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龍の花嫁  作者: おはなし
第一章 嫁入り
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遅れて申し訳ございません。

 それからはあっという間だった。


 当主が容赦なく鬼を張っ倒し、倒れ込んだところを伊吹がどこからか取り出した縄で縛りつける。まだ暴れようものなら、雷を落として気絶させた。


 どこからともなく落ちてきた雷に唖然としながらも、命は自分の役割をしっかりと理解していた。のろのろと立ち上がり、悄然とする鬼の前に膝をつく。


「今は触れるな。感電する」


 その言葉が、伸ばしかけた手を引き止める。気絶しかけながらもこちらを睨む鬼の目には、激しい憎悪が渦巻いていた。


 だが、その憎しみは、命に向けられていなかった。彼女を確かに目に映しているが、彼女を通した何かに、それをぶつけようとしていた。


 荒く息を吐き、短く吸う。それを繰り返すが、鬼の呼吸が落ち着くことはなかった。苦しげに呼吸するのが見ていられなくて、命は顔を痛ましげに歪めながら手を伸ばした。


 額に触れ、この鬼はどこへ連れていくべきかと考える。天界か、冥界か。いや、答えは既に決まっていた。この鬼の居場所は、帰る場所は、そこにあるに決まっているから。


 大きく息を吸って、厳かに唱える。


「冥府の神、鬼神(おにがみ)。還る魂を受け入れること、願い、奉」


 途端、鬼の体が霞んで行く。風に乗って運ばれるかのように溶けていく半身を見た自身は、怒りを沈め穏やかな顔を見せていた。


 夜空に昇り、沈んでいく鬼の欠片たち。不思議と晴れやかな気分で、それらを見送った。


 そうして、時間は流れる。


 *****


 事後処理の途中、いつの間にか意識を失ってしまったらしい。


 命はぼんやりした頭で、ここが当主の部屋だということに気づくと、ほっとしたように息を吐く。カーテンの隙間から覗く陽の光で、もう昼なのだということを知って青ざめた。


 腕や足にあった小さな切り傷は全て治療されていて、頬にあった少し大きめの傷には四角い絆創膏が貼られている。

 慌ててベットから起き上がり、寝室を出る。リビングテーブルに一枚メモ用紙が置いてあったのでそれを手に取り読む。


『薊の間へ』


 端的な文に苦笑し、これを書いた人物の当たりをつける。手本のように流麗で読みやすい字は、恐らく当主のものだろう。わかりやすいが意図の読めない文言も、それを如実に表しているように思える。


 命は躊躇いのない足取りで、奥の部屋へ行きクローゼットを開けた。そこに相変わらず並ぶ彼女のためにしつられられた服から、落ち着いた水色のワンピースを選び、手早く着替える。


 そのときふと見えた御印は至極いつも通りで、あのときのように意味不明な輝きを放っていないし、違和感などは何も無い。


 深くとりとめもないことを考えようとする思考に蓋をして、命は当主の部屋を出た。








 薊の間には、沙紀がいて、既に朝食を終えたようだ。なぜか当主は居らず、残る膳は命のものだけだった。

 命の席の少し後ろの定位置で彼女を迎えた沙紀を認めると、悲鳴のような声を上げ彼女の手を取り、真剣な声音でずっと気にしていたことを訊ねた。


「さきさん、大丈夫? 体に異常はない?」

「元気よ、とても。命が助けてくれたんでしょう?」


 そう言って命を抱き締める彼女に、命は涙ぐみながらうんうん頷いた。


 よかった。死んでしまっていたら、自分も(いのち)を絶っていただろう。それくらい、沙紀は既に命にとって欠けてはいけない存在になっていた。


 よかった、と何度も呟く彼女に苦笑して、沙紀は朝食を食べるよう勧める。


 当主がいないことを不思議に思いながら席に座く。目の前に並んだそれは未だ温かく、たった今作られたかのようだった。

 命が食べ始めたのを確認して、沙紀が口を開く。


「命、鬼は確かに、朱里様から剥がれたって、巫女たちが言っていたわ。彼女たちは既に神楽家に帰り、皆怪我もなく元気だったから、安心して」

「うん」


 三人の巫女を思い出し、頬を緩める。彼女たちはまるで命の一の姉のように頼りがいがって、少しだけ懐かしさを生む。


 同時に、疑問も持った。三人が話していたあのことは、どうなったんだろう―――と。


「あと、朱里様は鬼瓦家にお帰りになって、後日また正式に来られるそうよ。疲れていたようだけど、清々しくしてたから、きっと大丈夫」

「お礼はいらないって、伝えておいてくれないかな」

「どうして? 貰えるものは貰っておけばいいのに。龍ヶ峰はそうするわ」


「昔、お姉様が助けた人がね、お礼だって言って現金100万円持ってきたんだ。結婚相手を連れて来たりとか、海外に会社を移転させるとか、あんまり嬉しくない贈り物をされそうになったことがあって、それから、神楽家はあまりお礼は受け取らないようにしての」


 命の台詞に沙紀はあ然として、笑った。確かに、神楽家にしてみればいらない世話かもしれないが、普通にしてみればこれ以上ないほどのお礼だ。


 欲深なものがいないというのは、損をしているようでいて得の高い人が生まれやすい。つまりは、命のような。


 朝食を食べ終わると、いつもならすぐさま桜の間に帰ろうとする沙紀が、なぜか今日は動かなかった。不思議に思いながら、彼女の行動を待つ。


 やがて、渋々というように口を開いた。


「本当はこんなこと、言いたくないんだけど…」


 その前振りに思わず身構える。緊張して続きを待つ命に苦笑した。どうせもう、逃げられない。


「紫陽花の間に来いと、当主が」


 それはどこだろう。

 命が一番に思ったのは、それだった。






あと少しで終る予定です。

次回、当主が出てきます。

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