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龍の花嫁  作者: おはなし
第一章 嫁入り
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目覚め

 さっきまで静かに鳴っていた鼓動が、どくどくと血を全身に巡らせながらも、それ以外の"何か"も末端まで行き渡らせようとしているかのようだった。

 心臓を掻きむしり、大量の汗を流し、体を前に折り曲げながらも、当主は決して膝をつこうとはしない。


「当主!?」

「構うな!」


 慌てて駆け寄って来ようとした泰澄を静止し、呻き声をこらえて体勢を整える。見れば、命もかつてないほど狼狽えていて、服の上からでもわかるくらい輝いている御印を押さえ込もうとしていた。


 ……文献によれば、御印がああも強く輝くとき、守護者を必要としている時だと云う。



 命は体のどこからか湧き上がる、強烈な"喜び"に狼狽する。やっと、神楽の守護者が――!! 守護者が! 青龍が――――



「せい、りゅう……?」


 喘ぐように掠れた喉で呟くと、心臓が、どくんと震えた。その感覚に瞠目し、動きを止めると、狙っていたかのように鬼が向かいかかってきた。

 咄嗟に避けてたたらを踏む。対峙すると、さらに御印が輝いた気がした。青龍を喚んだときから起こる異常を肌で感じて、命は強く後悔して唇を噛む。



 青龍だ、緑の龍だ。会える。また、会える。だけど、でも、どうして、喚んだの―――



 先程から、頭の中で誰かが喚いている。いや、紛れもなく聞き慣れた自分の声だ。しかし、違う。言葉が、わたしの意思ではない。

 気を抜けば叫びそうになる、自分の中の誰かを抑え込みながら、命は当主をうかがった。


 ……いない。どこを見回してもいない。

 どうして、さっきまでここにいたのに。そこにいたはずなのに。

 庭は、いつの間にか夕闇に包まれ、伽藍としていた。


「当主、さま」


 うそ。うそだ。彼は捨てたりしないはずだ。見捨てたり、しないはずだ。だってそう約束したのだから。

 ―――でも、それならどうして、誰もいないの。


 気付けば辺りには沙紀も、泰澄も、鬼瓦朱里も、巫女たちでさえ、いなくなっていた。取り残された命は焦る。

 鬼は遠慮なく爪を突き立てようと向かってくるし、頭の中で訳の分からないことを叫ぶ声にも思考を邪魔される。


 働こうとしない頭を働かせながら、闇雲に走る。牙も、爪も、その存在さえ、今は恐ろしい。どうしよう、神呼もなしでは封じきれない。その神呼をしようにも、御印は輝くばかりで、いつものように神に語りかける声を届けてはくれなかった。


 命はもう泣きそうになりながら、ただ逃げていた。荒い息を整える暇もなく、耳に煩い咆哮とともに振り下ろされる鋭い爪で擦り傷がいくつも出来上がる。痛みに気付く余裕もなくて、命は傷を増やすばかりだった。


 自分の心臓の鼓動が耳の近くで聞こえて。

 ここにいるよ、と存在を主張するように輝く御印は熱くて。

 伊吹から貰った、肌身離さずつけている腕輪が、袖口からちらつく。


 足元の石につまづいて転んだ。一度倒れると、立ち上がることは難しく、さらにまた走り出そうとするには暇がなかった。遂に自分を捉えた凶器が振り下ろされる瞬間に、命は諦めを覚えた。


 死を考えた。こんな終わりは望んていなかった、と思う。


 そして、遂に自分の意思では抑えきれなかった声が、言葉が、空気に触れる。溢れ出る。涙とともに、溢れる。



「『守りの龍は、どこにいるの―――』」






 求めたのは、誰だった?


「――ああ、俺だ」


 ***


 光とともに現れたのは、誰か。

 隣に立つのは、誰か。

 見てみれば、それはどちらも見知った人で、いずれも命を見つめていた。


 いつの間にかいなくなっていたはずの当主―――龍ヶ峰響が、緑色の焔を纏って現れたのは、命と鬼の間。今にも噛み付かんばかりの勢いで鬼を睨み、その爪を素手で捕まえている。


 そして傍らには、ぼさぼさの金髪が目立つ伊吹が、金色の光の粒子を散りばめながら纏って、心配そうに命を助け起こした。

 二人が現れたその瞬間を、命は見ることが出来なかった。だから、降るように現れた彼らの登場に瞠目する。

 ポカンとする命とは対照的に、二人の男は傷だらけの彼女を認めると、同じタイミングでお互いを罵った。


「お前が遅いから」

「きみの融通が効かないから」


 何の話なのか、わからない。ただわかったのは、捨てられてはいなかったという事実と、喜びだ。


「どうして…」


 掠れた声で訊ねると、伊吹は苦笑して首を振った。


「いつか自分で思い出すまで、ぼくは何も語れない。きみに"本当"を話すのは、きみが……を必要としたときだけだからね」


 曖昧で聞き取れなかった部分を訊ね返そうとすると、当主が盛大な舌打ちで邪魔をした。


「おい、伊吹。お前は何の"依代(よりしろ)"だったか」

「それを今更聞くのかな」


 呆れたように行って、立ち上がる。並んだ二人は命を護るように、鬼の前に立ち塞がった。

 なぜか猛烈な、既視感を抱いた。緑の炎と、金の粒子を纏い、命を守護する彼らは、一体……


 いつの間にか、頭の中でうるさかったあの声も消えている。


「ぼくは"雷獣"。四神とともに、神呼の姫を護る者」


 覚悟を決めたように名乗りを上げる凛々しい姿に、思わず息を呑む。普段の穏やかさを切って捨てたように敵(鬼)を睨む彼から、大きな声が発せられた。


「神楽命は、神々に選ばれし者! 彼女に切先を向けること、まかり通らん!!」


 伊吹の気迫に圧された鬼が、勢いをなくして数歩下がる。それに目敏く気付いた当主が、真正面から殴りかかった。

 バキィっという盛大な音を響かせながら、鬼の体が植木の方へ飛んで行った。実体をもたないから、草木が倒れることは無い。


 数秒経って緩慢と起き上がったそれの肩に、情け容赦なく靴底をめり込ませる。そして嫌に恍惚とした表情で、鬼の断末魔のような叫び声を背後に、息を吐くように呟くのだ。



「…………ああ、俺らはやっと。目覚めた」








次で戦いは終わ…………るはずです。

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