到着
あれから三日が経ち、今日中には龍ヶ峰家本家に着いてしまう。
彼女はやたらりんごジュースを飲みながら、だんだん近付く距離に眉尻を下げた。
そんなに緊張しなくてもいいと沙紀は言ってくれたが、不安と緊張は消えない。逆にどんどん増していく。
「一応、龍ヶ峰家について説明しておくわね」
正直聞きたくはなかったが、予備知識として知っておかなければ、何か失礼かもしれない、とジュースを飲みながら話を聞く。
「龍ヶ峰家はもともと土地の豪族で、龍を救ったことから栄えたと云われているわ」
「龍?」
「知らない? "四神"って。そのうちの青龍を、あたしたちのご先祖は救ったの」
まあ、そこはどうでもよくて、と沙紀はにべもなく切り捨ててしまう。
「一族の人間は、あらゆる業界にいるわ。警察、政府、芸能界、町工場に至るまで。あらゆる太いパイプを持っているのよ。龍ヶ峰家が恐れられるのはそれが所以。あたしは無職だったんだけど、あなたのお世話係っていう仕事を貰ったわ」
ミラー越しにウインクを投げてくる。
「現当主は九十九代目。一昨日も言った通り、あんまり期待しないでね。これから嫁入りする子に言うのもおかしいけど。ともあれ、大体みんないい人たちよ。仲良くできると思うわ。何か質問は?」
「…なんで、私を?」
言葉少ないながらも、沙紀は命の言わんとすることを理解して、静かに告げた。
「それは当主に聞いた方がいいわ」
未来の夫なんだから、と。命は空になったグラスを置きながら、不安に胸を詰まらせた。
*****
このまま事故が起こって到着できなければいいのに、という命の願いというより呪いが果たされることはなかった。
昼食もあまり喉を通らず、そのかわりトイレには何度も行った。
そしてとうとう到着したのが、これまで宿泊してきた、龍ヶ峰家経営の旅館が足下にも及ばないほどの豪邸だった。まず敷地が桁違いだ。そして何棟にも渡って建つ屋敷。
呆気にとられる命を強引に車から下ろして、沙紀は門まで案内した。そこには一人、初老のおじいさんが居て、他には誰もいなかった。彼に沙紀が名乗ると、おじいさんはお帰りなさいと返して、命が名乗ると、ようこそ、と返した。
一歩中に入ると、そこはまた城のようだった。日本の世界遺産にも引けを取らない、見事な造り。ここに洋服の自分が居るのはおかしい、と命は訴えたが、何を馬鹿なことを、と一蹴された。
一歩一歩踏みしめる度、不安が募り爆発してしまいそうになる。泣きそうな命のためにか、沙紀は人がいない道ばかりを選んでいた。
「とりあえず庭に行くわ。そこに居るはずだから」
「誰が?」
「泰澄」
知らない人だった。ともかくにも人に会わなければいけないらしく、命は唾を飲み込んだ。
辿り着いたのは、見事な庭園だった。草花が様々に咲き乱れ、それと水琴窟の響きが目と耳を楽しませる。そこに、彼はいた。
四十代あたりの男性だ。燕尾服を身にまとい、それがまた似合っている。白髪が混じり始めた黒髪と細いフレームの眼鏡。厳しさと優しさを兼ね備えた、眼差しをしていた。
泰澄、と呼ぶ沙紀に反応して片手を上げたことから、この人が泰澄であるとわかった。
二人で近づくと、彼は持っていたガーデニング鋏と菊の花を置いて、命に対して自己紹介をする。
「龍ヶ峰 泰澄と申します。ようこそおいでくださいました、命様」
「こんばんは…」
その様子を見ていた沙紀が、挑むような視線を泰澄に投げる。
「予定は?」
「…この後は宴会だけだ。八時には始まるから、支度しておけ。命様の服は桜の間に準備してある」
「わかったわ。行くわよ、命。あなたの部屋に案内してあげる」
「うん」
「ごゆるりと。命様」
お辞儀する泰澄に、命は会釈だけ返して沙紀を追っていく。その後ろ姿が完全に見えなくなると、彼は燕尾服の胸元から黒い携帯電話を取り出した。
二、三度ボタンを押し、耳に押し当てる。相手はすぐに出た。
「ご到着されました」
本当か、と返されると、間髪入れずにお急ぎください、と告げる。
「当主」
前回2日なんちゃら言ってましたが、忘れてください。
何はともあれ、到着です。




