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龍の花嫁  作者: おはなし
第一章 嫁入り
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昔話

 紫陽花の間は、初夏の棟にあった。


 案内をしてくれた沙紀は、その部屋のある場所の階段までしか付いて行けないと頑として譲らなく、命はおどおどしながらも一人で行くしかなかった。


 小さなノックを2回して、当主様、と呼びかける。すると、しばらくもしないうちにドアが開き、その取っ手に手をかけている人物を見て、命は声もなく驚いた。


「やあ、命。見たところ顔色は悪そうだけど、元気かい?」

「う、うん。元気…」


 伊吹がいた。鬣みたいだった金の髪は綺麗にとかされ、短くなっている。金の双眸は優しげに細められ、命を映していた。


 どうして、当主に呼び出された場所に伊吹がいるのか。考える前に、答えは彼の背後からやって来た。


「さっさと中に入れてやったらどうだ。気の利かない獣め」

「融通の利かないきみよりはマシだと思うけどなあ。ほら、命、中においで」


 手招きされて中へ入ると、そこは洋室で、部屋というよりは会議室のようだった。長い円卓の上には、いつかのように資料が山積みになっている。


 当主は長い足を組んで、面白くなさそうな顔で手にしたファイルを眺めていたが、命を視界に捉えるとそのファイルを投げ出し、隣の椅子を引いた。


 迷いなく当主の隣に行く彼女を見て、伊吹は少し感心した。意外に、当主も頑張ったらしい。


 1日ぶりに目にした当主は、相変わらず秀麗で、端正な顔立ちをしていた。目の下にあるうっすらとした黒いくまは、その魅力を損なうでもなくそこにあった。


 座ってから気付いたが、そういえば命は、当主を避けていたんじゃなかったのだろうか。理由は、一昨日の朝、彼から突然―――


「姫」

「は、はいっ」

「…………お前に、"守護者"について教えておこうと思う」


 命が真っ赤な顔で俯いているのを見て、真剣な顔を戸惑いに染めながら、当主は告げた。


 守護者? と首を傾げる。守護とは、何を守るからそう言うのか。


「お前は何も知らない、と神楽家の当主から聞いている。神々の話ばかり詰め込んで、自分の身の上については全く興味を示さなかったらしいな」

「…御印のことくらいは学びました」

「ああ、そうらしいな」


 そう微笑する当主は、意外なほど穏やかで、気まずさも警戒心も全て溶かしてしまう。


 その様子にほっと安心して、命は話の続きに耳を傾けた。


「守護者は、"神呼の姫"を守るため、むかしむかし神々がその役割を与えた。それは四神と、雷獣が担う。守護者は姫の目覚めとともに現れ、姫の眠りとともに消える。俺も、そこの伊吹も同じだ。俺たちは、お前を守るために目覚めた」


「龍ヶ峰家は青龍、雷獣は雷城家が、それぞれその心臓を受け継ぎ、そのときまで待っていたんだ。―――きみが生まれたとき、ぼくの体にコレが浮かび上がった」


 そう言って、伊吹はシャツのボタンを2、3個外し、その寛げた鎖骨の下あたりを指す。そこには、命の体にある御印とそっくりな痣があった。驚愕して、息をつまらせる。


「響、お前のここにもあるだろう? これは守護者と姫の絆の証でもある。心臓を受け継ぐ者は、同士がすぐわかるのさ」


 伊吹に促されて億劫そうに当主もシャツを寛がせ、その痣を見せる。やはり、そこにも同じものがあった。


「―――おぞましく、ないのですか」

「いや、全く。お前と同じなら、名誉なくらいだ」


 そんな台詞とともに、微笑むから。命は真っ赤になって顔を逸らした。


 ラブラブだなぁ、と伊吹が羨ましそうに呟くのにも、気付かない。


「でも、心臓って? 守護者の心臓に何かあるのですか?」

「ああ、話は遡れば長いが、龍ヶ峰と雷城では話が違うが、どちらから話そうか」


 ちら、と当主が伊吹を見る。伺いを立てられた方は、うちの話の方がつまらないからと先を譲った。


 2人がボタンをきっちり留め直すと、昔話を語りはじめた。


「龍ヶ峰家は、今から千年も前、龍を救った」


 そんな前置きから、物語は始まった。


「龍は青龍といわれるもので、身体に大きな傷を負って息も絶え絶えの状態だった。龍を見つけた男は、甲斐甲斐しく世話をしたがもう手遅れだ。龍は自らに爪を立て心臓を取り出し、それを男に託した。心臓は体を離れたというのにどくどくと脈打ち、まるで生き物のようだ。男は龍の言葉に従い、自分の心臓と龍の心臓を入れ替えた」


「入れ替えた…?」


「ああ、入れ替えたんだ。来るべき日に備えて。そしてその心臓は脈々と受け継がれ、今、心臓はここにある」


 と、自分の左の胸に手を当てる。そこは確かに力づく脈打ち、機能だけなら普通の心臓と同じ働きをする。しかし、心臓がその持ち主に与える恩恵は計り知れない。


「俺はこの心臓があるから、身体能力がずば抜けているし、生命力も強い。それに、ヒトには見えるはずのないモノが見える」


 例えばあの実体のない鬼とか。


 そこで命は納得した。普通の人には見えない、触れないはずの鬼に、当主は殴って蹴って踏んでを躊躇いなく行い、痛みを与えていたから。


「……四神ということは、他にもいる?」

「ああ。青龍、白虎、玄武、朱雀、そして雷獣。伝説上の守護者は、それぞれ人間に心臓を渡し、今も蠢いている。―――あああの、沙紀の自称婚約者の虎崎白夜は、白虎の心臓を受け継いでいる」


 虎崎白夜―――ここへ来て二日目の日、一番最初に挨拶した、あの。


「……えぇっ!?」



 *****



「あの、伊吹はなんで地下牢にいたの?」


 純粋な疑問を口にすると、本人は苦笑してなんてことのないようにあっさりと答えた。


「おれの力はまだ不安定で、意識を雷獣に乗っ取られて暴れ回ることがあったんだ。だから、雷城の家を出て、一連のことに一番詳しくて、口の堅いここに身を寄せた。ただまぁ、暴れることはどうしようもなくて、あの地下牢に入れられていたってわけさ」


「いま、は?」


「―――もう大丈夫だ。暴れていたのは、中途半端に目覚めていたせいで自我が保てなくなった雷獣が、姫を求めて暴れていただけだってわかったからなぁ。命がいれば、おれはもうあそこにいなくて済みそうだ」


 と、満面の笑みで伊吹が言う。

 それに嬉しさと安堵と申し訳なさを詰め込んで、命は小さく「ごめん」と呟いた。


「責任を感じる必要はない。全て雷獣を御せなかった伊吹が悪いから。現に俺は大丈夫だった」

「否定はしないけどなっ」

「……それよりも俺は、姫の答えを聞きたい」


 伊吹に向けていた呆れの色を消して、真剣な表情で命を見つめる。


 命はぎくりとして体を強ばらせた。当主の目に少し怒りが見えて、怯えと緊張が走る。


 当主がこんな切り出し方をする話に、心当たりがある。これを聞いたら当主は怒るだろうな、と漠然と知っていた。


 だから命から、口にしたのだ。


「アポロンの神詞で、私に神楽家へ戻るようにとあったのは、ご存知ですよね」








近日中に最終話投稿予定

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