言ってまだ駆け去っていく後ろ姿を見送る。あんなにはしゃいで、余程嬉しかったのだろう。

 伊吹はずっと命を待っていたと聞いた。あの子が生まれたときから守ると誓ってきたから、傍にいると決めてくれたのが嬉しいのは当然だ。


 伊吹は龍ヶ峰家から出ることが出来ない。そしてその脳に詰め込まれた秘密を、語ることも出来ない。そう聞いた。


「あ、迎えに行こう」


 誰にともなき呟き、足を進める。いつもなら出ないひとり言で、自分もいつになく浮き足立っていることを知る。


 そうだ、沙紀だって、いつも通りではいられないくらい嬉しい。高良家で聞いたときから、命はどこへ行くんだろうと不安だった。

 安心と喜び。はやくこの喜びを分かち合いたい。今ならいっそ響でもいいや。


 そのとき、紫陽花の間へ向かう沙紀の前に躍り出てきたのは、今会いに行こうとしていたその人で。


「命っ!」

「沙紀さん」


 真っ白な髪が視界を踊り、同じく白の瞳が沙紀を写す。その白い頬に朱がさしていることを除けば、いつも通りの命がそこにいた。


「み…っ」

「…っ」


 口を開いた沙紀が何か言う前に、命は彼女の手を取って駆け出した。

 その、予想外の動きに完全に虚を突かれ、思わず付いていく。どうしたの、と聞くと、命は逃げてるのと答えた。


「え、何から?」

「……とうしゅさま」

「あ、あいつ遂に尻尾を出したな!! 何されたの命!?」


 最初から信用してなかった! やっぱり本性を隠していたんだわ! といきり立つ沙紀に、命は頬を染めながらそっぽを向いた。


 愕然とする沙紀をよそに、走る速度がだんだん遅くなっていく命はそのことには気付かずぼそぼそと喋っている。


 沙紀にその内容は聞き取れなかったが、そのなんとも言い難い表情から、十中八九当主についてだろうと忌々しくなった。


 そして疲れが出て、ついに歩きになってしまったとき、命が壁にぶつかったかのように止まり、カタカナの名前を叫ぶように呼んだ。


「オネイロス!? どうしてここに……」


 虚空を見つめて話をする彼女に、その視線の先に神がいるのかと考えて驚いた。命の顔はだんだんと蒼白になっていき、しまいにはまた走り出した。その速度は遅過ぎて、息を切らしているのも合わさって酷く辛そうだ。

 手は離されていたから、沙紀は慌てて命に並走して訊ねる。


「命っどうしたの?」

「と、当主さまが……!!」


 怯えの隠せていない綺麗な横顔。要領を得ない台詞に、沙紀は疑問符を飛ばしながら、遂に力尽きて立ち止まった命の背中を宥めるようにさすった。


 この子、いつになく意味不明だわ、と戸惑う。そしていつになくアクティブだ。いつもはおっとりとした感じの子だけど、今だけは元気な子というイメージになる。


 何が彼女を駆り立てるのか、また命は足を踏み出そうとしたのだが、背後から気配なく近寄って来ていた影が、その華奢な体を包んだ。


 短く悲鳴を上げる命と、驚愕して言葉も出ない沙紀。息を切らす命に反して、同じ距離を数秒の誤差でやって来た当主に息切れの気配はない。


 そう、当主だ。


 命の首に腕を回した(※語弊があります)当主は、やけに嬉しそうで楽しそうな顔をしていて、あまりの衝撃に文句を言いかけた口が開きっぱなしになった。


 冷酷非情で、その血は冷え切って温もりも持たない。―――それがどうだ、今は。


「何故逃げる、命?」

「ひ、ひぃっ」


 首をホールドされながら(※語弊)も逃げの姿勢を崩さない命。それとこれまでどう頑張っても『神呼の姫』または『姫』としか呼べなかったはずが、今彼は確かに『命』と呼んだ。間違いなく、『みこと』だった。


 顔を真っ赤にして両手と足をばたつかせる彼女が、沙紀の顔を伺う。まるで、助けてくれないの? と言わんばかりの眼差しに狼狽えるも、沙紀は首を振って諦めて、と言外に伝えた。


 途端、彼女の美しい(かんばせ)は絶望で彩られる。


 身を切られるような思いで突き放したあとは、当主と視線で示し合わせて手を出さないでいるだけだ。これは必要なこと、命のために必要なこと、と自分に言い聞かせ、若干不貞腐れながら去っていく二人の背中を見守る。


 どうぞよろしくやってくれ、だ。


 *****


 その瞬間、虎崎白夜は何かを感じて振り返った。


 しかし、そこに何かがあったり誰かがいたりする訳ではなく、ただ見慣れた廊下が続いているだけ。


 不思議そうに首を傾げ、彼はそれを重要なことであるとは考えずに、楽しげに今日の夕飯の献立を推理する。


 ***


 ガタンと椅子を引いて突然立ち上がった彼を、クラスメイトと教師が驚いて目を向けた。


 窓側の席に座る彼はクラスメイトを歯牙にもかけず、授業中であることを忘れてしまったかのように、彼は窓の向こうを鋭い目付きで睨みつける。


 叱責が飛ばなかったのは、みんなの動揺が大きかったからだろう。普段の彼は、こんな奇行をするような生徒ではなく、いままでいつも通り真面目に授業を受けていたからだ。


 しばらくすると、戸惑いながら声をかけてきた生徒に促されて、彼は頭を下げて謝罪すると椅子に座った。


 授業が再開されても、彼は窓の向こうの空を睨みつけたままだった。


 ***


 鉈を振り下ろした瞬間、男はハッとして空を振り仰いだ。

 足元に転がる薪を蹴散らし、立ち上がって晴天の空を見上げる。そこに何が見えたのか、男は豪快な笑い声と歓声を上げた。


 森の木々に留まっていた鳥が一斉に飛び立つ騒がしさとともに、男は感嘆の呟きを漏らした。


「目覚めたか、青龍」





長らくお待たせしてすみませんでした!

途中、完成してからデータが消えるという悲劇が起こりまして、荒れた茜でございます。


今回で一章完結となりましたが、二章のストックができるまでは番外編でいこうかと考えています。

そこで、私も正直番外編って何を書いたらいいのかわからないので、ここまで読んでくださった皆様のアドバイスが欲しい次第です。

この伏線回収してよ! とか、ラブシーン追加で〜などでも全然大丈夫ですので、気が向いたら声をかけてください。


では、ここまで滅茶苦茶拙い物語を読んで下さりありがとうごさいます!

二章はプロット段階から考え込んでいるので、将来に期待して読み続けて下さると嬉しいです!



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